脳の海馬を鍛えるシンプルな5つの方法

脳の海馬を鍛える方法1

今回は、脳の「海馬」を鍛える方法をご紹介します。

海馬とは、記憶力に関係する脳の部位。情報を短期記憶として保存し、長期記憶にしたい情報を大脳に送り込む役割があります。そんな海馬の機能が低下してしまうと、新しいことを覚えたり、昔のことを思い出したりするのが難しくなる恐れが。

そこで、海馬を刺激し、活性化させる方法をご紹介します。軽い運動をする、十分な睡眠をとるなど、決して難しいものではありません。海馬を鍛えることで、記憶力を向上させてみましょう。

海馬の働き

海馬を鍛える方法について学ぶ前に、そもそも海馬とはどんな器官なのか、詳しく学んでいきましょう。

記憶を「一時保管」する

海馬とは、記憶能力などに深く関与する脳の器官です。耳の奥あたりに左右ひとつずつあり、小指ほどの大きさをしています。

ちなみに、海馬という名称は、海中生物の「海馬(タツノオトシゴ)」に形が似ていることから名づけられたそう。ギリシャ神話の海神ポセイドンが乗っている「海馬」という生物の尻尾に似ているから、という説もあります。

海馬の役割を「記憶の貯蔵」だと思っている方もいるかもしれませんが、正確には誤りです。長期記憶が保存されるのは「大脳新皮質」という場所であり、海馬ではありません。

脳研究者の久恒辰博氏によると、情報が大脳に移されるまで一時的に留め置かれる(短期記憶)ための場所が、海馬なのだそう。出荷前の荷物を置いておく配送センターのようなもの、と考えるとわかりやすいかもしれません。

記憶の「重要度」を振り分ける

海馬は、情報を一時記憶するだけではなく、留め置いた情報に「重みづけ」をするという重要な役割ももっています。

海馬に入った情報は、すべてが長期記憶に移行するわけではありません。海馬が重要性を判断し、特に重要と判断した情報は大きく、それ以外の情報は小さく、という具合に、バイアスをかけた状態で大脳新皮質に送るのです。

たとえば、好きな科目の知識や好きな曲の歌詞などは、それほど苦労せずに記憶できることがありますよね。快感を伴う記憶は、海馬に「重要」と判断され、強い信号として送られるため、長期記憶として残りやすくなるからなのです。また、強い恐怖やショックを伴う記憶や、繰り返しインプットされた記憶なども、長期記憶に刻まれやすくなります。反対に、興味のない科目の知識など、海馬が重要と判断しなかった記憶については、大脳に送られる信号が弱くなるため、なかなか長期記憶として定着しづらいのです。

この「海馬→大脳新皮質」という記憶の移行は、海馬を鍛えることでスムーズになります。つまり、海馬を鍛えることが、記憶力のアップにつながるのです。

脳の海馬を鍛える方法2

「海馬を鍛える」とは

生活習慣や行動を変えれば、海馬を鍛えることは何歳からでも可能です。そもそも「海馬を鍛える」とはどういうことかというと、「海馬内で生まれる新しい神経細胞(新生ニューロン)を増やし、活性化すること」と定義できるでしょう。

よく、「脳の細胞は増えることがなく、加齢とともに減っていくだけ」という俗説を耳にしますね。たしかに、成人の脳のほとんどの領域では、新しい神経細胞が生まれないとわかっています。しかし、久恒氏によると、海馬内だけは例外なのだそう。一日あたり0.1%ほどの神経細胞が、新しいものと入れ替わっているとのことです。

そして、この新生ニューロンは、古いニューロンに比べると柔軟で元気なので、大脳新皮質など脳のほかの部位に活発に信号を送れます。つまり、海馬の新生ニューロンの数を増やし、その働きを活性化することが、「海馬を鍛える」ことなのです。

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海馬を鍛えるメリット

海馬を鍛えることには、以下3つのメリットが期待できます。

記憶力の向上

1つ目のメリットはもちろん、記憶力の向上です。新生ニューロンが活発になると、海馬に一時保存された記憶がさかんに大脳に送られるため、長期記憶が定着しやすくなります。

