「自分は勉強が苦手だったから、勉強ができた人には仕事でもかなわないだろう……」なんて思っている人はいませんか? でも、勉強と仕事では脳の使い方が異なるため、「子どもの頃から勉強ができた人が、仕事でも大きな成果を挙げられるとは限らない」と、脳内科医の加藤俊徳(かとう・としのり)先生は言います。それはなぜなのでしょうか。その言葉の真意、そして、たとえ勉強が苦手でも仕事ができる人になる方法を教えてくれました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
仕事における重要性が高いのは、「記憶力」より「理解力」
私は、これまでに東大生のなかでもトップレベルの人たちの脳を分析してきました。最難関のひとつである医学部にトップ入学するような人たちの脳です。そんな人たちの脳を見ると、「ああ、なるほど!」とうなずけます。学業成績が伸びるような脳の仕組みをもっているのです。
具体的には、大きなバケツのように知識がどんどん入る仕組みがあり、脳の思考力をつかさどる部分が発達しています。つまり、「記憶力」と「思考力」、そのふたつが秀でているのです。でも、それらの力があるから仕事ができるとは言いきれません。仕事に必要な力は、「理解力」と「思考力」だと私は見ています。
仕事では、予期せぬことがたびたび起きます。なんらかのトラブルが起きたときはもちろん、新しい顧客と新しいプロジェクトを進めることになったときなどには、それまでの記憶に頼るより、どちらかと言えばその場で臨機応変に状況を理解し、必要な情報を得て、そして最善の策をスピーディーに考える必要があります。
もちろん、理解力、思考力に加えて記憶力もあるに越したことはありません。経験というかたちで、仕事においても記憶は大きな武器になるでしょう。ですが、臨機応変な理解力に乏しく記憶だけに頼る人は、経験がないトラブルや案件にうまく対応できないということになるのです。
そう考えると、社会に出たあとの人生においては、記憶力に頼る人の脳は「残念脳」、理解力に秀でた人の脳こそ「成功脳」だと言えると私は見ています。
「残念脳」の人に欠けている「他人の考えを汲む力」
こう言うと、「自分の脳はどっちだろう……?」と思った人もいるかもしれません。残念脳、成功脳の持ち主には、それぞれの行動に相反する特徴が表れます。その特徴とは、新しい趣味など「何かをやろうとしたとき、そのことについて徹底的に調べてからやる」か、「失敗してもいいからとにかくやる」かというもので、前者が残念脳、後者が成功脳のタイプとなります。
散歩中にいままで知らなかった飲食店を見つけたとします。興味をそそられつつも、グルメアプリで評価を調べてからでないとその店に入らない人はいませんか? そういう人の脳が、知識や記憶だけに頼る残念脳です。
そうではなく、興味をそそられたのなら、とりあえず入ってみればいいのです。そのように、自分の目で見る、自分自身で体験するということがなければ、理解力は育ちません。
もちろん、仕事においては慎重さが求められる場合もあります。ただ、それはケース・バイ・ケースでしょう。とりあえず飛び込んでみて「慎重さが足りなかったな……」と感じたなら、そのあとの同様のケースについては慎重に取り組めばいいだけのこと。逆に、毎回毎回慎重に取り組むだけでは、スピード感が求められる仕事には永遠に対応できないということになってしまいます。
そして、このように残念脳のままの人は、仕事において必要とされるある重要な力が決定的に欠けることになります。その力とは、「他人の考えを汲む力」。社内の人間はもちろん、顧客など多くの人と関わりながら進める必要がある仕事においては、その力は不可欠です。
新しい顧客と新しいプロジェクトを進めるとなったとき、その力が欠けていればどうなるでしょう? 新しい顧客との新しいプロジェクトですから、完全に一致する過去の事例などありません。やるべきことは、新しい顧客にしっかり向き合い、本当の要望を汲み取ることです。それなのに、過去の似た事例を探そうとするばかりでは、顧客の要望を汲むことなどできません。顧客とのあいだにどんどんズレが生じ、そのプロジェクトが成功する可能性は下がっていくでしょう。
「成功脳」をつくる、自分だけの「気づきのノート」
他人の考えを汲む力は、「気づきの力」と言い換えることもできます。そして、気づきの力を伸ばすことが、理解力を伸ばすことにもつながります。理解力を伸ばすには、何事も失敗を恐れずとにかくやってみて、その場で自分に足りないものがあればそれに気づき、足りないものを習得していく必要があるからです。
気づきの力を伸ばすには、自分だけの「気づきのノート」をつくることをおすすめします。「子どもの頃は毎日が新鮮だったのに、大人になってからは同じような毎日を送るだけ」と思っている人もいるかもしれませんが、気づきの力、理解力が高い人は、昨日と同じように思える今日であっても、なんらかの新しい気づきを得ているものです。
仕事に関することで言えば、お客さまに対して先輩が見せたちょっとした気遣いなど、それこそ気づきを与えてくれる、学ぶべきことはいくらでもあるはずです。もちろん、反面教師にするべき気づきでもいいでしょう。それらを、1日1行でもいいので書きためていけば、みなさんの気づきの力、ひいては理解力が確実に高まっていくはずです。
また、ノートに書き込むことは、仕事に関することだけでなくともかまいません。電車で見かけた人のファッションをまねしたくなっただとか、接客してくれた人の笑顔がすてきだったなどでもいいでしょう。日常的に、新たな気づきをどんどん得ていくことが大切です。
そして、グルメアプリはアンインストールしてしまいましょう(笑)。口コミは少なくても、いざ飛び込んでみると、地元の人たちに愛されているいい店だったということも多いものですよ。
【加藤俊徳先生 ほかのインタビュー記事はこちら】
仕事がデキる人の脳の特徴。仕事能力に直結する “2つのセンス” はこうして高めなさい
脳が衰えやすい人の「危険な仕事習慣」。脳は何歳になっても成長する一方で、老化も速い
【プロフィール】
加藤俊徳(かとう・としのり)
1961年、新潟県生まれ。脳内科医、医学博士。加藤プラチナクリニック院長。株式会社「脳の学校」代表。昭和大学客員教授。発達脳科学・MRI脳画像診断の専門家であり、「脳番地トレーニング」を提唱する。小児から高齢者まで1万人以上を診断・治療。14歳のときに「脳を鍛える方法」を知るために医学部への進学を決意。1991年、現在世界700カ所以上の施設で使われる脳活動計測「fNIRS(エフニルス)」法を発見。1995年から2001年まで米ミネソタ大学放射線科でアルツハイマー病やMRI脳画像の研究に従事。ADHD、コミュニケーション障害など発達障害と関係する「海馬回旋遅滞症」を発見。帰国後、慶應義塾大学、東京大学などで脳研究に従事し、「脳の学校」を創業。また、加藤プラチナクリニックにて、独自開発した加藤式MRI脳画像診断法により、薬だけに頼らない脳トレ処方を行う。『ビジュアル図解 脳のしくみがわかる本』(メイツ出版)、『「優しすぎて損ばかり」がなくなる 感情脳の鍛え方』(すばる舎)、『大人の発達障害 話し相手の目を3秒以上見つめられない人が読む本』(白秋社)、『1万人の脳を見てわかった! 「成功脳」と「ざんねん脳」』(三笠書房)など著書多数。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。