近年、認知度が高まっている「アンガーマネジメント」。「怒りと上手に付き合うための心理トレーニング」のことです。でも、アンガーマネジメントによっていくら自分が無駄な怒りを抑えていたとしても、常にイライラしている上司や同僚などが周囲にいることも珍しくありません。そんな厄介な人たちに対処するための方法を、一般社団法人日本アンガーマネジメント協会理事である戸田久実(とだ・くみ)さんが教えてくれました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
コントロールできるのは、自分の感情だけ
いつもイライラしているような人に対処する方法をお伝えする前に、前提として理解しておいてほしいことがあります。それは、当然のことかもしれませんが、「他人の怒りはコントロールできない」ということ。
怒っている人に対して、「そんなに怒らないでくださいよ」なんて言ってその人の怒りが収まるなら苦労はありませんよね。でも、そうではないのですから、他人の怒りによって振り回されないように「自分の感情をコントロールする」ことこそが大切です。
「情動伝染」という言葉がありますが、人から人へと伝染していく特徴が人間の感情にはあります。そして、感情のなかでも特にエネルギーが強い怒りは、その伝染力も強いのです。そのため、周囲にイライラしたり怒ったりしている人がいれば、つい自分もイライラしたり怒ったりしてしまいがち。まずは自分の感情をコントロールできるようになりましょう。
もちろん、他人がイライラしたり怒ったりしているときに、その人に対して自分もイライラしてその感情をぶつけることなどご法度。売り言葉に買い言葉のように、「怒りの応酬」というような状況になってしまい、怒りの渦中に身を置いてしまうことになります。
職場の上司や同僚、取引先の相手とそのような関係になってしまえば、仕事をうまく進めることなどできませんよね。ですから、社会人として、イライラしたり怒ったりしている人への対処法を知っておくことが重要です。
適切な対処を選択できるようになろう
その対処法は、相手によって変わってきます。ここで必要となるのは、「相手がイライラしている状況を自分で変えられるかどうか」を見極める視点です。
たとえば、イライラしている相手が普段からかわいがっている仲がいい後輩だったらどうでしょう? 「そんなにイライラしているなら、ちょっとオフィスの外に出て気分転換でもしてきたら?」といったふうにアドバイスをすれば、自分自身に降りかかるイライラや自分自身のイライラをなくすことができるかもしれません。
でも、イライラしている相手が怖い上司や先輩だったら? 「気分転換でもしてきたら?」なんて言ってしまえば、逆に怒りをあおることになりかねません。そのような、相手がイライラしている状況を自分で変えられないときには、「自分自身が怒りやストレスを感じないために自分にできること」を考えてみましょう。
たとえば、その場を少し離れるということでもいいでしょう。給湯室でお茶をいれてくるとか、トイレに行くのです。そうすれば、上司や先輩のイライラを避けて、自分自身のなかで膨らみかけていたイライラや怒りをリセットすることができるはずです。
もしその場を離れることが難しい場合なら、イライラしている相手ではない別のものに意識を向けてみましょう。私が研修を行なった人のなかには、自分のペットの写真をスマホの待ち受け画面にして、周囲がイライラしてきたときにはそれを眺めるという人もいました。かわいいペットの写真を見れば、誰かの怒りに振り回されることなく、気持ちが落ち着く人もいるでしょう。
あくまでも「自分にできること」にフォーカスする
ただ、他人がイライラしている状況のなかには、ちょっと厄介なケースもあります。ここまで述べてきたのは、他人のイライラや怒りの対象が自分ではないケースです。ですから、その場を離れるといった方法を使えるわけです。
でも、そのイライラや怒りの矛先が自分に向かっているケースでは、そんな方法は使えません。そんなときにその場を離れようとすれば、「どこに行こうとしているんだ!」なんて、相手はさらに怒りを募らせることになってしまいます。
ただ、そういうケースでも、考えるべきことは基本的には変わりません。その状況のなかで「自分にできること」を考えます。相手が怒っている理由をしっかりと聞き、完全に自分に非があるということなら、真摯に謝罪しましょう。
もちろん、言うべきことは言わなければいけないケースもあるでしょう。アンガーマネジメントでは、「あのとき怒っておけばよかった」とか「どうしてあのとき怒ってしまったんだろう」という後悔を減らすことも大切です。そこで、相手の言い分を聞いたうえで、「これは自分から言っておくべきだ」と思うようなことがあれば、冷静に伝えてください。
でも、残念ながら、そういったコミュニケーションがとれないケースもあります。パワハラ問題を起こす人のなかには、「バカ野郎」「ふざけるな」といったワンパターンの言葉で怒りをぶつける人がとても多いからです。そういうときには、聞き流してその場をやり過ごすことも考えていいでしょう。
いずれにせよ、重要になるのは「相手ではなく自分に目を向ける」こと。その場で自分になにができるのか――そのことを常に意識してください。
【戸田久実さん ほかのインタビュー記事はこちら】
当てはまったらマズい! 生産性を下げる「4つの間違った怒り方」
あなたがいつも怒ってばかりなのは “○○” を言語化できていないから。
【プロフィール】
戸田久実(とだ・くみ)
アドット・コミュニケーション株式会社代表取締役。一般社団法人日本アンガーマネジメント協会理事。立教大学文学部卒業後に大手企業勤務を経て、2008年にアドット・コミュニケーション株式会社を設立。研修講師として、銀行、製薬会社、総合商社、通信会社など大手民間企業や官公庁で「伝わるコミュニケーション」をテーマに研修や講演を実施。対象は新入社員から管理職、役員までと幅広い。アンガーマネジメントやアサーティブコミュニケーション、アドラー心理学をベースとしたコミュニケーション指導に定評があり、これまでの指導人数は22万人に及ぶ。近年は、大手新聞社主催のフォーラムへの登壇やテレビ、ラジオ出演など、さらに活動の幅を広げている。『一瞬でいい関係を築く コミュニケーション大百科』(かんき出版)、『働く女の品格 30歳から伸びる50のルール』(PHP研究所)、『「つい怒ってしまう」がなくなる 子育てのアンガーマネジメント』(青春出版社)、『誰とでも気軽にうちとける自分になれる本 気持ちのいい関係をつくる「話し方」「つき合い方」』(三笠書房)、『苦手意識がなくなる会話術』(大和書房)など著書多数。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。