ストレス耐性の向上

海馬は、ストレスのコントロールにも関係しています。

ストレスをつかさどっているのは、海馬のすぐ隣にある「偏桃体」という器官。偏桃体がストレス情報をキャッチし、反応することで、私たちはストレスを感じるのです。

偏桃体をコントロールするのも、海馬の役割。ストレス情報がやってくると、海馬は過去の記憶と照合し、解決策を探しだそうとします。解決策が見つかったら、そのストレス情報は偏桃体に着く前にブロックされるので、ストレスを感じずに済むのです。

しかし、海馬の調子が悪いと、ストレス抑制機能がうまく働かなくなるため、ちょっとしたことでストレスを感じやすくなってしまいます。

やる気の向上

海馬が鍛えられると、日々の「やる気」にもポジティブな影響がもたらされます。海馬を鍛えると、やる気をつかさどる「側坐核」という器官が活発に刺激されるため、目の前の仕事や勉強などに対して集中力を発揮しやすくなるのです。

脳の海馬を鍛える方法4

海馬を鍛える方法

では、海馬を鍛えるためにはどうすればいいのでしょうか? 具体的な方法を5つご紹介しましょう。

運動する

海馬を鍛える方法として、まずは運動が挙げられます。運動=健康にいい、というイメージはありますが、じつは海馬のコンディション維持にとっても効果的なのです。

運動が海馬を鍛えてくれる理由は、運動によって分泌される「BDNF(脳由来神経栄養因子)」というタンパク質。BDNFは、海馬の神経細胞が生成・発達するうえで不可欠な栄養素です。

米ピッツバーグ大学の研究でも、「運動すると海馬が大きくなる」という事実が確かめられています。運動習慣のない55~80歳の男女120人を集め、以下のグループに分けました。

  • ウォーキングを1日40分、週3日行なうグループ
  • ストレッチのみを行なうグループ

1年後、ウォーキングしたグループは、海馬の容積がなんと2%前後も増加したそう。一方、ストレッチのみのグループは、約1.4%も海馬が小さくなってしまったのです。

脳医学者の瀧靖之氏によると、海馬を育てるには「30分程度の軽い有酸素運動」が適しているのだそう。有酸素運動というのは、ランニングのような、負荷の軽い持続的な運動のことです(ちなみに、対義語の無酸素運動は、重いバーベルを一気に持ち上げるような高負荷かつ瞬発的な運動)。

有酸素運動の例としては、

  • ランニング
  • ウォーキング
  • スクワット
  • もも上げ
  • ラジオ体操
  • エアロビクス

などが挙げられ、自宅でできる方法も多数あります。海馬を鍛えたい方は、毎日少しずつでも身体を動かす習慣を心がけましょう。

ストレスを解消する

上で「海馬を鍛えるとストレスが減る」と解説しましたが、逆もまたしかり。日常生活でのストレスをなるべく減らすことが、海馬の健康を守ることにつながります。

医療工学・脳科学を専門とする酒谷薫教授によると、海馬は脳の中で最もストレスに弱い部位なのだそう。ストレスを感じたとき、体内で「コルチゾール」という物質が分泌されます。コルチゾールが海馬の神経細胞と結びつくと、新しい神経細胞の生成が抑制され、海馬の機能が低下してしまうのです。

ストレスを軽減する方法として、酒谷氏は以下のものを推奨しています。

ストレスの原因を認知する

ストレスを感じたとき、その原因を明確にするだけでも、気持ちを落ち着けることができます。たとえば、「同期のA君とうまくいかない」「残業続きでリフレッシュタイムがない」という具合にストレス源をはっきりさせれば、対策を講じやすくなるはずです。

ウォーキングする

ウォーキングは、あまり疲れを感じることなく適度に身体を動かせるので、ストレス解消に最適な運動法です。「背筋を伸ばす」「あごを引く」という2点に気をつけながら、とにかく楽しむことを心がけましょう。

朝日を浴びる

朝日を浴びると、精神の安定をもたらす「セロトニン」という神経伝達物質が伝達され、ストレス緩和の効果が期待できます。

木の香りを吸う

森や公園など、自然豊かな場所に行くことも効果的です。木には、気分を落ち着かせてくれる香り成分「フィトンチッド」が含まれています。また、すがすがしい風や景色によって、ほどよく五感が刺激されるため、ストレスが和らいでいきます。

