日々めまぐるしく変わるビジネス環境を目の当たりにし、「自分が働いている会社はこのままで大丈夫なのか」と不安に思われる方も多いのではないでしょうか。
特に、2022年後半に公開されたChatGPTをはじめとする、生成AIの隆盛ぶりはめざましいもの。いま安泰である会社やビジネスモデルも、明日になったら急に通用しなくなってしまうかもしれません。
そういった状況を受け、「社員にスキルアップをしてもらおう」と社内研修や社外研修を積極的に検討している企業の研修担当者の方は多いことでしょう。そんな方々がぜひ知っておくとよいのが、社員が新しい知識を身につけるのに役立つ「アンラーニング」というプロセスです。
研修担当者がアンラーニングについて理解し、その必要性を社員に伝えるだけでも、研修の効果はより大きいものになります。この記事を通して、アンラーニングの大切さに触れてみてくださいね。
【ライタープロフィール】
STUDY HACKER 編集部
「STUDY HACKER」は、これからの学びを考える、勉強法のハッキングメディアです。「STUDY SMART」をコンセプトに、2014年のサイトオープン以後、効率的な勉強法 / 記憶に残るノート術 / 脳科学に基づく学習テクニック / 身になる読書術 / 文章術 / 思考法など、勉強・仕事に必要な知識やスキルをより合理的に身につけるためのヒントを、多数紹介しています。運営は、英語パーソナルジム「StudyHacker ENGLISH COMPANY」を手がける株式会社スタディーハッカー。
Barry O'reilly(2018), Unlearn: Let Go of Past Success to Achieve Extraordinary Results, New York, McGraw-Hill, 中竹竜二監修, 山内あゆ子訳(2022),『アンラーン戦略 「過去の成功」を手放すことでありえないほどの力を引き出す』, ダイヤモンド社.
アンラーニングとは?
アンラーニングとは、古い知識やスキル、価値観を捨て去り、新しいものを受け入れるプロセスを指します。
ビジネス環境の変化が激しい現代では、このスキルを身につければ一生安泰というものがなくなりつつあります。組織においても、ビジネスモデルが数年で陳腐化することもめずらしくない時代になりました。
アンラーニングは、日本語では「学習棄却」と訳されることもありますが、従来の学びや経験を完全に否定するのではなく、時代に合わせて成長し続けるために必要な変化ととらえていくとよいでしょう。
アンラーニングの最大の目的は、個人や組織が変化に強く、柔軟性をもって対応できるようになることなのです。
アンラーニングしたテニス界の女王セリーナ・ウィリアムズ
実際にアンラーニングしてより大きな成功を収めた人物をご紹介しましょう。女子テニス界のスーパースター、セリーナ・ウィリアムズ氏です。
2010年初めにレストランで誤ってガラスの破片を踏んで怪我をし、そこから深刻な不調に陥った彼女。足の怪我が治ったあともスランプは長く続きました。それまでに行なってきたトレーニングはすべて実践し、準備も完璧にやっているのに、調子が戻りません。
「もう一度グランドスラム(テニスの4大大会)で優勝する」――この目標の達成に向け集中することにした彼女は、ひょんなことから知り合った、トップ選手のコーチ経験がないコーチを採用しました。これまでずっと二人三脚でやってきたコーチである父親とは、袂を分かつことにしたのです。
この見ず知らずのコーチは観察眼に優れており、ゲームだけではなく心構えやメンタリティを含めた全体論的なアプローチを行なう、当時としてはめずらしいタイプのコーチでした。
結果はどうなったかというと、このコーチを採用したことによって、すぐにウィンブルドンと全米オープンで優勝を果たすことができたのです。
みなさんはセリーナ・ウィリアムズ氏の事例を読んで、どうお感じになったでしょうか。彼女ようなスーパースターでなくとも、部署異動や転職などで自分自身の「勝ちパターン」が通用しなくなった経験は少なからずあるでしょう。今後も似たような状況は起こり得ますよね。そうした場面で、彼女が経験したアンラーニングが重要となってくるのです。
(※セリーナ・ウィリアムズの事例は『アンラーン戦略 「過去の成功」を手放すことでありえないほどの力を引き出す』(ダイヤモンド社)よりまとめた)
アンラーニングの3ステップ
では、アンラーニングの具体的なステップについて学んでいきましょう。
ビジネスアドバイザーであるバリー・オライリー氏は、著書『アンラーン戦略 「過去の成功」を手放すことでありえないほどの力を引き出す』(原題 ”Unlearn: Let Go of Past Success to Achieve Extraordinary Results”)のなかで、「アンラーンのサイクル」を提唱しています。そのステップは次の3つ。同書に基づいて説明します。
Unlearn(脱学習)
アンラーンサイクルの最初のステップでは、現在の考え方や行動が自分の可能性と現在のパフォーマンスを制限していることを認め、そこから離れるべきだと自己認識することが大切です。
Unlearn(脱学習)をするには、単にアンラーンすることを明言するだけでは不十分だと述べるオライリー氏。自己認識を変えるため、下記を自分に問いかけてみることをすすめています。
あなたは、自分がしていることが最適ではなく、時代遅れで陳腐化していることを、受け入れられるだろうか?
(引用元:Barry O'reilly(2018), Unlearn: Let Go of Past Success to Achieve Extraordinary Results, New York, McGraw-Hill, 中竹竜二監修, 山内あゆ子訳(2022),『アンラーン戦略 「過去の成功」を手放すことでありえないほどの力を引き出す』, ダイヤモンド社.)
