PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)分析とは、1つの企業が手がける各事業の市場成長率と市場シェアを把握し、成長可能性の観点で位置づけること。自社の商品・サービスが、【問題児】【花形】【金のなる木】【負け犬】のどれに該当するのかわかり、資金・人材を投資する際の判断に役立ちます。
必要な数字を用意し、簡単な計算式に当てはめれば、PPM分析の図の作成は決して難しくありません。PPM分析にチャレンジし、自分の会社がやっている事業の全体像を把握してみましょう。
PPM分析とは
PPM分析とは、ボストン・コンサルティング・グループが開発した、企業内での適切な資源配分を目的とする分析手法です。
「PPM」は、“プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント” の頭文字。ポートフォリオとは、「紙ばさみ式の画集」を指します。
自分の作品をまとめて冊子にした「カタログ」のイメージでしょうか。
美大生は、就職活動の時期になると、企業に提出するポートフォリオづくりに追われます。これまでの作品をファイルなどにまとめ、一覧できるようにするのです。
このポートフォリオを企業に見せることで、「私はこんな作品をつくることができる」とアピールできます。
美大生やイラストレーターが、自分の作品を一冊にまとめてポートフォリオをつくるように、PPMにおいては、企業が手がける事業(製品・サービス)を1つの図にまとめて分析します。プロダクト(製品)をポートフォリオ(一覧)にしてマネジメント(管理)するための分析手法が、PPM分析なのです。
たとえば、ある電機メーカーが、以下の4つの事業を展開しているとします。
- AIスピーカー
- お掃除ロボット
- スマートフォン
- CDプレイヤー
すべての事業に全力を注ぎたいところですが、資本は有限。将来有望な事業はどれか、縮小させるべき事業はどれかを見極め、予算を適切に分配する必要があるのです。
そこで出番となるのが、PPM分析。PPM分析では、事業を4つのフェーズに分類し、以下のような図(マトリクス)を作成します。
図は、縦軸と横軸によって4つに分割。左上のエリアから時計周りに、「問題児」「花形」「金のなる木」「負け犬」です。
「PPM分析といえばこの図」というくらい重要な図なので、押さえておいてください。
PPM分析のメリット
PPM分析のメリットとしては、以下の3つが挙げられます。
各事業に適切な資金分配ができる
PPM分析においては、各事業を「問題児」「花形」「金のなる木」「負け犬」の4パターンに分類します。分類により、各事業の傾向と対策がわかりやすくなるので、どの程度の資金を投入するべきか、大まかに見当がつくのです。
各事業の将来性を見極められる
PPM分析では図を作成するため、各事業がどの「フェーズ」にあるのかがひとめでわかるようになります。どの事業に将来性があるのか、一目瞭然です。
将来性の見込まれる事業には、積極的に資金を投入することになります。作成した図を見せれば、上司や同僚からの賛同が得やすくなるでしょう。
各事業の撤退時期を判断できる
PPM分析で作成した図により、将来性の期待できない事業が何かも明らかになってしまいます。今後も成功に至らないと思われる事業に資金を割り振っても、費用対効果は薄いため、“引き際” を考える必要があるのです。
PPM分析では、計算を通して図を作成します。図には、各事業の状態がわかりやすくまとめられているため、PPM分析は今後の資金配分の方針を決定するのに役立つのです。
PPM分析における4つのフェーズ
PPM分析では、「問題児」「花形」「金のなる木」「負け犬」という4つのフェーズに事業を分類します。各フェーズの概要は以下のとおりです。
- 問題児:将来性はあるものの伸び悩んでいる事業。プロ野球で例えると、1年目の新人選手
- 花形:伸び盛りで利益を増やし続けている事業。プロ野球で例えると、若手スター選手
- 金のなる木:安定した利益を出せるようになった事業。プロ野球で例えると、ベテラン選手
- 負け犬:利益が乏しく将来性もない事業。プロ野球で例えると、引退間近の選手
事業を分類する指標
各事業がどのフェーズに分類されるかは、【市場成長率】と【相対的市場シェア】で決まります。
【市場成長率】とは、市場の成長具合を示す数値。成長率の高い市場においては、シェアを勝ち取ることで大きな利益が期待できます。
つまり、【市場成長率】の高い事業は、将来性が高いと考えられるのです。
【相対的市場シェア】とは、事業が市場で占めているシェア。シェアが高い事業における製品・サービスは、人気が高いということになります。
市場規模にもよるとはいえ、【相対的市場シェア】の高い事業は、利益を出しやすいといえるでしょう。