よく眠る

前出の瀧教授が行なった研究では、睡眠時間の長さが海馬の大きさに影響を与えることもわかっています。5~18歳の子どもを集め、平日の睡眠時間と海馬の体積の関係を考察したところ、「睡眠時間が長い人ほど海馬の体積が大きい」という傾向が見つかったのです。

仕事などで忙しく、つい睡眠時間が不足してしまう方も少なくないはず。海馬を元気に保つには、なるべくたっぷりと睡眠をとることを心がけましょう。

とはいえ、適切な睡眠時間には個人差があります。よくいわれる “8時間” というのは、すべての人にとって適切な睡眠時間とは限りません。自分にとって最適な睡眠時間を知るには、どうすればいいのでしょうか?

寝具の企画・製造などを手がける株式会社篠原化学の上級睡眠健康指導士・加賀照虎氏は、睡眠時間の目安として「満腹睡眠時間-数十分」を提唱しています。「満腹睡眠時間」とは、「十分眠ったな」と満足できる睡眠時間のこと。しかし、きっちり睡眠をとりすぎると、その日の夜の寝つきが悪くなってしまう可能性が高いため、「満腹睡眠時間」から15分~数十分ほど減らすくらいがちょうどいいとのことです。

自分にとって適切な睡眠時間を知りたい方は、以下の2ステップを実践してみてください。

1. 「満腹睡眠時間」を記録する

まずは、自分の「満腹睡眠時間」を把握しましょう。3週間毎日、目覚まし時計を使わずに起き、「十分眠った」と思えるには何時間が必要なのか検証してください。平日に行なうのが難しければ、連休などのまとまった休みを利用しましょう。

3週間もかけるのは、日頃の睡眠不足による影響を排除するためです。睡眠時間が不足している人は、ためこんだ “睡眠負債” を返済するために、本来の「満腹睡眠時間」よりも長く眠ってしまう可能性があります。そのため、正しい「満腹睡眠時間」を測るには、2~3週間ほどかけて睡眠負債を返しきる必要があるのです。

たとえば、「十分眠った」と思えるまでに最初は9時間を要したとしても、睡眠負債が返済されていくと、8時間半、8時間15分、8時間……という具合に睡眠時間が少なくなっていくはず。最終的に「7時間45分」前後で睡眠時間が安定したら、それが自分の「満腹睡眠時間」であると判断できます。

2. スムーズに寝つける睡眠時間を探る

次に、「満腹睡眠時間」から何分を削るべきなのか検証します。

初日は、「満腹睡眠時間」から15分を引いてみましょう。「満腹睡眠時間」が7時間45分の方は、7時間30分後にアラームをセットします。

翌日の夜、ベッドに入ってから眠りに落ちるまで何分かかりましたか? 加賀氏によれば、「10~15分前後だとベスト」とのこと。何十分も寝つけなかったなら、睡眠時間が長すぎたということになりますし、数分も経たずに寝落ちてしまったのなら、睡眠時間が足りていないという判断になります。

このように地道な検証を重ねることで、理想的な睡眠時間を導き出せます。少し大変ですが、いったん自分の睡眠時間を知れば、半永久的に役立ちますので、ぜひトライしてみてください。

食事を見直す

海馬の機能を保つには、食事も大切です。なかでも大事な栄養素が、脂肪酸の一種であるDHA。医師の阿部博幸氏によると、DHAは海馬を構成する重要な要素であるため、DHAの摂取には、記憶力や学習能力のアップが期待できるのだそうです。

DHAは、青魚やえごま油、アマニ油などに多く含まれています。サカナを食べるとアタマがよくなる……という歌がありましたが、あの歌詞の根拠となっているのがDHAなのです。毎日魚料理をつくるのはハードルが高くても、「サバ缶やツナ缶を食べる」「いため物にえごま油をつかう」など、ちょっとした工夫で、日々の食事にDHAを取り入れることができますよ。

また、食べるときによくかむことも、海馬の活性化に効果的です。神奈川歯科大学名誉教授の小野塚實氏らが行なった研究では、21~76歳の男女26人に、64枚の風景写真を記憶してもらい、海馬の活動度合いを測定。ガムを2分間かんでから記憶したグループのほうが、ガムをかまなかったグループに比べ、海馬が1.4倍~3倍も活発になったそうです。

