誰しも、運が悪い人よりは運がいい人になりたいものです。なかには、朝の情報番組の占いコーナーで紹介される「今日のラッキーアイテム」といったものも気にしている人もいるかもしれません。
でも、そんなものに頼らなくても「運は自分で引き寄せられる」と語るのは、新刊『幸運学 不確実な世界を賢明に進む「今、ここ」の人生の運び方』(日経BP)が話題となっている、早稲田大学ビジネススクール教授の杉浦正和(すぎうら・まさかず)先生。運を引き寄せるためには「言葉の力」を意識することが大切だと、杉浦先生は言います。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
運を考えるうえでも重要となる言葉の力
日本には、「言葉に宿る力」を表す「言霊(ことだま)」という言葉があります。私は、運を考えるうえでも言葉の力は無視できないものだと考えています。人間は言葉によってしか世界を認識することができません。つまり、自分が住んでいる世界はすべて言葉によってできているということになります。
それなのに、もしいつも口をついて出てくる言葉がネガティブなものばかりだったとしたらどうですか……? 当然、自分が発したネガティブな言葉によって自分の世界を取り囲んでしまうことになる。そんな世界にポジティブな幸運が舞い込んでくるかといったら、やはり可能性は低いでしょう。
でも、残念ながら、日本人、特に男性はポジティブな発言をするのが得意ではないようです。女性なら、「これ、かわいい!」「楽しい!」「ここの食事、おいしいね!」といった発言を頻繁にしていますが、男性はそうではないでしょう。もちろん、かつてと比べればだいぶ変わったようにも思いますが、どうも、昭和の「男は黙って……」という美意識がいまだに残っている気がするのです。
そうではなく、ポジティブな言葉を日常的に使って楽しく生きているほうが、やはり幸運を引き寄せられるのではないでしょうか。
物事をポジティブにとらえるためのトレーニング
そう考えると、私たち日本人、なかでも男性が幸運をつかむためには、もっとポジティブな言葉を日常的に使うトレーニングをする必要があります。そのために私がすすめているのが、「アプリシエイティブ・インクワイリー」というポジティブシンキングの方法です。
これは、組織開発の分野において世界中で広く行なわれている有名なワークです。なじみのない英語かもしれませんが、翻訳すると「よいところの探求」となります。でも、一般的な日本人にとっては、カタカナ英語のままではイメージしにくいですし、「AI」と略してしまうと「人工知能」の意味でとらえられてしまう。そこで、頭文字はそのままにして「明るい面を(A)、言い合う活動(I)」と訳してみました。
このAIは、ひとりで自分自身に対して行なってもいいのですが、基本的には複数の人で行ないます。集まった人たちが互いにそれぞれのいいところやその人らしいところ、強みを言い合うのです。参加者は、相手の強みを言うことで、ポジティブに物事を見てポジティブな言葉を使えるようになる。また、強みを言われたほうは、自分の強みを認識し、それを伸ばそうとポジティブに考えられるようになります。
じつは、この視点は、日本の多くの企業にも欠けているものです。一般的に、会社を経営するうえで、課題解決こそが最重要だとされます。でも私自身は、この考えが嫌いです。せっかくいいところもあるのに、わざわざ問題点を探してダメ出しばかりしようとしているからです。学校の勉強に例えれば、苦手科目の勉強ばかりをさせられているようなものではありませんか? そんなものがおもしろいわけがありません。そうではなく、得意な部分や強みを伸ばしていくことこそが、結果的には成功への近道になるのではないでしょうか。
愚痴は他人に言わずに書き出す
ただ、そうは言っても、人生はポジティブな出来事ばかりが続くわけではありません。誰だって愚痴を言いたくなるときもあるでしょう。でも、愚痴を吐き出すにも、そのやり方には注意が必要です。
ビジネスパーソンなら、同僚と一緒に飲みに行って上司や会社に対する愚痴を吐き出すこともあるはずです。そういうときは、たいてい、愚痴を聞かされた相手も、「そうだそうだ!」と一緒になって上司や会社に対する不満を吐き出す。すると、自分が発するネガティブな言葉だけでなく、相手が発するネガティブな言葉にも取り囲まれることになってしまいます。もちろん、先にお伝えしたように、言霊の影響を考えればいいことではありません。
それどころか、愚痴を聞いた相手が、「あの人、こんな愚痴を言っていたよ」なんてまわりに言うようなことがあれば、その事実が人づてに上司や会社の上層部の耳に入ることにもなりかねない。そう考えると、誰かに愚痴を吐き出すのは、やはり避けたほうがいい行為です。
そこで、愚痴を書き出してみてはどうでしょうか? 言い換えれば、言語化して客観視するという作業をするのです。不思議なもので、不満というものは、頭の中に渦巻いているときにはとてつもなくひどいものに思えるのですが、言語化して客観視してみると、「あれ? 全然たいしたことじゃないな」と思えることが大半なのです。そうしてうまく不満を吐き出しながら、ポジティブな言葉が持つ力によって運を引き寄せてください。
【杉浦正和さん ほかのインタビュー記事はこちら】
「運はどうにもならない」は半分間違い。デキる人は “この2つ” で運を引き寄せている
「運が悪い人」には3つの思考の癖がある。“感謝の気持ち” 足りていますか?
【プロフィール】
杉浦正和(すぎうら・まさかず)
1957年12月13日生まれ、出雲市出身。早稲田大学ビジネススクール教授。1982年に京都大学を卒業し、日産自動車に入社。海外マーケティング業務等を担当。米スタンフォード大学ビジネススクールに留学し、1990年にMBAを取得。経営・人事のコンサルティングファームを経てシティバンクにてリーダーシップ開発責任者を務めたのち、シュローダーにてグループ人事部長及び確定拠出年金部長。2004年から早稲田大学で教鞭を執り、2008年から現職。「人材・組織」の観点から総合的に経営にアプローチし、参加型の授業とゼミを行っている。2016年から2018年まで経営管理研究科教務主任、2017年から人材育成学会理事、2019年から国立音楽大学理事。主な著書に『早稲田大学ビジネススクールMBA入門 session6 人と組織 ウェルチの2つの言葉はどちらが正しいか』、『入社10年分のリーダー学が3時間で学べる』、『ビジネスマンの知的資産としてのMBA単語帳』(いずれも日経BP)などがある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。