「ロゴス」「パトス」「エトス」という言葉を知っていますか? これらは、古代ギリシャの哲学者・アリストテレスが弁論術に必要な3要素として挙げたもので、それぞれ順に「論理」「感情」「信頼」という意味です。
そして、これらがビジネス文書の説得力を増すにも重要なのだそう。そのことを教えてくれるのは、まさに説得力のある言葉を紡ぐコピーライターの川上徹也(かわかみ・てつや)さん。3要素を活かした文章を書く方法を解説してもらいました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
アリストテレスが唱えた、文章の説得力を増す3要素
単なる報告書といったものではなく、企画書やプレゼン原稿といったビジネス文書の場合、読み手の心を動かして行動に向かわせることが求められます。そうするためには、「読みやすい文章である」ことを前提に、「読み手の感情に働きかける」ことが大切です(『受賞歴多数の一流コピーライターが教える「成功するビジネス文書」2つの技術』参照)。
一方、「読み手に信頼感を与える」ことも効果的です。古代ギリシャの哲学者・アリストテレスは、弁論術に必要なものとして「ロゴス(論理)」「パトス(感情)」「エトス(信頼)」を挙げました。先の話で言えば、「読みやすい文章である」ことが論理にあたり、「読み手の感情に働きかける」ことがそのまま感情にあたります。
加えて信頼もあれば、その文章は読み手に対してより強い説得力をもてるというわけです。極論すれば、「信頼さえあればいい」とさえ言えるかもしれません。自分が心から信じている人の言葉なら無条件で受け入れる一面も人間にはあるからです。「どんな言葉か」より、「誰の言葉か」が重要だというわけです。
ところが、この3要素の重要性を知らない人が書く文章は、3要素のどれかに偏りがちだったり、どれかの要素が抜け落ちていたりということがよくあります。
論理、感情、信頼を活かした文章例
ここで、そういった例を挙げてみましょう。これは、慈善団体が外国の子どもたちのために寄付を募る文章例です。それぞれが、論理、感情、信頼を活かした文章となっています。
1.「論理」を活かして寄付を募る文章例
A国には学校に通いたくても通えない子どもたちが25.6%もいます。このプロジェクトの寄付が集まれば、A国に学校を10校建設することができ、通学できない子どもたちの割合を20%以下にすることができるので、ぜひ寄付をお願いします。
2.「感情」を活かして寄付を募る文章例
私は何度もA国に行っていますが、子どもたちが本当にひどい状況に置かれているのです。学校に通いたくても通えない子どもたちが大勢います。もう黙って見ていられません。その子たちをなんとしても救いたいので、ぜひ寄付をお願いします。
3.「信頼」を活かして寄付を募る文章例
私たちの団体は、「地球上のすべての子どもたちが学校に通える世界をつくる」を理念に活動してきました。これまで、B国・C国で学校を建設したことで、1万人以上の子どもたちが学校に通えるようになりました。今度はA国でも学校の建設に着手するので、ぜひ寄付をお願いします。
論理の例なら具体的な数字を示し、感情の例なら「どうしても子どもを助けたい」という思いを伝え、信頼の例ならこれまでの実績を訴えるというふうに、それぞれが持ち味を発揮した文章となっています。もちろんこれらも悪くはないのですが、3要素すべてがそろっていないため、本当に強い説得力がある文章とは言えません。
信頼→論理→感情の順で、説得力が激増
では、論理、感情、信頼の3要素がすべてそろった例を挙げてみましょう。
4. 論理、感情、信頼の3要素すべてを活かして寄付を募る文章例
私たちの団体は、「地球上のすべての子どもたちが学校に通える世界をつくる」を理念に活動し、これまでB国・C国で学校を建設してきました。
A国には学校に通いたくても通えない子どもたちが25.6%もいますが、みなさんの寄付が集まればA国に学校を10校建設することができます。
私は何度もA国に行っていますが、子どもたちは本当にひどい状況に置かれています。なんとしても救いたいのです。ぜひ寄付をお願いします。
いかがでしょう? 先の3つの例の内容をそれぞれ取り込み、より強い説得力をもつ文章になっていますよね。
また、この並び順にも意味があります。「信頼→論理→感情」の順であることで、その文章の説得力はより強まるのです。そもそも、信頼できない人間の文章を読み手はしっかり読もうとしません。そのため、信頼の要素を最初に入れます。
そうして読み手に読む姿勢をもってもらえたなら、具体的な論理の要素を展開します。この例なら、A国の子どもたちが置かれている悲惨な状況や、寄付によってどういうことができるのかを数字によって具体的に表しました。そして、最後に感情に訴えかけて、読み手の行動を促すわけです。
文章における「信頼」を高める方法
以前の記事で、ごく一部ではありますが、論理と感情を活かす方法については解説しました(『受賞歴多数の一流コピーライターが教える「成功するビジネス文書」2つの技術』参照)。そこで今回は、信頼を活かした文章を書くための方法について解説します。
「信頼を活かす」というと、それこそコミュニケーション能力とか人間関係構築力のようなものをイメージする人もいるかもしれません。もちろん、読み手が実際に面識のある相手の場合、その人とよい関係性をつくっておくことも大切でしょう。
ですが、企画書など読み手が不特定多数となる場合には、すべての読み手とよい関係性を築くことなどできません。そこで、「自分の意見を補強する何かを探す」ことを考えてみましょう。
文章に有名人の名言を引用するといった方法もそのひとつです。不特定多数の人にとってはどこの誰だかわからない自分の言葉では信頼を得られなくとも、誰もが知っている有名人の名言なら響くでしょう。「現代経営学の父であるドラッカーはこう言っています」と言われたなら、読み手もうなずくしかありません。
また、社内における文書の場合、文章の内容以外で信頼を高めておくこともできます。たとえば、上司や上層部のお墨つきを事前にもらっておくこともひとつの方法です。会議で企画書を提出する際、上層部から了承を得ている旨を伝えれば、これ以上の信頼はありません。文章の内容そのものももちろん大切ですが、そうではないかたちで信頼を高めることも、結果として文章の説得力を増すことにつながるのです。
【川上徹也さん ほかのインタビュー記事はこちら】
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【プロフィール】
川上徹也(かわかみ・てつや)
コピーライター。湘南ストーリーブランディング研究所代表。大阪大学人間科学部卒業後、大手広告代理店勤務を経て独立。数多くのプロジェクトに携わるなかで「働く文章」という武器を手に入れる。東京コピーライターズクラブ新人賞、フジサンケイグループ広告大賞制作者賞、広告電通賞、ACC賞など受賞歴多数。なかでも、企業や団体の「理念」を1行に凝縮して旗印として掲げる「川上コピー」が得意分野。社会人向けの「文章講座」は、「コピーライティングの方法論」と「心理学の知見」を融合させたオリジナルのメソッドで、わかりやすく結果が出ると人気。製造・小売・金融・サービス・ITシステムなど様々な業種の大手企業から、社員向けライティング研修の依頼があとを絶たない。『400年前なのに最先端! 江戸式マーケ』(文藝春秋)、『使えば使うほど好かれる言葉』(三笠書房)、『文章の鬼100則』(明日香出版社)、『仕事で大切なことはすべて尼崎の小さな本屋で学んだ』(ポプラ社)、『臆病ネコの文章教室』(SBクリエイティブ)、『川上から始めよ 成功は一行のコピーで決まる』(筑摩書房)など著書多数。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。