毎日の食事から、海馬に良い習慣をコツコツ積み重ねていきましょう。

ゲーム・アプリで遊ぶ

海馬の神経細胞の入れ替わりを促進する5つ目の方法は、「刺激の多い環境に身を置くこと」。旅行へ行く、未体験のことにチャレンジするなどの刺激を受けると、海馬が活性化するのです。

とはいえ、そう頻繁に旅行はできませんし、日常生活ではなかなか刺激的な出来事に出会えない方も多いはず。そこでオススメなのが、ゲームを楽しみながら海馬に刺激を与える方法です。

脳科学者のクレイグ・スターク教授によると、才能あるクリエイターやエンジニアによってつくられたゲームの世界では、現実で味わえない刺激的な体験ができるため、海馬が活性化されるのだそう。たしかに、最近のゲームは、現実世界と比べて遜色のないほど映像が美しく、ルールやストーリーが複雑なものも多くなりましたよね。スターク氏が行なった研究では、未知の世界を探検するタイプのゲームをプレイしたあと、被験者の記憶力が向上したそうです。

いわゆる「脳トレ」を目的とした、頭を使いながら楽しく遊べるゲームも数多くリリースされています。一例として、脳トレブームの火付け役となった医学者・川島隆太教授が監修した「脳を鍛える大人のNintendo Switchトレーニング」をご紹介しましょう。

本作は、2005年に発売された「脳を鍛える大人のDSトレーニング」のリメイク版。前作同様、計算問題や記憶問題などを解いて脳年齢を測れるほか、Nintendo Switchのコントローラーを使った対戦ゲーム、カメラ機能を用いた「指で脳トレ」など、多種多様な脳トレを楽しむことができます。

ロンドン大学が行なった研究では、ベテランのタクシードライバーと新米タクシードライバーの海馬を比較したところ、ベテラン運転手のほうが大きい傾向があったのだそう。ロンドン中の道を覚え、毎日頭を使いながら走っているうちに、海馬が育っていったものと考えられます。考えたり学んだりする習慣をもつことで、年齢にかかわらず、海馬を鍛えることが可能なのです。

スマホアプリのゲームでも、パズルや謎解きをはじめ、脳トレに役立つゲームが数多くリリースされています。「海馬を鍛える」という目的を意識しすぎず、気楽に楽しんでみてはいかがでしょうか。

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ストレスなく活き活きとした生活を送ることによって、海馬を少しずつ鍛えることができます。記憶力や学習能力を高めたい方、昔より物忘れが多くなったと感じている方は、今回紹介した方法をぜひ試してみてください。

(参考)
コトバンク|海馬
コトバンク|有酸素運動
コトバンク|無酸素運動
久恒辰博(2011),『1週間で脳から生まれ変わる技術』, 扶桑社.
NIKKEI STYLE|脳のパフォーマンス最大に 脳医学者お薦めの勉強法
AFPBB News|適度な運動で海馬の容積が増加、米研究
大正製薬ダイレクト|脳の海馬を強くしてストレスに克つ
東北メディカル・メガバンク機構|“記憶にかかわる脳の海馬は、睡眠時間が長い子供のほうが、より大きい“ 瀧靖之教授の研究が第35回日本神経科学大会・記者会見で取り上げられました。
快眠タイムズ|【睡眠時間の理想】適切な長さを計算する方程式
プレジデントオンライン|脳の活性化「炭水化物だけ」はNG、カギは朝食にあり
小野塚實(2011),『噛めば脳が若返る』, PHP研究所.
NHK|記憶力アップのカギ!?海馬で起きる"大事件"歯状回と記憶のメカニズム
任天堂ホームページ|脳を鍛える大人のNintendo Switchトレーニング
web 集英社文庫|「脳がいきいき空間散歩」第38回

【ライタープロフィール】
佐藤舜
大学で哲学を専攻し、人文科学系の読書経験が豊富。特に心理学や脳科学分野での執筆を得意としており、200本以上の執筆実績をもつ。幅広いリサーチ経験から記憶術・文章術のノウハウを獲得。「読者の知的好奇心を刺激できるライター」をモットーに、教養を広げるよう努めている。

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