「メールに対応したことで働いた気になるな」——。これは、グラクソ・スミスクライン・コンシューマー・ヘルスケア・ジャパン株式会社代表取締役社長である野上麻理(のがみ・まり)さんが、P&Gジャパンに勤務していたときに、当時のP&GのCEOであるボブ・マクドナルド氏から聞かされた言葉です。
いま、その言葉にハッとした人はいませんか? じつは、野上さん自身もそうだったと言います。「働いた気になる」ようなことをいくらこなしても、本来のビジネスで成果を挙げられなければ意味はありません。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
メール対応は、ほとんどの人にとって「仕事の目的」ではない
私の仕事に対する姿勢をかたちづくった要素のひとつは、「メールに対応したことで働いた気になるな」という、当時、P&GのCEOだったボブ・マクドナルドの言葉でした。彼は1日の終わりに「今日、何を成し遂げたか」と必ず自問するのですが、そのときに「自分への戒めとして、メールに対応したことで働いた気にならないようにしている」といった文脈で話してくれた言葉だったと記憶しています。
いまの時代、仕事をするにはメールが欠かせません。コロナ禍によってリモートワークが広まったいまなら、その量も以前よりはるかに増えているでしょう。しかし、メールに対応することは、「メールお問い合わせ担当」といった仕事をしている人でない限り、誰にとっても仕事の目的ではありません。
みなさんの仕事の目的は、メールに対応することでしょうか? ほとんどの人がそうではないでしょう。その先にある、成果を挙げることが仕事の目的であり、メール対応はそのために必要なことのひとつに過ぎません。
私は、有限な時間を管理するタイムマネジメントではなく、自分次第で上限なく増やすことができる「エネルギー」を増やしたり管理したりすることを、仕事でパフォーマンスを発揮するための基本的な姿勢としています(『時間ばかり管理しても限界がある。真のパフォーマンス発揮には「4つのエネルギー」管理が不可欠だ』参照)。
しかし、そうしていくらエネルギーを増やして「ここぞ」という場面に費やしたとしても、仕事をこなすスピードそのものが遅くては、やはり発揮できるパフォーマンスにも挙げられる成果にも限度があります。そのために、メール対応にせよなんにせよ、仕事をこなすスピード自体を上げていくことも欠かせないのです。
「目的」を明確に把握すれば、省くべき無駄が見えてくる
では、どうすれば仕事をこなすスピードを上げ、生産性を高めることができるのでしょう。私は、次の3つのスキルを磨くことが重要だと考えます。
【生産性を高めるために磨くべき3つのスキル】
- 目的を明確に定義する能力
- 情報のインプット・アウトプットのスピード
- 物事の本質をシンプルにつかんで説明する能力
1つめは、先の「メール対応は仕事の目的ではない」という話と完全に通じることですが、「目的を明確に定義する能力」です。
特に若いみなさんには、「上司がこうしろと言ったから」と言い訳をしないように意識してほしいと思います。仕事においては、会社や上司の指示に従わなければならないような場面も多いものです。でも、みなさんの本当の目的は、自分の携わっている業務で成果を挙げること。
その成果を挙げるために、自分が何をなすべきかを主体的に考えましょう。そうすれば、本当にやるべきタスクや必要のないタスクも見えてきます。つまり、指示に従っているだけでは見えなかった無駄を省くことができるようになるわけです。
その結果、仮に上司の指示と真逆のことをやったとしても、成果を挙げられればあなたの勝ちです。それでも指示に従わなかったことをとがめるような、それこそ仕事の目的が見えていない上司がいる職場だったら、辞めて転職することを考えていいでしょう。
仕事のスピードアップに直結する「インプット・アウトプットのスピードアップ」
2つめはじつにシンプルで、「情報のインプット・アウトプットのスピード」を上げること。いまは、情報過多社会とも言われる時代です。先にも述べたようにメールもどんどん届きますし、日々のなかで目を通すべき情報の量もかつてとは比べものになりません。
そう考えると、情報をインプットするスピード、さらにはそこからアウトプットするスピードを上げることは、仕事をこなすスピードを上げることに直結すると言えます。
では、どうすればそれらのスピードを上げることができるでしょうか。これについては、地道なトレーニングをすることしかないと考えます。たしかに、世のなかには速読術や速書術といったテクニックも存在します。ただ、それらのテクニックを身につけるにもやはりトレーニングをこなすしかないのです。
たとえば、1冊の本を読むにもだらだらと読み進めるのではなく、スマートフォンのタイマーアプリを使い「何分で読む」のように時間制限を設けて読む。そして、同じように時間を決めてその本の要旨を書き出してみるといったトレーニングです。
このことを1週間に1冊のペースでこなせば、1年では50冊分のトレーニングを積むことになります。このトレーニングをした人と何もしなかった人では、そのインプットとアウトプットのスピードに大きな差が生まれることは考えるまでもありません。
自分なりのとらえた「本質」を、誰かに説明してみる
そして、仕事をこなすスピードを上げて生産性を高めるために磨くべき最後のスキルが、「物事の本質をシンプルにつかんで説明する能力」というもの。これは、1つめの「目的を明確にする能力」と2つめの「情報のインプット・アウトプットのスピード」を上げることにまたがるように関連づくものです。
仕事の目的をしっかりとらえるためにも、「物事の本質をシンプルにつかむ」ことは欠かせません。そうして仕事の目的をしっかり認識できれば、「これはやるべきタスクだ」「このタスクはやる必要がない」と取捨選択することができ、そのなかにある無駄にも気づくことができます。こうして、削ぎ落とすべき無駄を省いて仕事のスピードを上げられます。
また、仕事の目的や、本を読んで得たインプットなど、自分なりに得た物事の本質をなんらかのかたちで他者に説明する、つまりアウトプットすることも考えてみてください。
そうして誰かに説明すれば、自分のアウトプットを視覚や聴覚を通じてもう一度インプットするというサイクルにより、自分の仕事の目的をさらに明確化できます。あるいは、このことでアウトプットやインプットの能力が磨かれ、それらのスピードがさらに上がることもあるでしょう。こうして、仕事をこなすスピードもまた上がっていきます。
【野上麻理さん ほかのインタビュー記事はこちら】
時間ばかり管理しても限界がある。真のパフォーマンス発揮には「4つのエネルギー」管理が不可欠だ
30項目から探る「自分の価値観」が最高の成果につながる。“なんとなく” では仕事はデキない
【プロフィール】
野上麻理(のがみ・まり)
1969年1月12日生まれ、大阪府出身。グラクソ・スミスクライン・コンシューマー・ヘルスケア・ジャパン株式会社代表取締役社長。大阪外国語大学(現大阪大学)卒業後、P&Gジャパン株式会社に入社、マーケティングに従事。第一子出産後、SK-IIブランドマネジャー、東アジアスキンケアマーケティングディレクターに就任する。第二子出産後、37歳で部下が2,000人を超えるマックスファクタージャパン(P&Gスキンケア・化粧品事業部)のプレジデントに就任。P&Gブランドオペレーション&マーケティングヴァイスプレジデントを経てアストラゼネカ株式会社プライマリーケア取締役事業本部長に着任。執行役員マーケティング本部長として国内全製品のマーケティングを統括し、スウェーデン海外赴任。グローバルポートフォリオグループの呼吸器領域・吸入療法製品のグローバルブランドヘッドに。帰国後、アストラゼネカ株式会社の執行役員コマーシャルエクセレンス本部長、呼吸器事業本部長。その後、武田コンシューマーヘルスケア株式会社(現アリナミン製薬株式会社)取締役社長を経て現職。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。