わたしたちの脳や体には、約24時間周期で体内環境のリズムをつくる「体内時計」が存在します。たとえば、日中は血圧を上げて活動しやすい状態を保ち、夜には睡眠ホルモンを分泌させ眠りやすくしてくれます。
じつはこの体内時計、「記憶の想起(思い出すこと)」においても重要な存在なのだとか。「たしかに覚えたはずなのに、いつも思い出せなくなってしまう」とお悩みの人に、思い出す力を高めるコツを紹介します。
記憶の想起には体内時計の働きが必要
人間を含む哺乳類の生命機能(睡眠・活動・ホルモン分泌・注意力・体温・消化機能など)は、約24時間のリズム=体内時計を持っています。そうした全身の体内時計は、体内時計の中枢である脳の視交叉上核という領域が統率しています。
東京大学大学院農学生命科学研究科の喜田聡教授らは、人が夕方に記憶障害を示すことがあることから、体内時計が記憶と関係するとの仮説を立てて、マウスを用いた研究を行なったそうです(『Nature Communications』にて2019年12月18日発表)。
その結果、記憶の中枢である脳の海馬の体内時計が損なわれているマウスは、記憶することができても、記憶を想起すること(思い出すこと)ができなかったのだとか。 しかし、意欲、快感情、快感覚、運動、学習などをコントロールする神経伝達物質のドーパミンを活性化することで、その障害は改善されたそうです。
つまり、この研究でわかったのは次のこと。
- 体内時計が記憶の想起(思い出し)に貢献していること
- ドーパミンを活性化することで思い出しやすくなること
後述しますが、現代人は体内時計が乱れやすいといいます。これは、誰にとっても注目すべき結果かもしれません。
なぜ現代人は体内時計が乱れやすいのか
秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座の、三島和夫教授らの研究によると、日本人の平均的な体内時計の周期は24時間10分。1日よりもわずかに多いだけですが、この状態を放っておくと、1カ月で5時間以上も体内時計がずれてしまうのだそう。
さらに、杏林大学医学部付属病院精神神経科の古賀良彦教授は、現代人が逃れられない、夜間の人工照明や、パソコン・スマートフォン・テレビなどの光は、睡眠を促すメラトニンというホルモンの分泌を抑制し、体内時計のズレを増幅させると述べています。
体内時計のズレとは、いわゆる生命機能のリズムの乱れのこと。こうした乱れは、メラトニンのほかにも、起床の準備をするホルモンのコレチゾールや、傷ついた組織を修復したり新陳代謝を促したりする成長ホルモンに影響し、睡眠の質を下げてしまうそうです。
脳や体を休ませるだけでなく、さまざまな役割を持つ睡眠は人間にとって不可欠です。その質が低下してしまったら、翌日の仕事のパフォーマンスも低下してしまうでしょう。おまけに先の研究では、脳の海馬の体内時計が働かないと、記憶想起ができないという結果が出ました。
「ドーパミンを出せば記憶想起できるのでは?」とも思いますが、バイオテクノロジー企業「バイオジェン」が、神経科学に特化した情報を提供する『neurodiem』では、
睡眠の質の低下、睡眠効率の低下、睡眠障害及び日中の疲労は、海馬容積減少の経時的増大と関連している。
(引用元:Neurodiem|成人期における睡眠と海馬容積の関連性)
としています。東北大学脳科学センターの瀧靖之教授らの研究チームも2012年に、睡眠時間の長い子どもほど、海馬が大きかったことを突き止めました。
つまり、睡眠の質が低いままにしていると、どんどん海馬が小さくなってしまうのです。記憶の中枢である海馬が小さくなってしまったら、元も子もありません。
しっかりと脳の海馬の体内時計が働くよう、体内時計を整える生活を送りつつ、ドーパミンを出すようにするのが得策ですね。
思い出す力を高めるために
これまでの内容を踏まえると、思い出す力を向上させるには、体内時計のズレを防ぎ、ドーパミンが分泌するような行動をとることが役立つようです。 専門家のアドバイスをもとに、具体的な方法を探りましょう。
1. 体内時計を整える
古賀良彦教授によると、体内時計のズレは朝日を20分ほど浴びるとリセットできるそうです。体内時計の中枢・視交叉上核が、目から入ってくる強い光を感知することで睡眠ホルモンの分泌が止まり、「朝」をスタートできるとのこと。
