「自己肯定感」とは、「ありのままの自分を認めて受け入れる感覚」のこと。そう考えると、「自己肯定感が高い人のほうが幸福感も高く、逆に自己肯定感の低い人は幸福感も低い」と思えてきます。ただ、実際のところはどうなのでしょうか?
自己肯定感と幸福感との関係について、日本におけるポジティブ心理学研究の第一人者である島井哲志(しまい・さとし)先生に聞いたところ、話は意外な方向に進んでいきました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹
「悲観的な考え方」をもつこと自体が悪いとは言えない
心理学におけるこれまでの研究において、「自己肯定感」が高い人のほうが幸福感も高いことは明確に示されています。そうなると、みなさんのほとんどが、「そうであるなら自己肯定感を高めたい」と思うことでしょう。ただそれは、自己肯定感のとらえ方にもよると私は思います。
たとえば、「自分なんて何をやってもどうせ駄目だろう……」といった悲観的な考え方をもつ人を「自己肯定感が低い」ととらえることができます。でも、悲観的な考え方をもつこと自体は、私からすればそんなに悪いことではありません。
もし、政治のトップにいる人間が、「何をやってもうまくいく!」といつも楽観的な考えをもっている人だったらどうでしょう? ちょっと心配になってしまいますよね。もちろん、時には楽観的な思考をもって思いきったチャレンジをすることも必要かもしれませんが、政治家となると話は別です。場合によっては慎重さも必要でしょう。
私自身もわりと心配性です。私がつい先日購入したのは、高性能の不織布マスク。私も高齢ですから、今後、新型コロナウイルスの感染力がより強まったときに備えて、しっかりしたマスクをいまのうちに買っておこうと考えたわけです。
仕事においても、「最悪のケース」を考えておくことは間違いなく重要であるはず。重要な商談やプレゼンに臨む際、ろくに準備もしないまま「なんとかなる!」と考える人が、はたしてその商談やプレゼンで成功を収められるかといったら、その可能性は低いでしょう。
そうではなく、「もし相手がこういう反応をしたらこういう提案をしよう」と多くの「もしも」を考え、そのすべてに備えておく、打ち手を考えておく人こそが成功をつかめるのです。
なれるはずもない「理想の自分」との比較が最悪の行為
また「自己肯定感が低い」人の考え方として、少し矛盾する表現に感じられるかもしれませんが「自分の能力を高く見積もっている」ことがあります。「理想の自分」を高いところに置いているために、その理想と比較して「自分は駄目だ……」と思ってしまうわけです。でも、当然ながら現実の自分ができることには限りがあります。その見積もりが甘いために、自分は駄目だと感じてしまうのです。
幸福感を大きく下げてしまう行為として、「他者と比較する」ことがあります。たとえば、SNSを通じて知人がすてきなイベントに参加していたことなどを知り、気分が落ち込むこともあるでしょう。これは、専門的には「社会的比較」と呼ばれる他者との比較によって引き起こされる現象です。
そして、「他者と比較する」行為のなかでも、「理想の自分と比較する」ことは最悪と言っていいでしょう。なぜなら、「理想の自分」は現実の自分とはかけ離れているものだから。理想に掲げながらもとてもそうはなれそうもないと感じれば、幸福感が低下して当然です。
でもなかには、「理想の自分を掲げなければ、成長もできないのでは?」と思った人もいるかもしれません。そういう人は、「理想の自分」と「目標の自分」をはき違えています。「理想の自分」とは、それこそなれるはずもない「架空の自分」と言ってもいいもの。一方、成長のために必要となるものこそが「目標の自分」なのです。
両者の違いは、そうなるための「道のり」が見えるかどうか。「理想の自分」の場合、なれるはずもない自分ですから、そこに至る道のりも、その道のりを進むために何をすればいいのかも見えていません。そのため、「理想の自分」には永遠になれるはずがないのです。
そこに至る「道のり」と「やるべきこと」が見えてこそ「目標」となりえる
一方の「目標の自分」の場合は、そこに至る道のりやそこを進むためにやるべきことも見えますから、努力を続ければいずれは「目標の自分」になれるということです。ポイントは、「少し先の自分」と言えばいいでしょうか。
5年後や10年後の「目標の自分」を掲げてみてもそこに至る道のりが見えなければ、半年後、1年後の「目標の自分」をイメージしてみましょう。そうして、そこに至る道のりややるべきことが見えたならそれが「目標の自分」となり、成長の過程で多くの幸福感を得ることにもつながります。
もし、「目標の自分」に至る道のりややるべきことをイメージしづらい人がいるのなら、いわゆる「マンダラチャート」を使って実際に書き出してみてもいいかもしれません。
メジャーリーグで大活躍をしている大谷翔平選手が、高校生のときに「8球団からドラフト1位で指名される」ことを目標につくったとして有名ですから、知っている人も多いと思います。マンダラチャートなら、「目標の自分」に至る道のりもやるべきこともまさに明確になるでしょう。
【大谷翔平選手が高校時代に作成したマンダラチャート】
もちろん、「みんながマンダラチャートをつくるべき」だと言いたいわけではありません。幸福感と「自発性」のあいだには大きな関連があり、同じことをするにも「やらなければいけないから仕方なくやる」と考えてやるのか、「これは自分でやってみたい!」と思ってやるのかで得られる幸福感に大きな違いが生まれるからです(『どんなに忙しくても「幸せに働ける人」の共通点。やっぱり大切なのは “この気持ち” だった』参照)。
みなさんが「目標の自分」を目指すために、「マンダラチャートをつくってみよう!」と感じるようであれば、試してみる価値は大いにあると思います。
【島井哲志先生 ほかのインタビュー記事はこちら】
どんなに忙しくても「幸せに働ける人」の共通点。やっぱり大切なのは “この気持ち” だった
「職場で幸せになる」ための3つの秘訣。対人関係をよくする “最高の習慣” とは
【プロフィール】
島井哲志(しまい・さとし)
1950年、福岡県生まれ。関西福祉科学大学心理科学部教授。関西福祉科学大学大学院心理臨床学専攻代表。関西学院大学大学院文学研究科心理学専攻博士課程を修了。福島県立医科大学にて博士(医学)を取得。指導健康心理士、認定心理士。専門はポジティブ心理学、健康心理学、公衆衛生学。日本に初めてポジティブ心理学を紹介し、主観的幸福感、強み、人生の意味等の尺度の研究などを行ない、日本心理学会や公衆衛生学会でのシンポジウムなどで普及活動を進めている。著書に『科学的に幸福度を高める50の習慣』(明日香出版社)、『看護のためのポジティブ心理学』(医学書院)、『幸福の構造』(有斐閣)、『ポジティブ心理学入門』(星和書店)、『「やめられない」心理学』(集英社)などがある。
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。