16歳で単身渡米、ハーバード・ビジネススクールでMBAを取得し、Google本社でストラテジストとして数々のAIプロジェクトを担当した日本人女性がいます。その石角友愛(いしずみ・ともえ)さんは現在、パロアルトインサイトCEO兼AIビジネスデザイナーとして独立し、日本企業へのAI導入を手がけています。
AIをめぐる日本の状況は世界的に見て遅れているともいわれるなか、これからのビジネスパーソンはどのようにAIとつき合っていけばいいのでしょうか。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
「かゆいところに手が届く」AIの提供
わたしが経営するパロアルトインサイトという会社の業務は「AIビジネスデザイン」。シリコンバレーとシアトルの最先端のAI技術を使ってどう価値を創造するのかという戦略をベースに、日本企業へのAIの提案、開発、導入をエンドツーエンドで行なっています。提案だけでも開発だけでも導入だけでもありません。すべてトータルで行なっている会社は、日本にはほかにほとんどないと思います。
そういうかたちの会社を起業した背景には、前職での経験が影響しています。Googleを退職後に起業をしたのですが、どちらかというと技術開発に特化したプロダクトを販売するAIベンチャーでした。そこで仕事をするうち、「AIは導入しているけど、その後の稼働率が50%以下」という会社をたくさん見てきたのです。
「AIを導入して売上が出てさえいればいいじゃないか」という人もいるかもしれません。でも、そのツールがきちんと稼働してユーザーに使ってもらって定着して大きな効果が出てこそ、本当の経済的価値が生まれます。そうするためには、提案から導入、効果検証までトータルでやる必要があります。
また、現在のアメリカ企業のAI導入率は約37%といわれています。一方で日本企業の場合は1〜5%。「日本人としてその差を埋めるためになにか貢献できないか」と考えたとき、やっぱりそれぞれの企業のかゆいところに手が届くかたちでカスタムなAIをつくるべきだと感じました。
もちろん、日本企業でも大企業に対してはわたしたち以外のいろいろな会社がアプローチしていますし、パロアルトインサイトでも大企業のクライアントは多くいます。でも、会社のフォーカスとして、日本企業の99%を占める中小企業に対して、そういった「かゆいところに手が届く」AIを提供する会社は日本にはありませんでした。そういう経緯があっていまの会社を立ち上げたわけです。
アメリカではAIをインフラのひとつと認識
日米企業におけるAI導入率の開きを見ても明白なように、AIをめぐる日米の状況には大きな差、違いがあります。アメリカの場合、AIはインフラ、「新しい電気」だととらえられています。いまやインターネットがなくては仕事ができないように、AI技術を使わずしてイノベーションを起こせないという考えがあり、それくらい根づいているのです。
そういう土壌がありますから、たとえばまだ社員がひとりかふたりというスタートアップ企業が次に雇う人間というのは、データサイエンティスト。しかも、2000万円ほどの高額の年収を支払います。というのも、自社のプロダクトに合わせたAIをつくることができないと、そもそも起業できなかったり、競合優位性をつくれなかったりするという考えがあるからです。
一方で日本の場合は、つい3~4年前まで「AI期待値バブル」とでも呼ぶべき状況でした。AIを導入する前から「なにかすごいことが起こるに違いない!」といった期待値ばかりが膨らんでいたのです。それで、よく見られたのは、大企業のIR、PRとしてAIを導入するといった例です。
でも、本当に必要なのは、アメリカのように成長戦略の根幹としてデータサイエンスとAIを取り入れた、いわば地に足がついたかたちでAI導入をした会社の事例だと思うのです。たとえば、社員数が10人~20人といった中小企業が、わたしたちがつくったAIを導入したら数カ月で売上が2倍、3倍になった――。そういう事例のほうがずっと身近に感じるはずです。
いまは日本でもようやく「AI期待値バブル」というフェーズが終わりつつあるように感じています。自分のビジネスの課題に寄り添ったかたちでAIを導入したいと考える人がすごく増えていて、すごくいい傾向にあると思いますね。
「AIで仕事がなくなる説」で不安がっている場合ではない
日本でよく見聞きするのが「AIで仕事がなくなる」という説を扱った記事です。みなさんも一度は目にしたことがあるでしょう。もちろん、AIに携わっていない人がそういうふうに不安に思うことは理解できます。アメリカでもそういう議論がまったくされていないわけではありませんし、研究者にもそういう主張をする人もいます。
でも、アメリカでは恐怖論が先立って多くの人がただおびえているといったことはありません。「AIで仕事がなくなるのならどうすべきか」と考え、多くの人がムーク(MOOC/大規模公開オンライン講義)でデータサイエンスを学んでいます。AIを使いこなせる人間を社会で育てようという動きがあるのです。
日本もそういうふうに変わっていくべきでしょう。「仕事を奪われる!」なんて思うまえに、そもそもAIとはなにかということを肌で感じて理解する必要があると思います。
少し前に会った日本の大学生も、「AIで仕事がなくなる」説によって「なにを仕事にすればいいかわからない」なんていっていました。そうではなくて、なんでもいいからまずは興味があることをやって、やり続けてまっとうするべきです。その過程で得られる課題発見力や発想力、企画力、推進力といったスキルこそが、AIが持っていないスキルなのですからね。
それなのに、メディアの「AIでなくなる仕事ランキング」といった記事を見て、消去法で仕事を選ぶような後づけの発想の人間を誰が必要とするでしょうか。まずはとにかく一歩を踏み出す。踏み出すまえから不安がっているだけでは、なにもできるはずもありません。
もちろん、ビジネスパーソンのみなさんも、自分でAIを開発できる必要があるかどうかは別として、AIを概念として理解する必要はあると思います。そして、AIというツールをどう活用してソリューションを描くか――。そういうことがこれからのビジネスパーソンには求められるはずです。
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【プロフィール】
石角友愛(いしずみ・ともえ)
AIデザインビジネスカンパニー「パロアルトインサイト」CEO。AIビジネスデザイナー。お茶の水女子大学附属高校を中退し、16歳で単身渡米。ボーディングスクールを経てオクシデンタル・カレッジに進学。帰国後に起業家を支援するインキュベーションビジネスを立ち上げて3年間運営するも、2008年に再び渡米しハーバード・ビジネススクールに入学。2010年に長女出産と同時にMBAを取得。Google本社にシニアストラテジストとして勤務し、多数のAIプロジェクトをリード。2012年に退職し、HRテックや流通AIベンチャーを経てシリコンバレーでパロアルトインサイトを起業。日本企業に対して最新のAI戦略提案からAI開発まで一貫したAI支援を提供している。著書に『才能の見つけ方 天才の育て方 アメリカ ギフテッド教育 最先端に学ぶ』(文藝春秋)、『可能性を見つけよう 世界のエリートから学ぶ自分の枠を突破する勇気』(講談社)、『ハーバードとグーグルが教えてくれた人生を変える35のルール』(SBクリエイティブ)、『私が「白熱教室」で学んだこと ボーディングスクールからハーバード・ビジネススクールまで』(CCCメディアハウス)がある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。