いい仕事をするには、とにかくがむしゃらに全力で臨む——。それもひとつの考え方でしょう。でも、それだけでは本当に大きな成果につながる仕事はなかなかできない……。そう語るのは、大手化学メーカー・花王の研究開発職を経て、現在は商品開発コンサルタント、ビジネス書作家、講演家などとして幅広く活躍する美崎栄一郎(みさき・えいいちろう)さん。美崎さんが重要視する、いい仕事をするために必要なものは、余裕という意味での「あそび」だそうです。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹(ESS) 写真/石塚雅人
「時間的なあそび」で確実にチャンスをつかむ
いい仕事をするためには、「あそび」が欠かせないと僕は考えています。重要なあそびのひとつが「時間的なあそび」。長く仕事をしていれば、どんな人にも必ず大きなチャンスが訪れます。でも、そのときにそれを受ける時間がなかったとしたら……せっかくのチャンスを生かせません。こんなにもったいないことはないですよね。
それを避けるため、僕は週に1日は仕事をしない日をつくっています。これにより、突発的な仕事が舞い込んだときにも対応できるようになる。それがおいしい仕事だったら受ければいいし、そうでなければ「いっぱいいっぱいで……」と断ってしまう(笑)。
チャンスというものは相手からもたらされるもの。自分でコントロールできるものではないので、いつくるのかがわからない。だからこそ、いつでもそのチャンスを受け取るための態勢を整えておくべきです。
僕のような立ち場で仕事をする人間に限ったことではありません。僕は花王に勤めていたサラリーマン時代から、週に1日のあそびの日をつくっていました。サラリーマン時代には木曜日をあそびの日にしていましたね。
そういう大きな仕事は、「今週末までにやれる?」という具合に週の頭に任されることが多いものですが、週の頭は会議や雑務が立て込んでたいていの人が忙しいでしょう。週頭はそもそもあそびの日を設けることが難しいのです。でも、週頭が忙しくても、徐々に進めていき木曜日を空けていればどうにか対応できる。
もし、そういう仕事がこなければ、水曜日までにできなかった仕事のフォローに使ってもいいし、先の仕事を前倒ししてやってもいい。そういう点で、あそびの日には木曜日が最適だと考えています。
また、職種によっては週単位ではなく1日単位であそびを設けるのもいいかもしれません。1日のうち1時間とか2時間の空き時間をつくるのです。ただ、そういう短時間でこなせる仕事はなかなか大きな評価につながるものではありません。チャンスをつかむためというより、ルーチンワークが多いタイプの職種の人がスムーズに業務を進めるための手段と考えたほうがいいでしょう。
意外なヒントをもたらしてくれる「空間的なあそび」
次に、「空間的なあそび」も重要です。アイデアを生む、発想のためのものですね。なにかの新商品を開発するとして、ふつうは売り場やそこに並ぶ競合製品など、その商品の「本題」の空間に注目するものでしょう。でも、それらについてはライバルも間違いなく注目していますから、ライバルを出し抜くことはできません。
では、どこに注目するのか? おもしろい発想というのは、意外と本題ではないところから生まれるものです。本題とはまったくちがうところに、つねに注目する癖をつけておくべきだと考えています。
僕の場合だと、そのひとつが企業の掲示板。どんな企業を訪れても、掲示板を見るようにしています。そこには、その企業の考え方などが表れている場合も多いからです。たとえば、あるテレビ局の掲示板には、その局を代表する長寿番組のポスターがずらりと並んでいました。でも、別の局では逆に新番組のポスターばかりが掲げられていた。それぞれのテレビ局の考え方、ものの見方といったものが掲示板ひとつにも表れているのです。
あるいは、トイレを見ていても感じることがあります。ある企業は女性社員が強いようで、フロアによっては男性トイレがなかった。これも立派な気づきでしょう。そういう他人が見ない、気づかないところに注目して意外なヒントを発見する。これが「空間のあそび」という考え方です。
互いに快適な、つかず離れずの「人間関係のあそび」
「人間関係のあそび」というものもあります。基本的に互いの距離が近い家族やプライベートの友人とちがって、ビジネスでの人間関係にはこのあそびが本当に重要になる。
距離が遠すぎれば密度の濃い話や仕事はできませんし、かといってビジネス上での付き合いなのに距離が近すぎるものあまり気持ちいいものではない。「つかず離れず」という言葉がありますが、ついたり離れたりしながら互いに快適な距離感を保つことが大切です。
タレントさんで、「なんでこの人がこんなに売れているのだろう?」と思うような人がいますよね。その人はおそらく、人間関係の距離感の調整がうまいのだと思います。大御所に若手タレント、司会者などの出演者のほか、スタッフも含めて人間関係をうまくまとめられるタイプで、そういう人が人間関係の複雑な芸能界では重宝がられるとイメージできます。
もちろん、一般の人間関係にもいえることです。ある人が加われば集団の雰囲気がずいぶん変わるということもあるでしょう。仕事を円滑に進めるには、うまくあそびの部分を残して快適な人間関係の距離感をつくることが必要です。
では、そのための必殺技をお教えしましょう。その技とは、仕事相手の「好きな食べ物」を知っておくということです。知り合って間もない相手にも、「そういえば、○○さんってカレーが好きでしたよね?」「どこどこにおもしろいカレーのお店がありましたよ」などと話せば、途端にその人から気に入られます。それは、「あなたのことを気にかけていますよ!」と伝えるメッセージになるからです。
でも、相手が本当にのめり込んでいる趣味の話などはNGかもしれない。ちょっと勉強したところで、所詮は付け焼き刃ですからすぐにボロが出ます。しかも、趣味の領域に踏み込むと、相手との距離を縮めすぎることにもなりかねません。
「時間」「空間」「人間関係」と違いはありますが、あそび、すなわち余裕というものをもっと重視して仕事を考えるようにしてみてください。大きな成果につながっていくはずです。
【美崎栄一郎さん ほかのインタビュー記事はこちら】 結果を出す人はノートに何を書いているのか? アイデアマンが「手書き」にこだわる深い理由。 仕事の優先順位を「重要度」で決めたがる人が陥るワナ。
【プロフィール】 美崎栄一郎(みさき・えいいちろう) 1971年6月24日生まれ、神奈川県出身。商品開発コンサルタント、ビジネス書作家、講演家、起業家。2009年に上梓した初の著書『「結果を出す人」はノートに何を書いているのか』(ナナ・コーポレート・コミュニケーション)がビジネス書大賞1位に。その後、花王で商品開発に携わったサラリーマン経験を元に、仕事術をまとめた著書は30冊を超える。『[書類・手帳・ノート・ノマド]の文具術』(ダイヤモンド社)は文具本で異例のヒット。『iPadバカ』(アスコム)はiPad関連書籍で最も売れた記録を持つ。2013年よりビジネス手帳の監修も手がける。講演テーマは、時間術、仕事術、アイデア発想術からノート術、デジタルツール活用術など。企業勤務経験から企業内研修の依頼も多い。
【ライタープロフィール】 清家茂樹(せいけ・しげき) 1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。