仕事のミスはないに越したことはありませんが、「気をつけているつもりなのに、どうもちょっとしたミスを続けてしまう……」「自分には注意力が足りないのかも……」と悩んでいる人も少なからずいるでしょう。
ただ、その原因は、注意力が低下していることではなく、「ワーキングメモリ」という能力の低下にあるのかもしれません。そう指摘するのは、作業療法士であり、脳の機能を生かした人材開発を行なっている菅原洋平(すがわら・ようへい)さん。そもそもワーキングメモリとはなにか――その基本から教えてもらいました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹
覚えた情報を次の行動に反映させる「作業記憶」
「ワーキングメモリ」とは日本語では「作業記憶」と呼ばれるもので、さまざまに分けられる記憶の能力のひとつです。とはいっても、単純になにかを覚えるといった能力のことではありません。ワーキングメモリは、なにかを覚えて、別のことをやっているあいだもそのことを頭のなかに留めておいて、必要になったときにタイミングよく思い出し、その情報を使う能力のこと。もう少し簡潔に言えば、「覚えた情報を次の行動に反映させる」ことに役立つ能力となるでしょうか。
実際にワーキングメモリが働くケースを挙げてみましょう。たとえば、なにか書類を作成していたときに電話がかかってきたとします。もちろん、電話でしゃべっているあいだには書類のことなど考えていません。書類のことを忘れているようにも思えますが、頭のなかには書類のことがしっかり残っている。そして、電話を終えたらタイミングよく書類のことを思い出し、書類の作成を再開できます。これが、ワーキングメモリの働きです。
もっと日常的でわかりやすい例なら、おつかいがそう。おつかいを頼まれてスーパーに向かう道中では、買うように頼まれたもののことなどいちいち考えていませんが、スーパーに着けばなにを買うべきかをきちんと思い出せますよね? このように、私たちは日常生活のなかで頻繁にワーキングメモリを使っているのです。
ワーキングメモリ能力が低いと、「やるべきことを忘れる」
では、このワーキングメモリ能力が低い場合、仕事上でどんな不具合が出てくるでしょうか。それは、「やるべきことを忘れる」ということ。ただ、実際にはやるべきことは記憶されているので、正しくは「忘れる」のではなく「タイミングよく思い出せない」ということになります。
取引先からのメールに対して、今日中に返信するというタスクがあったとします。でも、出勤すると上司から急ぎの仕事を頼まれた。その仕事を進めていると、今度は後輩からちょっとした相談を受けた。そうこうするうちに、朝の時点ではしっかり認識していた「取引先にメールをする」というタスクのことをすっかり忘れてしまう……。こんなことが起こるわけです。もちろん、こうしたことが続けば、周囲からの信頼度はどんどん下がってしまうでしょう。
一方、ワーキングメモリ能力が高かったとしたら? ワーキングメモリ能力が高いということは、「情報の選別能力が高い」という言い方もできます。その場で必要がない情報はきっちりマスキングして、逆に必要なときには情報をしっかり使うことができるのです。
先のケースで言えば、上司に頼まれた急ぎの仕事を進めているときや後輩の相談に乗っているときには、「取引先にメールをする」というタスクの情報は必要ありませんから、頭のなかに浮かんでこないようにきっちりマスキングできる。そして、上司から頼まれた仕事や後輩からの相談が終われば、「取引先にメールをする」というタスクを思い出せるというわけです。
ワーキングメモリの働きを調べるチェックリスト
こう言うと、自分のワーキングメモリがきちんと働いているかどうかを知りたくなったという人も多いでしょう。そのためのチェックリストを用意しました。次の5項目について、最近のあなたに当てはまるものをチェックしてみてください。
これらはいずれも、ワーキングメモリの働きが落ちているときに起こりがちなこと。1は、先の例にも挙げたやるべきタスクを忘れてしまうようなことですね。2は、以前の行動を忘れて同じ行動をしてしまうこと。3は、ワーキングメモリのもつ、ネガティブな感情のときには働きにくいという特性によるものです。そのため、相手を責めるようなネガティブな感情のときには、じつは自分に非があったということすら抜け落ちてしまうのです。4は、不要な情報をマスキングすることができないために起きる現象。最後の5は、ワーキングメモリ能力が低下しているときほど不要な考えが浮かびやすいことによるものです。
でも、ワーキングメモリがまったく働いていないという人はいませんから、その点では安心してください。ただ、ワーキングメモリをうまく生かせていない人はいます。その生かし方を知れば、ワーキングメモリをしっかり働かせられるようになる。その詳細については、次回の記事でお伝えしましょう(第2回『マルチタスクによる脳への負担を減らす方法。「○○を正す」のが意外と効果的』参照)。
【菅原洋平さん ほかのインタビュー記事はこちら】
マルチタスクによる脳への負担を減らす方法。「○○を正す」のが意外と効果的
テレワーク疲れを“脳”から解消する3つの秘策。「4-6-11の法則」で仕事効率アップ!
【プロフィール】
菅原洋平(すがわら・ようへい)
1978年8月30日、青森県生まれ。作業療法士。ユークロニア株式会社代表。国際医療福祉大学卒業後、作業療法士免許を取得。民間病院精神科勤務後、国立病院機構にて脳のリハビリテーション業務に従事。その後、脳の機能を生かした人材開発を行うビジネスプランをもとにユークロニア株式会社を設立。現在、東京・ベスリクリニックにて外来を担当する傍ら、企業研修を全国で展開している。『脳をスイッチ! 時間を思い通りにコントロールする技術』(CCCメディアハウス)、『朝イチのメールが残業を増やす』(日経BP)、『脳に任せるかしこい子育て』(すばる舎)、『頭がいい人は脳を「運動」で鍛えている』(ワニブックス)、『自律神経はどこまでコントロールできるか?』(ベストセラーズ)、『脳内整理ですべてうまくいく!』(日本文芸社)、『「寝たりない」がなくなる本 「効率のいい睡眠」を手に入れる方法』(三笠書房)、『やめられない!ぐらいスゴイ 続ける技術』(KADOKAWA)、『頭がよくなる眠り方 記憶力が高まり脳が働き出す』(あさ出版)など著書多数。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。