働き方改革が徐々に浸透し、各企業が働き方を見直しているいまこそ減っているかもしれませんが、重要かつ骨が折れる仕事を任されているときには、「睡眠時間を削ればなんとかなる!」などと考えてしまいがちです。特に、若いビジネスパーソンの場合、体力に任せてそう考える人も多いのではないでしょうか。
ただ、16社の産業医を務め多くのビジネスパーソンの健康管理をしている穂積桜(ほづみ・さくら)先生は、「社会人として勝ち残るのは、いい睡眠を取っている人」だと言います。睡眠に関するいくつかの質問に答えてもらいながら、その真意を聞きました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人(インタビューカット)
睡眠不足が招く数多くのデメリット
Q:睡眠時間が足りないと、勉強や仕事、日常生活にどんな支障がありますか?
本当にたくさんのデメリットがあります。たとえば、キレやすくなる、痛みを感じやすくなるほか、太りやすくなることもそう。2013年の日本国内の研究では、睡眠時間が短い人は、そうではない人に比べて2倍の嫌なことを覚えていることが示されました。これは、睡眠不足の人はそうではない人よりキレやすいということです。また、深い睡眠による鎮痛効果は一般的な鎮痛薬のそれよりも高いとの研究報告もあり、きちんと睡眠を取らなければ、体が痛みを感じやすくなると言えます。
それから、睡眠時間が短い人ほど、食欲を増進させるホルモンの血中濃度が高くなり、逆に食欲を抑えるホルモンの血中濃度が低くなるために、異常に食欲が増して太りやすくなってしまうのです。さらに、仕事に関していえば、十分に脳を休められていないのですから、集中力やパフォーマンスが落ちて、成果をあげにくいということも言えます。
でも、それらの自覚があればまだいいほうかもしれません。問題なのは、「自分は眠気をあまり感じていないから大丈夫だ」と思っている人。これが意外とビジネスパーソンに多いのです。
じつは、「眠気は頭打ちになる」という研究結果があります。その研究では、1日の睡眠時間を4時間、6時間、8時間の3つのグループに分け、それぞれのグループの人たちが感じる眠気を2週間にわたってチェックしました。
もちろん、8時間睡眠のグループの人たちは眠気を感じることはほとんどありません。では、残りのふたつのグループの人たちはどうだったのでしょうか。6時間睡眠の人より4時間睡眠の人のほうが強い眠気を感じそうですよね? ところが、結果にはほとんど差がありませんでした。4時間睡眠を2週間も続けた人が感じる眠気は、1日に6時間寝ていた人が感じる眠気とほとんど同じだったということです。
「4時間しか寝ていないけれど自分は問題ない」と思っているとしても、体はそうではありません。自覚がないままに、キレやすく痛みを感じやすく太りやすくなり、集中力やパフォーマンスが落ちるということになるのです。
社内外を問わず、多くの人と関わって仕事をしている人の場合、キレやすくなってしまうことは大きな問題ですよね。周囲に「怒りっぽい人だなあ」とか「一緒に仕事をしにくい人だ」と思われていては、スムーズに仕事を進められないでしょう。そういう人のなかには、「自分はちょっとキレやすいけど、これはもともとの性格だ」と思い込んでいる人もいます。でも、もしかしたらそれはただ睡眠時間が足りていないだけかもしれません。睡眠の重要性をもう少し意識してほしいと思います。
日常的に工夫をして1日6時間の睡眠時間を確保する
Q:結局、私たち大人は1日に何時間寝るべきでしょうか?
アメリカの研究では、「1日7.5時間寝ている人が最も長生きする」という結果が出ました。そうはいっても、働き盛りのビジネスパーソンなら、毎日7.5時間も寝ることは難しいという人も多いはずです。そこで、私は「最短でも6時間」の睡眠時間を確保してほしいと考えています。
この数字には、私の経験による裏づけがあります。私は、産業医として心身に不調をきたした数多くのビジネスパーソンに会ってきました。その心身の不調は、気分が揺れやすい、生理痛が治りにくい、体調が悪くて遅刻が多いなどさまざまですが、それらの問題の根本が「睡眠時間が足りていない」ということが本当に多いのです。睡眠時間が5時間を切ってくるようだと、そういった多くの問題が一気に増える印象があります。そのため、なんとか1日6時間の睡眠時間を確保してほしいのです。
Q:まとまった睡眠時間を取れない場合、昼寝には効果がありますか?
