「いいアイデアが浮かばない……」とお困りなら、ゼロベース思考はいかがでしょう? ゼロベース思考とは、既存の枠組みや常識、過去の成功体験を忘れ、物事を柔軟に考える思考法です。
コロナ禍により、世界中で「新しい生活様式」が求められています。そんな現代のビジネスパーソンにとって、ゼロベース思考は、新たな需要を生み出すためにもぜひ身につけたいスキルではないでしょうか。
今回は、斬新な発想や問題解決の方法をお探しのみなさんに、ゼロベース思考のトレーニング方法やおすすめの本をご紹介します。
ゼロベース思考とは
ゼロベース思考とは、新たな着想を得たり、問題を解決したりするときに有効な、クリティカル・シンキングの思考法。過去の経験や知識、思い込みなどをいったんすべてリセットし、白紙の状態から物事をとらえ直します。
ゼロベース思考を理解するため、反対の「トレンド思考」と比較してみましょう。
トレンド思考
トレンド思考とは、過去の経験や知識を拠り所とする思考法です。コンサルタント事業などを手がける株式会社ファンクショナル・アプローチ研究所代表取締役社長・横田尚哉氏は、トレンド思考を次のように説明しています。
「なぜ?」と過去を検証することが、過去思考の本質です。(中略)原因を調べ、仮説を立て、検証する。過去思考では、こうした仮説検証のサイクルをひたすら繰り返しながら目標に向かいます。
(引用元:横田尚哉(2012),『ビジネススキル・イノベーション 「時間×思考×直感」67のパワフルな技術』, プレジデント社. 太字による強調は編集部が施した)
トレンド思考は、アイデアのヒントを過去から得ようとします。つまり、過去の成功事例から学べる一方、「成功例に従わないと失敗する」という考えにとらわれ、大胆なアイデアを出せなくなるデメリットもあるのです。
ゼロベース思考
反対に、ゼロベース思考は、過去の経験や知識の枠組みを外すことからスタートし、白紙の状態で考えます。過去にとらわれないので、「こうかもしれない」と仮説を立てたり、「あんなことができたらよいな」と未来への希望を抱いたりと、発想の翼を自由に広げられるのです。
京都大学高等研究院招聘特別教授でロボット工学者の金出武雄氏は、独創的なアイデアを生み出すため、知識も経験もない素人のように発想する大切さを、次のように指摘しています。
発想は、単純、素直、自由、簡単でなければならない。そんな、素直で自由な発想を邪魔するものの一番は何か。それはなまじっかな知識―知っていると思う心―である。
(引用元:金出武雄(2012),『独創はひらめかない 「素人発想、玄人実行」の法則』, 日本経済新聞出版. 太字による強調は編集部が施した)
また、『0ベース思考 どんな難問もシンプルに解決できる』(ダイヤモンド社、2015年)を著した経済学者スティーヴン・レヴィット氏と、ジャーナリストのスティーヴン・ダブナー氏は、問題解決法を見つけるには「人為的なバリア」を無視するのが重要だと説いています。
人為的なバリアとは、「これ以上は無理だろう」と限界を決めてしまう思い込みのこと。人為的なバリアにとらわれず、「何ができるか」に意識を集中することこそ、問題解決のカギだそう。
つまり、ゼロベース思考を使えば、従来の成功手法が行き詰まったとき、未来に向けて思考を飛躍させ、独創的なアイデアを生み出せるのです。
ゼロベース思考のポイント
ゼロベース思考では、既存の経験や知識をリセットします。リセットに必要なポイントは、以下の3つです。
「自由な発想」を妨げる要因をリストアップする
まずは、自由な発想を妨げる要因となりそうな経験や知識を書き出してみましょう。「安くすれば売れる」のような暗黙の常識なども書き出すことで、ゼロベース思考のためにリセットすべきものが可視化されます。
「解決策はある」という前提に立つ
ゼロベース思考では、「解決策はある」という前提で考えます。過去の失敗経験・成功体験にとらわれ、「解決は不可能では」と思い込んではいけません。
企業の問題解決をサポートする株式会社ビジネスコラボレーション代表・齋藤嘉則氏も、自分で狭い枠を設定して否定に走らないことが大事だと述べています。解決できない理由を探すのではなく、「解決策はある」という前提に立って「できること」に意識を集中し、可能性を見いだすのです。
「顧客目線」で価値を考える
自分自身や所属する部署、自社の立場だけで考えるクセがついていませんか? ビジネスパーソンにとって大事なのは、徹底的に「顧客目線」で価値を考えることです。
「顧客」とは、商品やサービスを購入する消費者だけではありません。あなたが人事部や総務部に所属しているなら、社員全体が顧客なのです。
齋藤氏によると、ビジネスの立ち上げに成功した人には以下のような特性があるそうです。
考えたことを実行に移す段階においても、きちんと「顧客にとっての価値」を考え、貫くことができていたのだ。そして、顧客にとっての価値を十分に考え抜いたからこそ、詳細なマーケット・リサーチなど行なわなくても成功したのだ。