【市場成長率】を縦軸に、【相対的市場シェア】を横軸にすると、図の座標は4つのエリアに分割されます。各エリアに、【問題児】~【負け犬】の4フェーズが対応します。
【市場成長率】および【相対的市場シェア】と各フェーズの対応は、以下のとおりです。
市場成長率と相対的市場シェア | フェーズ | 概要 |
---|---|---|
市場成長率【高】 相対的市場シェア【高】 |
花形 | 伸び盛り |
市場成長率【高】 相対的市場シェア【低】 |
問題児 | 将来性はあるが伸び悩んでいる |
市場成長率【低】 相対的市場シェア【高】 |
金のなる木 | 市場が成熟しきった安定期 |
市場成長率【低】 相対的市場シェア【低】 |
負け犬 | 利益が少なく将来性もない |
成功の流れと失敗の流れ
PPM分析の考え方に基づくと、【問題児】→【花形】→【金のなる木】の順番でフェーズを移動していくのが理想的です。この流れを「サクセス・シークエンス」といいます。
しかし、失敗した事業は【負け犬】のフェーズに移行し、撤退を余儀なくされてしまうことも。【金のなる木】だった事業が衰退して【負け犬】になることもあれば、新規事業が失敗し、まったく芽が出ないまま【負け犬】になる場合もあります。
このような、【負け犬】で終わってしまう流れを「ディザスター・シークエンス」と呼びます。
ディザスター・シークエンスに陥るのを避け、サクセス・シークエンスにもち込めるよう、PPM分析を利用して事業を成功に導きましょう。
PPM分析4フェーズの傾向と対策
PPM分析における4つのフェーズについて、より詳しく学んでいきましょう。
例とするのは、架空の電機メーカー・A社です。A社では4つの事業を展開しています。各事業の【市場成長率】と【相対的市場シェア】は以下のとおりです。
問題児
【問題児】は、将来性が見込めるものの、まだまだ市場シェアを獲得できていない状態。「才能を秘めてはいるものの、問題行動を起こしてばかりの不良生徒」をイメージすると、わかりやすいでしょう。
A社の場合、【問題児】に該当するのは、AIスピーカー事業です。
AIスピーカーの需要拡大にともなって市場は成長しつつありますが、A社は新規参入したばかりなので、あまりシェアを獲得できていません。「成功すればリターンは大きいけれど、まだまだこれからが勝負」という評価になります。
【問題児】は、可能性を秘めた子どものようなもの。まずは積極的な広告出稿・販促活動を実施し、商品・サービスの存在を世間に認知してもらうことが大切です。
「養育費」がかさむわりに、すぐには利益が上がらない段階ですが、根気よく続けて【花形】へと成長させましょう。
【問題児とは】
市場成長率は高いものの、まだシェアを獲得できていない段階。
【問題児への対策】
広告などを通じて商品の認知を広め、シェア拡大を目指す。
花形
【花形】は、【市場成長率】も【相対的市場シェア】も高い、まさに伸び盛りの状態。
【問題児】が市場シェアを獲得すると、【花形】に成長します。すでに十分活躍しながらも、まだまだ成長の可能性を秘めている、若手スター選手のような存在です。
A社では、お掃除ロボット事業が【花形】に該当します。
【花形】の事業はすでに十分な利益を挙げていますが、気を抜くことはできません。
市場の成長に合わせ、事業をさらに拡大していく必要があるのです。若手スター選手のさらなる活躍を願って、投資を重ねるようなイメージですね。
事業規模が変わらないままだと、市場の成長にともなって生じた需要に対応できず、【相対的市場シェア】が減ってしまいます。
販促活動や設備の増強に資本を投入し、次のステップである【金のなる木】に移行させましょう。
【花形とは】
市場成長率・相対的市場シェアともに高く、伸び盛りの状態。
【花形への対策】
市場の成長に合わせ、事業拡大のために投資を続ける。
金のなる木
【金のなる木】は、いわば「放っておいても利益を出せる」ようになった、安定した状態。成長しきり、拡大が頭打ちになった市場のなかで、大きなシェアを維持しています。
A社の場合はスマートフォン事業です。
【花形】と違うのは、必要なコストが少ない点。【花形】は市場の拡大に合わせた投資の追加を必要とする一方、【金のなる木】の状態だと市場は成長しないため、最低限のコストで現状を維持すれば、安定して利益を出せます。
【金のなる木】という名前どおり、あまり手をかけなくても勝手に果実が実ってくれる、というわけです。
【金のなる木】は、少ないコストで大きな利益が出る、理想的な状態。【金のなる木】で得た利益を【問題児】や【花形】に投資することで、好循環が生まれます。
【金のなる木とは】
市場の成長が頭打ちになった状態で高いシェアを誇っているため、さほど投資をしなくても安定して利益が出る状態。
【金のなる木への対策】
現状を維持しつつ、生まれた利益を「問題児」と「花形」に回す。
負け犬
【負け犬】は、事業を続けるメリットがなくなったため、縮小・撤退を検討すべき段階。A社だとCDプレイヤー事業が該当しています。
