ビジネスパーソンであるみなさんなら、「PDCAサイクル」については十分に認識しているはず。でも、「OODA(ウーダ)ループ」という言葉を知っているでしょうか?
このOODAループこそ、「いまの時代のビジネスにおいては大きな力を発揮する」と言うのが、日本航空の元パイロットで、現在は危機管理専門家として活躍する小林宏之(こばやし・ひろゆき)さん。OODAループとはどんなものかを教えてもらいました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/穴沢拓也
米軍のパイロットが朝鮮戦争時に考案
「OODAループ」は、よく知られている「PDCAサイクル」と同じように、4つの英語の頭文字を取った言葉です。その4つの英語とは、下記のようなもの。
O:Observe(情報収集)
O:Orient(状況判断)
D:Decide(意思決定)
A:Act(行動)
このOODAループは、もともとは朝鮮戦争のときに米軍の戦闘機のパイロットが考案したものです。
当時の米軍の戦闘機は、じつは敵機に比べて性能ではずっと劣っていました。しかし実際の戦闘になると、米軍機が敵機を次々に撃ち落としていた。その要因は、米軍機のほうが敵機より操縦席の窓が大きく視野が広かったこと、そして、機の操縦や機関砲を撃つ操作などが速くできたことにありました。
つまり、米軍機のほうがすばやく「情報収集」「状況判断」「意思決定」「行動」ができたということ。それが、戦闘において重要だとして、OODAループという考え方が生まれたのです。
ただ、このOODAループは、その後はあまり注目されることはありませんでした。ところが、時を経て2000年代に入り、ビジネスで成果を出すにも有効だとしてアメリカのビジネス界で再び脚光を浴びるようになってきたのです。
じつは、私がOODAループを知ったのも近年のこと。ただ、その中身を調べてみると、私たち航空機の機長が、機とお客さまの安全を保つために常にやってきたこととまったく同じでした。そして、このOODAループこそ、停滞気味の日本経済を活気づけるために必要なものだと感じたのです。
PDCAサイクルに比べてスピードで勝るOODAループ
なぜかと言うと、OODAループを使うと、先の戦闘機の例のようにスピーディーな行動を取れるからです。
もちろん、PDCAサイクルも、業務改善や製品の品質向上などについてはいまもある程度の力を発揮します。ただ、いまはこれまでとは時代が違う。社会の動き、技術革新のスピードがどんどん上がっていて、悠長に計画して実行して評価して改善して……ということをしていては、時代の流れに置いていかれてしまうのです。
そもそも、計画するには長い時間が必要です。しかも、几帳面な日本人となると、計画を立てるにもすごく綿密にやりますね。でも、その計画をしている間に状況が変わってしまうというのがいまという時代。それでは、計画ができ上がる頃には、その計画は時代とそぐわないものになっているという可能性も高いのです。
一方のOODAループはどうかと言うと、まずは情報収集として、いま置かれている状況を知ることから始めます。そのなかで取るべき最適な行動は何かと判断・決断する。計画ありきではなく状況ありき。だからこそスピーディーに動ける。それが、いまの時代に完璧にマッチしているわけです。
3つの意識を持って情報収集し、5つの目で状況判断する
では、ごく一部になりますが、OODAループの中身をかいつまんで解説していきます。
最初のOはObserve、「情報収集」です。情報社会ともいわれるいま、情報が大切だというのは言うまでもありませんよね。でも、インターネットが浸透したいまは、誰もが同じような情報を手にすることができます。そのなかで違いを生むのは、どんな情報を重視して収集するかというアンテナです。
そう考えると、そのアンテナの感度を高めなければなりません。そのために必要なのが、目的意識、問題意識、危機意識の3つです。
しっかり目的を持って仕事に臨んでいる人とそうではない人では、もちろん前者のほうがより上質な情報を集めることができます。また、いっさいの問題がない仕事や職場はありえません。それらの問題を日頃から意識しているかどうかも大切です。最後は危機意識。危機意識と言うと、それこそピンチに陥ってから感じるものだと思うかもしれませんが、じつは仕事がうまく回っているときこそ持つべきもの。本当のピンチに陥ってから情報を集め始めるのでは遅すぎるからです。
