アドラー心理学においては「すべての悩みは対人関係の悩みである」という言葉もあるほど、人間にとって対人関係についての悩みは尽きないものです。場合によっては相性がよくない相手とも付き合わなければならない仕事においては、なおさらでしょう。
どうすれば対人関係の悩みを減らして職場で幸せになれるのか——。日本におけるポジティブ心理学研究の第一人者である島井哲志(しまい・さとし)先生が、大きく3つの方法を教えてくれました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹
「自分と同じような人ばかりではない」と認識する
対人関係においての悩みを減らして幸福感を得ていくには、まず何よりも「自分と同じような人ばかりではない」ことをしっかり認識しておく必要があります。
個人の性格ばかりでなく、たとえ生まれたときには同じ資質をもった人であっても、育つ環境によってその個性や考え方は変わっていきます。私が勤める大学があるのは、大阪の八尾市の隣。八尾市は松井一郎大阪市長の出身地としても知られていますが、まさに松井市長の歯に衣着せぬ言動にも表れているように、「お互いに気を使わず率直にものを言う」ことこそが「気持ちいい関係」だととらえる人が多い地域です。
でも、当然ながらそういう関係性を「ずけずけとものを言いすぎる」として敬遠し、「いちいち言葉に出さずとも気持ちを汲み取る」ことこそが大切だと考える文化や地域もあります。そのように、社会とはさまざまな個性をもつ人の集団なのだとまずは認識するべきです。
そうなると、まるでちょっと癖のある自動車を運転するときと同じく、人によってその付き合い方を変えることもできるでしょう。どんな人とも同じように付き合えばいいわけではありません。相手によって付き合い方を変えるのが、円滑な対人関係を築くための第一歩なのだと私は考えています。
馬が合わない人からは距離をとり、職場以外の集団に所属する
でも、いくらそのような付き合い方を意識していたとしても、どうしても馬が合わない人もいるでしょう。そういう人がいるのなら、私は「逃げる」ことをおすすめします。
これは、心理学でいう「セルフ・コンパッション(self-compassion)」です。コンパッションとは、日本語では「思いやり」や「慈悲」と訳され、この気持ちは多くの他人と社会生活を営む人間にとって重要なもの。その思いやりや慈悲を、自分に向けることがセルフ・コンパッションです。
自分自身を追い込みすぎることは、心理学的に見てもいいことなどひとつもありません。他人を思いやりながらも自分自身を大切にすることは、私たちが健全な心身を保つためには欠かせないこと。「この人からは距離をとりたい」と感じるのなら、そうすべきです。
もちろん、仕事上でどうしても完全に付き合いをやめることが難しいケースもあると思います。そういうときも、表面的というとちょっと語弊があるかもしれませんが、親密に付き合うのではなく、必要最低限の付き合いを心がけるようにしましょう。
また、対人関係を通じて幸福感を高めたければ、職場以外での集団に所属することもとても重要です。社会生活を営む人間は、集団のなかでなんらかの役に立っていることから、大きな幸福感を得られる生き物だからです。
もし、職場で十分に幸福感を得られないのなら、共通の趣味の集団、同級生の集団など、職場以外の集団に積極的に所属することを考えましょう。そうできたなら、「職場しか所属している集団がない」人に比べると、ずっと多くの幸福感を得られます。
他人に親切にし、他人の親切に感謝の気持ちを表す
そして、もっと多くの幸福感を得たいと思う人は、「他人に親切にする」ことを考えてほしいと思います。私が専門のひとつとするポジティブ心理学の研究から、「他人に親切にする」こと、「他人に親切にしてもらう」こと、そして「他人同士が親切にし合っている行動を見る」ことのいずれもが幸福感を高めることがわかっています。
ただ、「よし、じゃ他人に親切にしてもらおう」と考えたところでそれが叶うかどうかは運次第ですし、「他人どうしが親切にし合っている行動を見る」ことについても同様です。でも、「他人に親切にする」ことは自分の意志ですぐにできることですよね。
オフィスに勤めている社会人なら、たとえば同僚のためにエレベーターのボタンを押してあげるなど、そんな小さなことでかまいません。そうした小さな親切が積み重なると、不思議なもので「他人に親切をしてもらう」ことも増えてきますし、そうした親切の輪が自分の周囲に広まれば、「他人どうしが親切にし合っている行動を見る」ことも増えてきます。
特に、親切をすべき相手としては、自分のまわりの同僚や部下、後輩などを意識してみましょう。仕事においては、無意識のうちに「仕事だからやってもらって当たり前」という認識をもってしまいがちです。
みなさんは、なんらかの仕事を頼んだ後輩や部下に対して感謝の気持ちを伝えているでしょうか? なかには、あなたが頼んだ仕事を進めるうちに気づいたこと、注意点といったものを伝えてくれる気が利く後輩や部下もいるはずです。それは、間違いなく後輩や部下の親切です。だとしたら、その親切に対して「その気持ちをちゃんと受け取りましたよ」ということを発信するべきです。
ほんのひとこと「ありがとう」と言うだけでいいですし、忙しいオフィス内であれば「ありがとう」と書いた付箋を相手のデスクに貼っておくだけでもいい。その積み重ねこそが、あなたのまわりの対人関係をよりよいものにしていくでしょう。
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【プロフィール】
島井哲志(しまい・さとし)
1950年、福岡県生まれ。関西福祉科学大学心理科学部教授。関西福祉科学大学大学院心理臨床学専攻代表。関西学院大学大学院文学研究科心理学専攻博士課程を修了。福島県立医科大学にて博士(医学)を取得。指導健康心理士、認定心理士。専門はポジティブ心理学、健康心理学、公衆衛生学。日本に初めてポジティブ心理学を紹介し、主観的幸福感、強み、人生の意味等の尺度の研究などを行ない、日本心理学会や公衆衛生学会でのシンポジウムなどで普及活動を進めている。著書に『科学的に幸福度を高める50の習慣』(明日香出版社)、『看護のためのポジティブ心理学』(医学書院)、『幸福の構造』(有斐閣)、『ポジティブ心理学入門』(星和書店)、『「やめられない」心理学』(集英社)などがある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。