猛烈なスピードでテクノロジーが進化する予測不可能な社会、いまはどうにも解決しがたい問題、未知のウィルスなど……不確実性を持つ要素は、世にあふれかえっています。
不確実性は人々を不安に陥れ、不十分で焦った判断や行動を促進させますが、すぐには答えの出ない事態に耐える力「ネガティブ・ケイパビリティ」があれば、物事の本質に深く迫ることができ、気づきを生み出せるのだとか。今回は、ネガティブ・ケイパビリティの高め方に取り組んでみました。
不確実性によく効く能力とは
最近、ビジネスの現場でよく耳にする「VUCA(ブーカ)」は、Volatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとった、現代社会を表す言葉。複雑性が増し、想定外のことが次々と起こる予測困難な状態を指します。
日本アイ・ビー・エム部長の河野英太郎氏によれば、テクノロジーが猛烈な勢いで進化し、世のなかの仕組みやルールがめまぐるしく変化しているので、VUCAの度合いはさらに高まっているとのこと。そのなかで起こった新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、さらに私たちの仕事や生活を一変させました。
状況を正確に把握できない、先がまったく見えない、すぐには答えを出せない……どうにも対処できない場合、襲ってくるのは極度の不安と無力感ではないでしょうか。 そんなときに支えとなる概念が、ネガティブ・ケイパビリティです。
ネガティブ・ケイパビリティとは
ネガティブ・ケイパビリティ(Negative capability)は、19世紀に活躍したイギリスの詩人、ジョン・キーツが発見しました。 不確実で、どうにもできない状況だとしても、せっかちに事実や理由を求めることなく、そこに留まって耐える能力を指します。
じつは、キーツがこの言葉を記述したのはたった1回のみ。キーツの死後から約160年後、イギリスの精神科医で精神分析家のウィルフレッド・R・ビオンが、再びこの概念に陽の光を当てたのだとか。
「この言葉(ネガティブ・ケイパビリティ)を知らなければ、医師を続けてこられたかどうかわからない」と語る精神科医で作家の帚木蓬生氏いわく、「すぐ解決できない状況に付き合えるのも、ひとつの能力だと思えると、肝が据わる」とのこと。
しかし、人間の脳はわからないものや不確実なもの、予測がつかないものが苦手なので、生半可な意味づけや知識をもって、せっかちに答えを出そうとしてしまいがち。そうすると、複雑なものはすぐに排除され、理解が低い次元に留まってしまい、より高い次元に発展しないと、帚木氏は言います。
だからこそ、ネガティブ・ケイパビリティの重要性を唱える学者(ロバート・フレンチ氏、ピーター・シンプソン氏)らは、曖昧でよくわからない空間を何かで埋めてしまいたい誘惑に、ネガティブ・ケイパビリティで抵抗できれば、新しいアイデアや考え、気づきを生み出せる、と主張しているそうです。
何が起こるかわからない世のなかで、ネガティブ・ケイパビリティは重要な能力ではないでしょうか。
ネガティブ・ケイパビリティを身につけるには?
では、どうしたらネガティブ・ケイパビリティを身につけられるのでしょう。『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力 』(朝日新聞出版)を著した前出の帚木氏によれば、「この概念の存在を知り、頭に入れて、耐え続ける態度をもつだけで、ネガティブ・ケイパビリティを身につけられる」とのこと。
「うーん、なんだか難しそう」と感じるなら、対話がおすすめです。株式会社コーチ・エィの市毛智雄氏は、「対話」が既存の考え方や判断、発想をいったん保留にするといい、それがネガティブ・ケイパビリティを試す状態になると説明します。
宙ぶらりんの状態を嫌がり、無理に答えを見つけようとする脳を、対話で一時停止させ、焦らず答えを探していくわけです。市毛氏によれば、よく聞き・問いかけ、テーマを観察することで、気づき・新しい発想・行動が生まれていくとのこと。
では、帚木氏と市毛氏の言葉を参考に、ネガティブ・ケイパビリティを身につけ、高めていく活動をしてみましょう。
ネガティブ・ケイパビリティを高める活動をしてみた
仕事において活きるネガティブ・ケイパビリティは、拙速になんとかしようとせず、そこに留まって耐え、状況をよく観察しながら気づきを得ることです。たとえば、
「もっと評価されたいから、もっとたくさん仕事をしたいのに、あまり仕事を任せられないので力を発揮できない。きっと評価されていないから仕事を任せられない。でも仕事を任せられないと評価されようがない」
などと堂々めぐりに陥り、ついには耐えかねて、下のように何かしら決着をつけてしまいたくなるところを――
――たとえば上司と対話をもち、そこに留まって耐える能力を試してみるのです。そして、対話を繰り返し、そのときのテーマ(この例でいうと「もっと仕事をしたい・もっと評価を得たい」)を観察します。
そうすると、上のようにちょっとした気づきが生まれ、たとえば資格やスキルアップの勉強など行動を起こせるわけです。
また、気をつかわない友人との、歯に衣着せない対話も大いに役立つはず。
すぐには答えが出なくても、ガラリと視点を変えるきっかけにもなるのではないでしょうか。このようにして筆者も、すぐ生半可な答えを出そうとせず、耐え続ける態度を意識して日々を過ごしてみました。
ネガティブ・ケイパビリティを高める活動をしてみた感想
以前、筆者がひとりでサッサと大きな決断をしたとき、小さな会社を経営していた友人は、大きな決断を兄弟や先輩、筆者を含めた友人など、さまざまな人と対話したのちに決めました。
筆者が決断したことは、いま継続しておらず、その人の決断したことは、いまも続いています。この差は “質と出来” の違いだろうと思い込んでいましたが、今回この取り組みをしてみて、ネガティブ・ケイパビリティの差だったと明確にわかりました。なぜならば、筆者もネガティブ・ケイパビリティを意識し、対話をもうけるようにしただけで、少しだけ冷静に受け止めたり、判断したりできるようになったからです。
すぐに答えは出ないかもしれませんが、曖昧な状況のときに誰かと対話することにより、はやる気持ちがスローダウンし、自分自身をコントロールできるようになります。それこそ、気づきやアイデア創出には欠かせないことですよね……!
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市毛氏によると、曖昧さに対する耐久性の高まりを、人間の意識の発達と説く発達学者もいるそうです。対話はリモートでも大丈夫! ぜひお試しくださいね。
(参考)
Hello, Coaching!|「不確実性に耐える力」=「ネガティブ・ケイパビリティ」のススメ
好書好日|解決しにくい状況に焦らずつきあう 帚木蓬生さん「ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力」
THE21オンライン|今、ビジネスで注目される「VUCA」とは何か
WIRED.jp|複雑な課題を解くカギは「耐える力」にある? ネガティヴ・ケイパビリティの技法を学ぶ
Wikipedia|ネガティブ・ケイパビリティ
【ライタープロフィール】
STUDY HACKER 編集部
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