「社会人たる者、きちんと勉強しなさい」と、上司や先輩から口酸っぱく言われている人も少なくないでしょう。キャリアアップをするうえで、外国語の習得や資格取得を求められる人なら、間違いなく勉強は大切なものです。
ところが、ビジネスパーソンにとっては勉強とは異なる「学び」こそが大切だと言うのは、名門オックスフォード大学で学び、国連職員として世界各地で活躍してきた大仲千華(おおなか・ちか)さん。その言葉に込められた真意を聞きました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 大仲さん写真/石塚雅人
「勉強」と「学び」は、まったくの別物
資格勉強の場合は別ですが、社会人には「これをやったら絶対に仕事ができるようになる」といった便利な教科書があるわけではありません。だからこそ、自分自身であらゆることから学んでいく姿勢が大切になります。
これを読んでくださっている読者のみなさんは、いま目の前の仕事からどんなことを学んでいるでしょうか。与えられる仕事のなかにも、自分の学びにつながる要素は必ずありますから、それを見つけようとする姿勢があるかどうかで、その後の成長には大きな違いが生まれると思います。
「勉強」と「学び」という一般的には同じような意味として使われているふたつの単語がありますが、じつは、このふたつの言葉の意味はまったく違うもの。日本人は、それらを同じようにとらえる傾向が強いように思います。
勉強と学びの違いは、英語にしてみるとよくわかります。勉強は英語では、「study」。その類義語となると「examination」や「inspection」になります。これらは、「試験」や「検査」を表す言葉です。つまり、決まった答えがあるものに対して解答が合っているかどうかを調べるといったニュアンスをもつ言葉ですね。まさに私たちが子どもの頃からイメージする「勉強」ではないでしょうか。
一方の学びを表すのは、「learning」です。その類義語は、「wisdom/知恵」、「insight/洞察」、あるいは「cultivation/耕作・教養」、「culture/文化・文明」など。さらには「illumination」という「なにかに光をあてる」といった言葉も含まれます。
つまり、学びとは、いままでわからなかったことがわかるようになったり、なんらかの知恵や経験によってできなかったことができるようになったり、自分の経験をもとにあることが自分のなかで腑に落ちたりといったふうに、勉強と比べて非常に広い意味をもつものなのです。学びとは、ただ知識を得ることなどではなく、「発見」や「成長」という言葉が最も近いと言えるでしょう。
よりよい学びにつながる「面白がって楽しむ」姿勢
そう考えると、「答えがあること」に対して正しい解答をしなければならない小中学生などの子どもと違って、教科書がないなかでも成長しながら成果を出していかなければならない社会人にとっては、勉強とは比較にならないほど学びが大切と言えます。
つまり、ビジネスパーソンが求められているのは、「勉強マインド」から「学びマインド」へのシフトだと私は考えます。では、どうすればそのシフトを行なうことができるのでしょうか。その答えは単純明快。学びを「面白がって楽しめばいい」のです。
先にお伝えしたように、学びとは、いままでわからなかったことがわかるようになったり、なんらかの知恵や経験によってできなかったことができるようになったり、自分の経験をもとにあることが自分のなかで腑に落ちたりすること。簡単に言うと「成長」です。そして、そもそも成長することは面白くて楽しいことなのです。
これまでの人生において、興味をもっていることを調べていてそれまでまったく知らなかった事実を知ったとか、好きなスポーツに打ち込んで徐々にプレーのレベルが上がっていった、好きなアーティストの楽曲をカバーしたくて楽器を弾けるようになったといった経験は誰しもにあると思います。その経験は、とても面白くて楽しかったはずです。それこそが、紛れもない学びなのです。
学びというと、机に向かってやる勉強と混同しがちですが、そうではありません。これまで趣味やスポーツなどに向けていた姿勢を、仕事にも向けてみてください。きっと面白がれて楽しめて、そして成長につながることが見つかるはずです。
「面白がって楽しむ」ことが、自身の才能を生かす「道」を示す
そうすれば、みなさんにとってさらにいいことも起きます。こうした学びと成長は、自分の資質(personality)や強みや才能を知るということにもつながります。
才能というと、なにか最初から誰の目にもわかるくらいに秀でている能力といったイメージをもっている人が多いかもしれませんが、才能の語源は、古代ギリシャで「タラント(talant)」、英語でいうと「talent」や「gift」になります。タラントという言葉は、金・銀の重さを示す単位でしたが、一生涯ぶんの賃金に相当する金・銀に値する量であったことから、その人の性格や資質、技量、人生の役割などすべてを含めて「その人に分け与えられているもの」という意味もありました。「ギフト」という単語は、神から授けられた贈り物というニュアンスを示しています。
ここからわかることは、才能とは能力だけを指すのではなくより全体的なものであること、誰にでもすでに貴重な資源である才能が分け与えられていること、それは人や社会のために役立つために授けられているものである、ということです。
こうした視点から見てみると、究極的な学びとは、自分がまだ気づいていない才能や強み、資質(性格)、人生の方向性を発見していくことでもあり、仕事とは、人との関わりや具体的な職務やさまざまな体験を通じてそうした発見や確認を積み重ねていく「場」と言えるかもしれません。
人はひとりでは自分を知ることができませんし、他者の存在があることで発揮される能力というのもあるからです。また、ときには難しいと感じる仕事を通じて自分のなかから引き出される能力もあります。私自身も、南スーダンといったチャレンジのある国での職務を通じて、これまではわからなかったような力が引き出されたのを体験しました。
もちろん、仕事は楽しいことばかりではないですし、最初から自分のやりたいことができるというのもまれだと思います。そんなときには、ぜひ「この仕事を通じて自分について新しく発見したことはなんだろう?」と問いかけてみてください。意外なことで人からほめられることで、「自分はこんなことが向いているかも」と発見することがあるかもしれません。逆にやる気が削がれることを体験しているとしたら、それだけで終わらずに「自分がやる気になるときはどういうときだろう?」「自分が本当に望む仕事はなんだろう?」と問いかけてみてください。
いつもうまくいっていることが成功ではなく、どんな状況であれ、学びの視点があれば、自分についての発見や成長のための視点を得ることができると思います。これは、みなさんがビジネスパーソンとしてのキャリアをよりよいものにしていくためにも、欠かせない姿勢だと思います。
【大仲千華さん ほかのインタビュー記事はこちら】
オックスフォード式「思考の3ステップ」。“答えがないこと” はこうして考える
自信をもてるのは「完璧主義を捨てられる人」。9つのフレーズで自分の限界を認める勇気を
【プロフィール】
大仲千華(おおなか・ちか)
国連の行政官(社会統合支援担当)として国連ニューヨーク本部、南スーダン等で和平合意の履行支援、元兵士の社会統合支援に約10年従事。80人強の多国籍チームのリーダーを務める。閣僚経験者も任命される政府要員向け国連PKO国際研修の教官。日本国・内閣府「平和維持・平和構築に関する研究会」委員。コーチングのプロとして自分の軸で生きる大切さを伝え、大学での講義を通じて次世代の育成にも注力している。オックスフォード大学修士課程修了。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。