端的に答えると、「ある」です。たとえ短い時間であっても、昼寝などで1日トータルの睡眠時間を伸ばすことが、心身を休めるためには大切だからです。
昼寝に関するアドバイスとしては、昼寝をする前にコーヒーなどカフェイン飲料を飲んでおくということ。すると、深く眠りすぎることなく、昼寝からすっきりと起きることができ、すぐに集中力を取り戻すことが可能となります。
また、働き盛りのビジネスパーソンの場合、ほかの世代に比べて、ただでさえ睡眠時間は短くなりがちです。ですから、昼寝に限らずどこかのタイミングで仮眠を取り、睡眠時間を少しでも、具体的には10分でも増やす努力をしてほしいと思います。
10分であれば、働きながらでも工夫次第でつくれるでしょう。普段、ランチタイムに外食をする人なら、弁当を持参したりコンビニで買ってきたりすれば、10分くらいの昼寝の時間を確保できるはずです。あるいは、仕事や家事の進め方を工夫するなどして10分の時間をつくり、夜に10分早く寝てもいいですし、朝に10分長く寝てもいいでしょう。いずれにせよ、昼寝も含めて6時間の睡眠時間を確保すること。そのための工夫をしてほしいと思います。
ビジネスパーソンとして勝ち残るのは体調を崩さない人
Q:週末に「寝だめ」をしてもいいのでしょうか?
ここまでお伝えしてきたように、しっかりと睡眠時間を確保することはたしかに大切ですが、寝だめはおすすめできません。もちろん、寝だめには、1週間にたまった疲労が取れるというメリットもあります。ただ、平日の睡眠時間とあまりに開きが出てしまうと危険です。
平日毎朝6時に起きている人が、週末には9時まで寝たとしたら、生活リズムは3時間後ろ倒しになります。言ってみれば、3時間の時差がある国に旅行しているようなインパクトを体内時計に与えてしまうわけです。時差が3時間というと、インドあたりでしょうか。週末に平日より3時間多く寝ている人は、毎週末、インドに行っているようなもの。そして、月曜日にはインドから帰ってきて出勤しなければならないのです。
すると、体はさまざまな変調をきたすことに。週末のあいだにずれた体内時計は日本と3時間の差があるため、体の働きもそれだけずれています。ですから、普段は感じない時間に眠気を感じるのはもちろん、食欲が出ない、集中力が上がらないといったことになる。しかも、それが回復するには3、4日かかりますから、週の前半はその状況が続いてしまうのです。寝だめしたいという人も、せめて平日の睡眠時間との差を2時間以内にとどめましょう。
そして、いい睡眠によって常にいい体調をキープすることが大切です。社会に出て働く期間は、40年や50年と本当に長いものです。では、その長いあいだにどんな人が勝ち残るのかというと、やはり体調を崩さない人だと思うのです。一時期、どんなにバリバリと働いて成果を挙げていたとしても、大きな病気をわずらって長期入院することになっては、ビジネスパーソンとして活躍し続けて高い評価を得ることは難しくなるでしょう。心身の健康の下地となるのは、良好な睡眠なのです。
【穂積桜さん ほかのインタビュー記事はこちら】
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【プロフィール】
穂積桜(ほづみ・さくら)
日本医師会認定産業医、 精神科専門医、 漢方専門医、臨床心理士。2001年、札幌医科大学医学部を卒業し、札幌医科大学附属病院神経精神科、東京都立松沢病院、久喜すずのき病院において精神科医として研鑽を積む。また、国立病院機構東京医療センター、北里大学東洋医学総合研究所において、内科、東洋医学の知識を幅広く習得。2014 年より、精神科、内科の臨床経験に基づく知識のみならず、人事労務、法律の知識を併せ持つプロフェッショナル産業医として稼働。現在(2019年10月現在)は、産業医として16社を担当する。精神科専門医として軽度から重度までたくさんの患者さんの診療にあたってきたほか、内科・救命センター・東洋医学での経験を積み、常に心身双方からアプローチできる精神科医であるよう心がけている。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。