この問いかけを受けてUnlearnのサイクルを進めるには、下記の必要条件があるそうです。
必要条件: 取り組みたい課題を特定する
たとえば、前述のセリーナ・ウィリアムズ氏であれば、「もう一度グランドスラムで勝ちたい」と思い、それを達成するための課題にフォーカスしていきました。
仕事に当てはめるなら、もしあなたがベテランの営業職で、「従来の営業方法を刷新して、営業成績を上げたい」と思った場合、それにまつわる課題(例:営業方法をアップデートするためにDXの知識を身につける)に取り組んでいくといった具合になります。
Relearn(再学習)
続いてのステップ、Relearn(再学習)では、自分の安全地帯から勇気をもって出なければならないとバリーは言います。
これまで培った経験やスキルをいったん横に置いて、新しい情報に触れ、新しいやり方を積極的に取り入れることが大切です。(決して、過去を全否定する必要はありません!)
ここでRelearnを成功させるために、オライリー氏は下記のアドバイスを送っています。
- 小さく始める
- たくさん試す
引き続き、ベテラン営業職の例で見てみましょう。
「営業方法をアップデートするためにDXの知識を身につける」という課題に取り組む際に、いきなり一足とびに「CRMツール(顧客リレーションシップ管理ツール)を導入して使えるようにする」といった目標を立てると、挫折する可能性が高くなります。
ここではまず、最終的なゴールから逆算し、できるだけスモールステップに分解したうえで「小さく始める」といいでしょう。情報収集するために「まずは書店に行く」だけでも十分なステップです。自分が思っているよりも小さな小さなステップを設定することで再学習は成功します。
Breakthrough(ブレイクスルー)
ステップ1で自己認識を改め、ステップ2で自分の安全地帯を出て、積極的なインプットと実践を行なって軌道修正をします。そして最後に到達するのが、Breakthrough(ブレイクスルー)。古い視点を新しい視点に置き換えていく継続的なサイクルを指します。
このアンラーニングの3ステップで最も重要なのは、「継続的なサイクル」であるという点です。始めは小さく身近な願望を達成するためにアンラーニングを実践したとしても、このサイクルを継続していけば、より大きな目標に向けて新しい視点を受け入れ、適応できるようになります。
では、どうすればこのサイクルを継続させていくことができるのでしょうか。重要なのは下記の3点です。
- 内省する
- フィードフォワードする
- 脱学習の程度を増す
「内省」とは、簡単に言えば振り返りを行なうこと。なぜUnlearn、Relearnがうまくいったのかを振り返り、続いてのフィードフォワードにつなげていきます。
「フィードフォワード」とは、フィードバックの反対の意味で、振り返りを行なったものを次のUnlearn、Relearnに仮説として活かすことです。
そして、最後の「脱学習の程度を増す」は文字通り負荷を上げていくことです。
再び、ベテラン営業職の例で考えてみましょう。
スモールステップから始めて「営業方法をアップデートするためにDXの知識を身につける」というブレイクスルーを達したあと、振り返りを行ないます。うまくいった点、うまくいかなった点を考え、それを次のUnlearn、Relearnに活かしていきます。
たとえば、「DXの知識を身につけたが、実際の営業成績やCRMソフトの導入につなげられず、営業部全体を効率化させることができなかった」という現状があれば、その振り返りを次の仮説へ活かします。具体的な例を挙げるとすれば、「営業成績が上がらなかったのは、DXで効率化できたと思っていたところが、じつはできていなかったのかもしれない」といった仮説が想定できるでしょう。
そして、それをもとに次のアンラーンのサイクルでは、より高度な課題に継続的に取り組んでいくのです。
みなさんのまわりでも結果を出している社員は、意識せずともこのプロセスを行なっているのかもしれません。
企業研修においてもアンラーニングは重要
このアンラーニングのプロセスは、組織にも当てはまります。
現在は売上が伸びているが新規事業が育っていない――そんな会社は、これまでの「勝ちパターン」を踏襲することだけに固執して、こういったアンラーニングのプロセスを行なっていないのかもしれません。
企業研修の効果を最大化させ、このアンラーニングのプロセスを適切に回すためには、研修担当者が参加者たちに、このプロセスの重要性を研修前に共有するといいでしょう。そのうえで以下のことにも注意してください。
「なぜその企業研修をするのか」事前に伝える
新しい企業研修を導入する際には、なぜその企業研修を導入することにしたのか、その背景について丁寧に説明する時間を設けましょう。
企業研修で常に念頭に置かなければならないのは、「経営・現場にインパクトを与える」という視点です。研修によってインパクトが生まれるようにするには、研修を受講する現場のスタッフ・経営陣たちが、研修の意義を理解しないことには始まりません。研修によってどういった知識やスキルをアップデートしてほしいのか、事前に必ず伝えましょう。
※詳しくはこちらの記事で説明しています:
>>企業研修の質が上がる! 効果的な研修評価の方法「カークパトリックモデル」とは?
自己認識を変えるよう「押しつける」のはNG
アンラーニングの最初のステップは、自己認識を変えること。ですが、研修担当者の方が参加者たちに、「みなさんの知識やスキルは古いから自己認識を変えてください」などと上から押しつけるように言うことは避けてください。
あくまで、変化は研修を受ける本人のなかで起こすものとして定義し、グループワークなどの形式で自己認識の変化を促す研修を事前に導入しておくといいでしょう。
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この記事では、急速に変化するビジネス環境のなかで企業が直面する研修の問題とアンラーニングの必要性について解説しました。アンラーニングとは、古い知識やスキル、価値観を捨て去り、新しいものを受け入れるプロセスです。これは、個人や組織が変化に強く、柔軟に対応できるようにすることを目的としています。
バリー・オライリー氏はアンラーニングの3ステップ(脱学習、再学習、ブレイクスルー)を提唱しています。企業研修でこれらの3ステップのサイクルを繰り返していけば、新しい知識やスキルを吸収できる組織が育つはずです。