市場シェアが小さいため利益を出しにくいだけでなく、市場の成長が止まっているので、将来性も見込めません。既存の利益を確保したり、商品・サービスを利用している顧客へのサポートを行なったりなど最低限の施策をやりつつ、なるべく早く撤退しましょう。
【負け犬とは】
市場成長率も相対的市場シェアも低いため、撤退を考えるべき状態。
【負け犬への対策】
必要最低限の施策を行ないながら、タイミングを見計らって撤退する。
PPM分析における4つのフェーズの特徴を理解し、適切な施策を行なうことが大切です。
PPM分析のやり方
最後に、PPM分析を実際にやってみましょう。PPM分析の図は、【市場成長率】をy軸、【相対的市場シェア】をx軸とした座標上に、円(バブル)が乗っているもの。図を作成するには、以下に挙げる3つの情報が必要となります。
- バブルのy座標を決める【市場成長率】
- バブルのx座標を決める【相対的市場シェア】
- バブルの大きさを決める【売上高】
1. 市場成長率を求める
まず、事業が属する市場の成長率を求めます。
【市場成長率】とは、市場規模が前年比でどれくらい大きくなったかを示す割合。「今年の市場規模÷前年の市場規模」の式で算出できます。
仮に、2020年の市場規模が100億円、2019年は80億円だとすれば、100億÷80億=1.25(125%)。市場は25%大きくなったといえます。
市場規模は、各業界団体や経済産業省、矢野経済研究所といったWebサイトで調べられます。
2. 相対的市場シェアを求める
次に、x座標となる【相対的市場シェア】を求めましょう。
【相対的市場シェア】は、単なる市場シェアと違い、シェア第1位の企業を基準にします。シェア第1位の会社と比較したとき、自社のシェアはどれくらいか、という数字です。
「自社のシェア÷第1位の企業のシェア」で計算します。
たとえば、業界第1位の企業のシェアが40%、自社のシェアが20%なら、【相対的市場シェア】は25÷50=0.5です。
1位:B社(40%)
2位:C社(30%)
3位:自社(20%)
4位:D社(10%)
→自社÷B社=0.5
業界シェア第1位を誇っているのが自社である場合、第2位の会社と比較します。式は「自社のシェア÷第2位の会社のシェア」です。
自社のシェアが40%、第2位の会社のシェアが30%だとすると、【相対的市場シェア】は40÷30=1.3になります。
1位:自社(40%)
2位:B社(30%)
3位:C社(20%)
4位:D社(10%)
→自社÷B社=1.3
自社のシェアが業界トップだと、【相対的市場シェア】の値は1以上になり、バブルは図の右半分に配置されます。一方、シェアがトップでない場合、【相対的市場シェア】の値は1未満となるため、バブルは図の左半分に置かれます。
3. 売上高
バブルの大きさは、1年間の売上高によって変わります。バブルが全体的に大きすぎたり小さすぎたりしないように配慮して、図の一目盛分をいくらとするかを決めてください。
4. 1~3を繰り返す
自社が抱えているすべての事業について、1~3を行ないましょう。すべてのバブルが描けたら、PPM分析は終了です。
PPM分析を通して作成した図をみれば、各事業の状況が一目瞭然です。PPM分析の図を参考にしつつ、各事業について判断していきます。
架空の電機メーカー・A社の例だと、以下のような戦略が考えられるでしょう。
【AIスピーカー事業】
「問題児」。販促活動・設備投資を積極的に行ないながら製品の認知を広め、「花形」を目指す。
【お掃除ロボット事業】
「花形」。さらに投資を続け、事業を拡大していきつつ、「金のなる木」を目指す。
【スマートフォン事業】
「金のなる木」。現状維持を第一にし、必要以上の投資を行なわない。利益は「問題児」「花形」への投資に回す。
【CDプレイヤー事業】
「負け犬」。既存顧客へのケアなど必要最低限のことをしつつ、なるべく速やかな撤退を目指す。
このように、PPM分析を行なうと、各事業の見通しを立てるうえで有力な情報を得られるのです。
***
PPM分析を使うと、事業の成長度合いや将来性を把握できるため、資金配分について判断しやすくなります。複数の事業を抱えていると、どうしても全体像が見えづらくなり、資金の使い方に無駄が生じてしまいがち。
定期的にPPM分析を実施し、自社の事業をマクロな視点から眺めるとともに、経営の方向性を再確認してみましょう。
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佐藤舜
大学で哲学を専攻し、人文科学系の読書経験が豊富。特に心理学や脳科学分野での執筆を得意としており、200本以上の執筆実績をもつ。幅広いリサーチ経験から記憶術・文章術のノウハウを獲得。「読者の知的好奇心を刺激できるライター」をモットーに、教養を広げるよう努めている。