知識があるほど間違える——。そう聞くとどう思うでしょうか。「知識がないほど間違えるのでは?」と思った人も多いかもしれません。
しかし、最新刊『遅考術』(ダイヤモンド社)を上梓した関西大学総合情報学部教授の植原亮(うえはら・りょう)先生が言うには、まさに「知識があるほど間違える」のだそう。そのメカニズムとともに、「知識があるほど間違える」ことを避けるための「遅考術」を解説してくれました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
勉強熱心なほど間違えやすいわけ
私は、あえて遅く考える「遅考術」というものを提唱しています。そのメリットのひとつに、遅く考えることで、「知識があるほど間違える」ケースを回避できるという点があります。
勉強熱心なビジネスパーソンの人たちは、「仕事で成果を挙げるには、こういう思考をしなければならない」などと数多くの情報をインプットします。そうして、勉強すればするほど、インプットした情報だけを軸にして考えたり行動したりしがちになってしまうのです。
これは、「利用可能性バイアス」と呼ばれるものの影響です。日頃から勉強しているとまさにその勉強している内容が記憶として再生されやすいがために、「せっかくお金や時間をかけて勉強したことだから使わないともったいない」といった意識が働き、逆に思考の幅を狭めてしまうことにもなるのです。
もちろん、適切に思考を進めるための思考法をたくさん身につけておくことも大切です。しかし、限られた思考法に縛られてしまうと、「ほかの可能性」を捨ててしまうことになり、結果的に間違えることになるというわけです。
「知識があるほど間違える」記憶のメカニズム
「知識があるほど間違える」ということの原因は、先にお伝えした利用可能性バイアスのほか、記憶のメカニズムにもあります。
人間の記憶は、その内容が頭のなかにバラバラに収まっているのではありません。記憶術の本などで、「無関係のものをひとつずつ覚えるのではなく無理にでも関連づけながら覚えるべき」といったことを読んだことがある人もいるかもしれませんが、記憶はまさにそのようにそれぞれが関連づけられながらネットワークのようなかたちで存在します。
そのため、思い出すときにもひとつのものだけをポンと思い出すのではなく、関連づけられた多くの記憶を芋づる式に思い出す仕組みになっています。それが、いわゆる連想です。
では、知識をたくさんもっているとはどういうことでしょう? たくさんの記憶があるという状態ですよね。そして、なにかを考えるときには、必ずしも自分に都合よく必要な知識の記憶だけが思い出されるわけではありません。それこそ芋づる式に出てくる知識には、その場で必要のないものや間違ったものも含まれることもあります。
もちろん、知識の記憶が多ければ多いほど、そういった必要のない知識が思い出される可能性は必然的に高まります。そのために、「知識があるほど間違える」ということが起こりうるのです。
普段から「まずはいったん否定する」
でも、安心してください。ここまでこの記事を読んだみなさんの、「知識があるほど間違える」可能性は低下しました。なぜなら、「知識があるほど間違える」ことを避けるには、「知識があるほど間違える」こともあるということを知っておくことが重要だからです。
「知識があることがいい方向に働く場面もたくさんあるが、思考の幅を狭めてしまったり間違ったものを思い出してしまったりすることもある」ということ自体を知っておけば、自分のなかに生まれた仮説に対して「これは本当に正しいのか?」と疑いの目を向けることができます。
そして、思いついた仮説に対して「まずはいったん否定する」ことができ、ほかの可能性を探り、より適切な結論に至ることもできるでしょう。「まずはいったん否定する」というのは、私が提唱する遅考術の基本です(『本当に頭のいい人はあえて「遅く考える」。下手に速く考えないほうがいい2つの理由』参照)。
その基本をしっかり身につけるため、普段からニュースやSNSを通じて入ってくる情報を疑ってみる、否定してみることを心がけてください。特にテレビなどマスメディアを通じて入ってくる情報に対しては、多くの人はいっさい疑うことなく受け入れてしまいがちです。そうではなく、「この情報は本当に正しいのか?」「だとしたら、根拠はどこにある?」と考えるのです。
ありがたいことに、テレビやスマホによってニュースはいつでも目にすることができます。クイズを出してくれているといった感覚をもって楽しみながら、「まずはいったん否定する」トレーニングを続けていけば、せっかくの知識によって間違えることを避けられるようになっていきます。
【植原亮先生 ほかのインタビュー記事はこちら】
本当に頭のいい人はあえて「遅く考える」。下手に速く考えないほうがいい2つの理由
あなたもきっとやっている「因果関係の誤った思い込み」。防ぐには “この問い” が有効だ
【プロフィール】
植原亮(うえはら・りょう)
1978年7月28日生まれ、埼玉県出身。関西大学総合情報学部教授。2008年、東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術、2011年)。専門は科学哲学だが、理論的な考察だけでなく、それを応用した教育実践や著述活動にも積極的に取り組んでいる。『思考力改善ドリル』、『自然主義入門』(ともに勁草書房)など著書多数。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。