OODAループのふたつめのOはOrient、「状況判断」です。収集した情報をもとにいまの状況をとらえる、あるいは先の見通しを立てることを指します。このときに意識してほしいのは「5つの目」を使うこと。その5つの目とは、「虫の目」「鳥の目」「魚の目」「コウモリの目」、それから「心の目」です。
虫の目とは、細かい部分を正確に見る目。もちろん、事故やミスを防ぐには大切ですが、そればかりでは大きな見落としをして勘違いや思い込みをしてしまうことにもなりかねません。そこで、今度は鳥の目を使って全体を俯瞰します。また、先にもお伝えしたように、いまはさまざまな状況がどんどん変化しているので、流れをつかむことも大切。そこで、潮や川の流れを常に読んでいる魚の目を使って、時代の流れをつかむのです。
それから、真逆の視点から物事を見るのも重要ですから、逆さになってぶら下がっているコウモリの目を使いましょう。ビジネスパーソンなら、顧客の立場に立ってみる、あるいは競合企業の立場に立ってみるわけです。
最後が心の目。これは、本質を見抜く目です。本質を見るためにおすすめしたいのが、いわゆるトヨタ式の仕事術である、「なぜ?」を5回繰り返すこと。あることについて持った疑問について「なぜ?」と思ったら、一度答えが出ただけでは疑問視することをやめず、5回「なぜ?」と繰り返し問う。そうすることで本質にたどり着けるのです。
「覚悟」を持って決断したら、必ずやり通す!
OODAループの3つめのDはDecide、「意思決定」です。つまり、「決断」のこと。先の状況判断に含まれる「判断」と似ているようですが、両者には明確な違いがあります。
判断には、判断基準という言葉があるように、法律や規則、マニュアル、データ、常識などさまざまな基準と照らし合わせて正しい判断をすることが求められます。一方、決断の場合は、やることはひとつ。「やる、やらない、やっていることをやめる」のどれかに決めることです。
このときに大切なのは、頭で考えすぎて周囲の目を気にしてはならないということ。正しい判断をするには頭を使うのが大切ですが、決断する段階にきて頭を使ってしまうと、「こういうことをやると誰かに非難されるのではないか……」といった思考が湧いてきてしまい、決断を誤らせることがあるからです。必要なのは「覚悟」。決断の結果として起こりうることをすべて受け入れる覚悟を持つべきです。
最後のAはAct、「行動」です。これは、3つめの「意思決定」と一体化していると言っていいでしょう。なぜなら、「決断には覚悟が必要」とお伝えしたように、決断をした以上は、その決断に基づいて必ず行動するべきだからです。
ここでみなさんにお伝えしたいのは、「悲観的に準備をして、楽観的に対応する」という考え方です。情報収集、状況判断は、ミスをしないようにある程度悲観的になって慎重に行なう必要があります。でも、いざ「やるぞ!」となったら、それ以前の慎重な準備を信じて楽観視し、多少の不都合があっても「絶対にやり抜くんだ!」という気持ちを持つことこそが大切なのです。
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危機管理専門家「どんどん修羅場を経験しなさい」――知恵はこうして身についてゆく
【プロフィール】
小林宏之(こばやし・ひろゆき)
1946年10月4日生まれ、愛知県出身。危機管理専門家。元日本航空パイロット。1968年に日本航空に入社以来、42年間、一度も病欠などによるスケジュールの変更なく乗務を続ける。乗務した航路は、日本航空が運航したすべての国際線と主要国内線であり、総飛行時間は1万8500時間に及ぶ。社内では飛行技術室長、運航安全推進部長、運航本部副本部長、首相特別便機長、湾岸危機時邦人東南アジア人救出機長などを歴任。また、社外でも宇宙開発事業団(現宇宙航空開発機構)危機管理嘱託委員、日本人宇宙飛行士安全検討チーム、原子力発電所運転責任者講習講師などを務める。現在は、危機管理の講師として活動する傍ら、航空評論家としても活躍中。『旅客機・エアライン検定 公式テキスト 航空機の構造や航空管制の知識が身につく』(徳間書店)、『JALで学んだミスをふせぐ技術』(SBクリエイティブ)、『航空安全とパイロットの危機管理』(成山堂書店)、『ザ・グレート・フライト JALを飛んだ42年 太陽は西からも昇る』(講談社)、『JAL最後のサムライ機長』(ポプラ社)、『機長の「健康術」』(CCCメディアハウス)、『機長の「集中術」』(CCCメディアハウス)など著書多数。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。