(引用元:齋藤嘉則(2010),『新版 問題解決プロフェッショナル 「思考と技術」』, ダイヤモンド社. 太字による強調は編集部が施した)
要するに、ビジネスにおけるゼロベース思考のコツは、自分・自部門・自社の立場から離れ、徹底的に「顧客目線の価値」を考え抜くことなのです。
ゼロベース思考の事例
実際の企業における、ゼロベース思考の成功事例をご紹介しましょう。ユニクロの大ヒット保温インナー「ヒートテック」です。
2003年に登場したヒートテックは、繊維などを製造・販売する東レ株式会社と、ユニクロを展開する株式会社ファーストリテイリングの共同開発で生まれました。2001年度に赤字転落した東レは、従来の「ものづくり」から、消費者が求める「新しいサービス」へと発想を転換。2006年、ユニクロとの戦略的パートナーシップを構築したのです。
ユニクロは販売現場の情報を東レに提供し、東レは消費者ニーズを反映させた素材を開発しました。その結果、従来の野暮ったいイメージを覆すような、機能性に富んだオシャレで革新的な保温インナーが生まれたのです。
ヒートテックは、「先端材料の創出」を掲げる東レと、快適なカジュアルウェアを追求するユニクロが、ゼロベース思考で成功した事例と言えるでしょう。
ゼロベース思考のトレーニング
ゼロベース思考のメリットや成功例がわかったところで、どうすればゼロベース思考を実践できるようになるのでしょう? ゼロベース思考のトレーニングとしておすすめなのが、メモをとりながら「本来どうあるべきか」「どうなったらよいのか」を考え抜くことです。
ベストセラー『ゼロ秒思考 頭がよくなる世界一シンプルなトレーニング』(ダイヤモンド社、2013年)を著したコンサルタント・赤羽雄二氏によると、ゼロベース思考はメモ書きと非常に相性がよいそう。経験や知識、思いつきなどを書き出すことで、自由な発想を妨げるものを自覚できるためです。
それでは、メモを使ったゼロベース思考の練習法を解説します。
1. テーマを決め、考えていることを書き出す
「新商品のアイデア」など、何について考えるか決めます。テーマが決まったら、現状の考えをA4用紙に書き出しましょう。「顧客の潜在ニーズを掘り起こしたい」「どうしても過去にヒットした旧商品のイメージに影響されてしまう」のように、大事だと思う点や悩んでいる点もメモします。
2. シンプルに考える
まず、「シンプルに考える」ことを妨げそうな、既存の経験や知識をメモします。それから、あえて素人のように、できるだけシンプルにテーマをとらえ直し、考えを書き出しましょう。最後に、思い込みや先入観に影響されて複雑に考えていないか、メモしておいた既存の経験・知識と見比べてチェックします。
3. 素直に考える
テーマについて、「できること」を素直に考えます。どう考えるべきか迷ったら、自分のプライドやアピール意識など、「できない」と感じる理由を書き出してみましょう。そして、「できない」と感じる理由をすべて取り払ったらどうなるか、思いついたことをありのままメモしてみてください。
4. 自由に考える
「こうあってほしい」という希望を、自由に書き出します。「自分が顧客だったら、どんな商品が欲しいか」などです。自分の仕事上の経験や立場を離れ、業界の事情を何も知らない顧客の目線で、自由に考えてください。
5. 初歩的な知識やスキルで考える
既存の知識やスキルにこだわり、「これ以上は無理」と限界を勝手に決めて思考停止に陥ってしまうことがあります。リセットするためには、自分の思考のベースとなっている知識やスキルをすべて書き出しましょう。
そのうえで、初歩的な知識やスキルしかない人が何を求めるか、考えてみてください。初歩的な知識やスキルがどんなものか想像しづらければ、自分にとって馴染みのない分野に置き換えるとよいでしょう。
6. 何が大事かハッキリさせる
最後に、1~5で書き出したメモを見つつ、自分の目的にとって何が大事なのか、最終的な考えを書いてまとめます。
以上が、メモを使ったゼロベース思考のトレーニング方法です。
ゼロベース思考をやってみた
ご紹介したゼロベース思考のトレーニングを、実際にやってみました。テーマは「新しいインテリア雑貨のアイデア」です。
1. テーマを決め、考えていることを書き出す
【テーマ】
「新しいインテリア雑貨のアイデア」
【いま考えていること】
- 斬新なアイデアが浮かばない
- どうしても過去のヒット商品のイメージに影響されてしまう
- コロナ禍で生じた潜在ニーズを掘り起こし、売り上げにつなげたい
2. シンプルに考える
【既存の知識・経験】
- ヒットした旧商品の類似品が売れ筋
- 安さと多機能性を重視
- デザインにはこだわらない
【売り上げが伸びなくなった原因】
- 商品のマンネリ化?
- 商品がニーズに合っていない?
- 顧客は多機能性と安さだけを求めているわけではない?