また、体内時計がうまく働かないと、必要な時間に寝起きできなくなる「概日リズム睡眠・覚醒障害」という病気になってしまうそうですが、国立精神・神経医療研究センター睡眠・覚醒障害研究部の栗山健一部長は、この病気を防ぐ(つまりは体内時計をしっかり働かせる)策として、朝日を浴びることのほか、規則正しく食事をすること、メリハリのある活動習慣などを紹介しています。
そのほか、睡眠に関するビジネスを手がける株式会社ニューロスペースが、1万人以上のビジネスパーソンから睡眠データを集めたところ、パフォーマンスの高いビジネスパーソンは起床時間が一定していたそうです。 つまり、週末に夜更かしして、休日に寝だめをし、体内時計を狂わせることがないわけです。規則正しく食事をすることにも通じます。
したがって、思い出す力を高めるために、体内時計を整える方法は次のとおり。
- 体内時計の遅れをリセットするために、朝日を20分間浴びる
- できるだけ、仕事日と休日の起床時間を同じにする
- できるだけ、毎日同じような時間に規則正しく食事をする
- よく働き、よく遊び、よく出かけ、よく人と接する(メリハリのある活動)
2. ドーパミンを出す
お金がもらえる、美味しいものが食べられる、褒められるなど、何かしらの報酬を得る、あるいは報酬を期待して行動するとき、報酬系回路(中脳辺縁系を中心とするドーパミン神経系)が活性化するそうです。
脳科学者で諏訪東京理科大学教授の篠原菊紀氏によれば、ドーパミン神経系は騙されやすいとのこと。たとえば「この仕事をすばやく高品質に仕上げたら、褒められて人の役に立ち、昇給するかも」などと、いろんなご褒美を思い描くだけでも、ドーパミンが分泌されるのだそう。その際には、「このタスクをバッとはじめて ササっと終えれば、ドバっとご褒美」といった具合に、オノマトペ(擬声語)を入れると実感がわき、行動に結びつきやすいとのこと。
なおかつ、どんなに小さなことでも1つ実行するごとに自分自身を褒めると効果的なのだとか。 たとえば、「よし、とりあえず頑張って3行書いた! 偉いぞ!」という感じです。ToDoリストを1つ終えたら、終了のマル印や花丸などをつけて自分を褒めるのも効果的とのこと。
また、大阪大学大学院人間科学研究科教授・入戸野宏氏によると、かわいいものを見るといい気分になるのは、ドーパミンが分泌されるからなのだそう。たとえば動物好きな人が、動物のかわいい写真や動画をみるだけでドーパミンが分泌されるなら、これほどいいことはありませんよね。
そのほか、『できる人の脳が冴える30の習慣』(中経出版、2011年)の著者で医師の米山公啓氏によれば、運動もドーパミンを分泌させるそうです。
これらをまとめると、思い出す力を高めるためにドーパミンを分泌させる方法は次のとおり。
- 「これをやったら、こんないいことがある」と、オノマトペを加えて想像
- どんなに小さくても1つ実行するごとに自分自身を褒める
- ToDoリストを1つ終えたら、終了のマル印や花丸などをつける
- 自分の好きな、かわいいものを見る
- 体を動かす、運動する
ぜひお試しください!
***
思い出す力を高めるコツとして、体内時計を整えドーパミンを出す方法を紹介しました。「うーん、思い出せない」がグンと減るといいですね。
(参考)
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部|記憶を思い出すには体内時計の働きが必要である -脳内の体内時計が記憶を思い出させることの発見とその分子機構の解明-
Nature Communications|Hippocampal clock regulates memory retrieval via Dopamine and PKA-induced GluA1 phosphorylation
プレジデントオンライン|脳を騙して「4倍働いて2倍遊ぶ」方法 ドーパミンがドバドバ出る仕事術
日経ARIA|眠りとホルモンの深い関係 体内時計を整えてよい睡眠を (1/3)
朝日新聞デジタル|体のリズム調節する体内時計 その働き、乱れ続けると…
日本経済新聞|寝る子は脳もよく育つ 東北大チームが解明
Neurodiem|成人期における睡眠と海馬容積の関連性
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脳科学辞典|行動嗜癖
Wikipedia|視交叉上核
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