困難に弱い人には “この態度” が欠けている。自分を追い詰めないことが「強さ」を生む

富田拓郎先生インタビュー「困難に強くなるためのセルフ・コンパッション」01

「セルフ・コンパッション」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。近年、アメリカを中心に研究が進んできたもので、「自分を思いやり、慈しむ」ためのメソッドです。

これだけを聞くと、仕事において大きな力を発揮してくれるようなものではないと思うかもしれません。ですが、国内におけるセルフ・コンパッション研究の第一人者である中央大学文学部教授の富田拓郎(とみた・たくろう)先生は、「さまざまな困難にぶつかるビジネスパーソンにこそ、セルフ・コンパッションを意識してほしい」と言います。

構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹

人間の脳は自分を「追い詰める」ようにできている

「セルフ・コンパッション」とは、「自分に対する思いやり、慈しみ」のこと。このセルフ・コンパッションは、心の平静を保てるようになることで仕事のうえでも日常生活のうえでもさまざまな面で好影響を与えてくれるものです。

では、具体的にはどういうものなのかを解説しましょう。みなさんは、自分の大切な友人が落ち込んでいたなら、どうしますか? 「わかるよ、しんどいよね」というふうに、友人に寄り添う態度を示すでしょう。セルフ・コンパッションとは、ごく簡単に言えば、それと同じことを自分にもやるというものです。

「なんだ、そんなことか」と思った人もいるかもしれません。ところが、実際にセルフ・コンパッションをできている人はそう多くはありません。なにか嫌なことが起きれば考えないようにしたり、それどころか自分を責めたり追い詰めたりしてしまう人が多いからです。

もしかしたら、「追い詰める」ということに対して、いいイメージをもっている人も少なくないかもしれませんね。「パフォーマンスを高めるためには、自分を追い詰めないといけない」と思っている人もいるでしょう。

しかし、実際はそうではありません。自分を追い詰めずに思いやることが、その人の「強さ」を生むのです。たとえば、離婚など人生における困難な出来事を経験しているときに、セルフ・コンパッションの程度が高い人ほど、それらの出来事にうまく対処できることが研究でわかっています。

それでも、人間はついつい自分を追い詰めてしまう。これは、生物学的な特徴と言っていいでしょう。はるかむかしの原始時代には、凶暴な肉食獣に襲われることは即座に死につながっていました。そうならないために、私たちの祖先の脳は常に危険など困難な状況を探すようになった。そうして、脳の働きによって私たちは自分を追い詰めるようになっているわけです。そのような背景があるからこそ、自分を追い詰めるような困難な状況から意図的に脱し、自分を思いやる、慈しむセルフ・コンパッションが大切なのです。

富田拓郎先生インタビュー「困難に強くなるためのセルフ・コンパッション」02

時間と場所を決めて、1日1回10〜20分の瞑想をする

このセルフ・コンパッションは仏教が由来のもの。また、その効果が海外において科学的に検証されるなかで宗教色が薄れ、日本に逆輸入されたという点において、マインドフルネスと共通しています。

そして、これもマインドフルネスと同様に、海外においてプログラム化されたことで一気に一般の人にも広まることとなりました。その歴史はまだ十数年と浅いものの、近年ではセルフ・コンパッションに関する文献も増えてきて、徐々に注目度が上がってきています。

そのメソッドはさまざまで、なかには数週間にわたって複数人で行なうようなものもあります。でも、そういったものをみなさんに文章で伝えたところで実践的ではないでしょう。そこで、ここでは誰でもいますぐにできるふたつのメソッドを紹介します。

ひとつは、いわゆる瞑想です。1日1回だけでもいいので、10分から20分の時間をとり、静かに呼吸に集中して瞑想をしてみましょう。もちろん、そのあいだは誰とも話してはいけませんし、電話に出ることなどはご法度ですから、職場でやるのは難しいかもしれません。ですから、たとえば朝起きたときにベッドの上で行なうなど、瞑想をする時間と場所を決めておけば、習慣として根づきやすいはずです。

富田拓郎先生インタビュー「困難に強くなるためのセルフ・コンパッション」03

肉体的刺激で自分を優しくなだめる「スージング・タッチ」

もうひとつのメソッドは、もっとカジュアルなもの。これは、セルフ・コンパッションでは「soothing touch(スージング・タッチ)」と呼ばれており、その意味は、自分を優しくなだめるタッチです。

先の例のように、親しい友人が落ち込んでいたら、寄り添うような言葉がけをすると同時にどうするでしょうか? 肩を優しく抱いたり、頭をなでたりする人もいるでしょう。まさに、それと同じことを自分にするのです。

たとえば、手を胸にあてる、手で胸をなでる、手をおなかにあてる、手を頬にあてる、手で顔をさする、手で腕をなでる、手を太ももにあてる……などなど。これなら、電車のなかでも職場でもできるはずです。

そして、いずれにせよ、少しだけ圧と手の温もりを感じ、心地いいやり方を探すことが大切です。セルフ・コンパッションで最も大事なことは、自分が心地いいことだけをするということ。そうでないと、「自分を思いやる、慈しむ」ことができないからです。

こうして自分に対する思いやり、慈しみであるセルフ・コンパッションを高めることができれば、仕事のうえでもどんどん好影響が出てくるでしょう。ともすれば、「自分を甘やかすことになるんじゃないか……」と思う人もいるかもしれませんが、心配無用です。セルフ・コンパッションの程度が高い人は、モチベーションが高まり、失敗しても再度挑戦し続けられることが研究でわかっています。挑戦し続けられれば、その後の結果がよくなる可能性も高まるでしょう。

また、心の平静を保てるようになれば、必然的に人間関係の問題も減っていく。それから、仕事で大きなトラブルに巻き込まれるなど困難な状況に陥っても、それを乗り越える心の力も得られます。このようにして、さまざまな側面から仕事に好影響を与えてくれるのが、セルフ・コンパッションなのです。

富田拓郎先生インタビュー「困難に強くなるためのセルフ・コンパッション」04

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研究で判明「自分に優しい人ほど挑戦意欲が高い」。自らを慈しむための “30秒” のメソッド

マインドフル・セルフ・コンパッション ワークブック

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【プロフィール】
富田拓郎(とみた・たくろう)
1968年8月15日、東京都生まれ。中央大学文学部心理学専攻 教授。博士(人間科学)、臨床心理士、公認心理師。1997年、早稲田大学大学院人間科学研究科博士後期課程満期退学。国立精神・神経センター精神保健研究所社会精神保健部流動研究員および特別研究員、同司法精神医学研究部研究員、東京都スクールカウンセラー、関西大学准教授、同教授などを経て現職。専門は臨床心理学で、特に流死産によるグリーフ、トラウマ、マインドフルネスとコンパッションに関する研究を積極的に行っている。2019年1月に米国でマインドフル・セルフ・コンパッションの指導者養成トレーニングを修了。著書に『公認心理師試験 問題と解説』(学樹書院)などがある。

【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。

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