3. 素直に考える
【素直に考えることを妨げる気持ち】
- 新しいことに挑戦して失敗したくない気持ち
- 旧商品の開発で培ったノウハウを活かしたい思い
【できることは何か】
- 社会のニーズと自社にできることの接点を探る
- 安さと多機能性ではなく、これまで重視しなかったデザイン性に注目する
4. 自由に考える
【自社目線】
- 安くて多機能なら売れる
- 価格を抑えるため、デザインにはこだわらない
【自分が顧客なら何を望むか】
- 自宅で過ごす時間を楽しくしてくれるようなインテリアが欲しい
- 少し値段が高くても、オシャレなデザインの商品を選びたい
- 自宅のインテリアに高度な機能はいらない
5. 初歩的な知識やスキルで考える
【自分の考えのベースとなる経験やスキル】
- 他社と差別化するため、多機能性を追求してきた経験
- デザインは二の次で、安さ重視
- 旧商品の開発で培ったノウハウ
【顧客のニーズはどんなものか】
- そもそも、身近なインテリア雑貨に、操作が複雑な機能は求められているのか?
- コロナ禍により自宅で過ごす時間が増え、インテリアにこだわる人が増えた
- 自分が顧客なら、使いにくく野暮ったいデザインの商品よりも、使いやすくてオシャレなものを選ぶ
6. 何が大事かハッキリさせる
【新商品開発で大事なポイント】
- コロナ禍により、自宅での時間をより快適にしたいニーズが強まった
- インテリア雑貨を扱う会社として、自宅で過ごす時間の質を高める、使いやすくてデザインの優れた商品を提供することが大事
以上が、メモを使ったゼロベース思考の例です。イメージがつかめたでしょうか? ご紹介したコツを参考に、あなたもゼロベース思考に挑戦してみてください。
ゼロベース思考を学べる本
最後に、本記事でも参考にした、ゼロベース思考が学べるオススメの本をご紹介します。
『新版 問題解決プロフェッショナル 「思考と技術」』
齋藤嘉則氏の『新版 問題解決プロフェッショナル 「思考と技術」』は、大手コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニーなどでの勤務経験をもとにした一冊。問題解決の基本的思考としてゼロベース思考と仮説思考を挙げ、実例を紹介しながら詳しく解説しています。
ゼロベース思考のフローチャートや、ゼロベース思考で成功した企業の事例も紹介されています。平易で読みやすいので、ゼロベース思考の基本書として手に取ってはいかがでしょう。
『ビジネススキル・イノベーション 「時間×思考×直感」67のパワフルな技術』
卓越した問題解決手法で数億円以上の工事費を浮かせた実績をもつという経営コンサルタント・横田尚哉氏が、時間・思考・感性を中心に67のビジネススキルを紹介したのが『ビジネススキル・イノベーション 「時間×思考×直感」67のパワフルな技術』。ゼロベース思考は、思考のイノベーションを生み出すスキルとして言及されています。
未来を原点とするゼロベース思考を「前向きに進むカヌー」、過去を原点とするトレンド思考を「後ろ向きに進むボート」に例えて比較。イラストを豊富に交えた、初心者でもわかりやすい解説が特徴です。ゼロベース思考について、ざっくりとイメージをつかみたい人にオススメ。
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ゼロベース思考は、問題の解決法を模索したり、オリジナリティあふれる発想をしたりするときに威力を発揮する思考法です。あなたも、難問にぶつかったときや、アイデアを生み出す必要性に迫られたときなどに、ゼロベース思考を試してみてはいかがでしょう?
(参考)
齋藤嘉則(2010),『新版 問題解決プロフェッショナル 「思考と技術」』, ダイヤモンド社.
横田尚哉(2012),『ビジネススキル・イノベーション 「時間×思考×直感」67のパワフルな技術』, プレジデント社.
スティーヴン・レヴィット 著, スティーヴン・ダブナー 著, 櫻井祐子 訳(2015), 『0ベース思考 どんな難問もシンプルに解決できる』, ダイヤモンド社.
齋藤嘉則・山本直人(2006),『コラボレーション・プロフェッショナル ゼロベース思考の状況マネジメント』, 東洋経済新報社.
株式会社アンド(2019),『思考法図鑑 ひらめきを生む問題解決・アイデア発想のアプローチ60』, 翔泳社.
金出武雄(2012),『独創はひらめかない 「素人発想、玄人実行」の法則』, 日本経済新聞出版.
赤羽雄二(2015),『速さは全てを解決する 『ゼロ秒思考』の仕事術』, ダイヤモンド社.
赤羽雄二(2013),『ゼロ秒思考 頭がよくなる世界一シンプルなトレーニング』, ダイヤモンド社.
今井信行(2018),『図解ポケット クリティカル・シンキングがよくわかる本』, 秀和システム.
プレジデントオンライン|目標は、過去を捨て「ゼロベース思考」で設定する
【ライタープロフィール】
上川万葉
法学部を卒業後、大学院でヨーロッパ近現代史を研究。ドイツ語・チェコ語の学習経験がある。司書と学芸員の資格をもち、大学図書館で10年以上勤務した。特にリサーチや書籍紹介を得意としており、勉強法や働き方にまつわる記事を多く執筆している。