仕事で成果をあげるには、「論理的思考こそ重要」だと思われがち。ただ、実際には「運」が成果を左右することもあります。運に対する考えは人それぞれですが、「自分ではどうにもできないもの」と考える人も多いはず。
ただ、早稲田大学ビジネススクール教授であり、新刊『幸運学 不確実な世界を賢明に進む「今、ここ」の人生の運び方』(日経BP)が話題となっている杉浦正和(すぎうら・まさかず)先生は、「自分で高められる運もある」と言います。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
「自分でコントロールできる運」を高めていく
「運」と一言で言っても、それにはいろいろな種類のものが存在しますが……大きく分類すると、次の2つに分かれます。「自分でコントロールできない運」と「自分でコントロールできる運」です。そして、それらはさらに2つずつに分けられる。
自分でコントロールできない運に含まれるのは、「宿命」と「偶然」です。宿命とは、「事前に決まっている運」であり、偶然は「結果がわからない運」。それらはコントロールできないのですから、自ら運を引き寄せるには、自分でコントロールできる運を高めていく必要があります。その自分でコントロールできる運とは、「開発できる運」と「管理できる運」です。私は、前者を「機会」、後者を「確率」と名づけました。
ビジネスパーソンの場合を考えると、たとえば将来のキャリア構築をしっかり考えて自ら未来を開拓しようとする人とそうでない人なら、どちらが運を引き寄せることができるでしょうか? それはもちろん前者ですよね。これは、自ら運を開発しているということであり、機会を高めているということなのです。
また、管理できる運とはどういうものでしょうか? たとえば、意思決定の質を上げていくことで引き寄せられるものがそうでしょう。意思決定によって物事がうまくいく確率が50%だとして、それを51%に引き上げることができたとしたら? 長い人生のうちには数え切れないほどの意思決定の場面が訪れますから、50%が51%になるだけで、かなり運を高めていけるはずです。
このように考えていくと、ひとつのおもしろい視点に気づきました。例に挙げた「将来のキャリア構築をしっかり考えていくこと」と「意思決定の質を上げていくこと」は、それぞれキャリア論と戦略論の範疇に含まれます。それ以外にも、見方を変えれば、組織行動論、行動ファイナンス論、資産運用論など、ビジネススクールの科目は、どれもがコントロールできる運を上げるためのものなのです。つまり、ビジネススクールとは、ビジネスパーソンが自分の運をよくするための場所だということです。
運を高めるには「好奇心」こそ最重要
では、ごく一部になりますが、「機会」と「確率」という運を伸ばすための方法を具体的にお教えしましょう。
まずは機会から。機会も運である以上、ある程度の偶然が作用します。でも、偶然に任せているだけでは、よい機会は訪れません。スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授は、「望ましいキャリアを得た人は、偶然を友にし、機会に変える努力を怠らない」と説いています。そして、偶然を友にしている人が持つ共通項として、次の5つの要素を挙げたのです。
- 好奇心(Curiosity)
- 持続性(Persistence)
- 柔軟性(Flexibility)
- 楽観性(Optimism)
- 冒険心(Risk taking)
この中でも、特に「好奇心」こそが大事だと私は考えています。
そもそも、好奇心がなければ何も始まるはずがありません。運を引き寄せるにも何をするにも、まず好奇心こそが必要となる。何事にも好奇心を持ち、わからないことや疑問に思うことがあったら調べてみるのです。
好奇心にはおもしろい特徴があって、わからないことが少しでもわかると、好奇心はさらに高まります。そうして、また調べる、好奇心が高まる、調べると繰り返すうち、どんどん自分をディベロップ(開発)できる。もちろん、そういう人は何もしない人と比較して大きな成長を遂げられますし、大きなチャンスをつかむこともできる。もちろん、運を引き寄せることもできるでしょう。
人生は「ルート記号」の形をしている
続いて、確率を上げていくための方法をお伝えします。
確率を上げていく、それは視点を変えれば、失敗を減らしていくことだと言えます。つまり、失敗との向き合い方こそが大事になる。同じ失敗を何度も繰り返していては、確率を上げることはできません。失敗を無駄にせず、しっかり確率を上げていくために、「人生はルート記号(√)の形をしている」ということを知ってください。
いま、ビジネス界では「圧倒的成長」という言葉がキーワードとして語られますが、人生は決して右上がりのものではありません。「調子がいいな」と思っていたらたいてい穴に落ちて、「もう人生の終わりだ……」なんて思っていたら、救いの手を差し伸べられたり自分で努力をしたりして、はい上がることもある。そして、ぐんと成長して「自分は最高だ!」なんて思っていたら頭を打つ……。まさに、ルート記号のような形で、上がったり下がったりを繰り返すのが人生です。それを知っていれば、穴に落ちたときでも、その失敗を無駄にせずにしっかり糧にすることができる。
もちろん、「人生はルート記号のような形をしているのだから、失敗は必要だ」なんて考えて、わざわざハイリスクなチャレンジをして失敗するような必要はありません。それは、ただの無謀というものです。そうではなく、しっかり考えたうえでベストのチョイスをし、それでも失敗したのなら、そこから学べることはいくらでもある。そうして徐々に失敗を減らしていくことが、確率を上げていき、ひいては運を引き寄せることにつながるのです。
【杉浦正和さん ほかのインタビュー記事はこちら】
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【プロフィール】
杉浦正和(すぎうら・まさかず)
1957年12月13日生まれ、出雲市出身。早稲田大学ビジネススクール教授。1982年に京都大学を卒業し、日産自動車に入社。海外マーケティング業務等を担当。米スタンフォード大学ビジネススクールに留学し、1990年にMBAを取得。経営・人事のコンサルティングファームを経てシティバンクにてリーダーシップ開発責任者を務めたのち、シュローダーにてグループ人事部長及び確定拠出年金部長。2004年から早稲田大学で教鞭を執り、2008年から現職。「人材・組織」の観点から総合的に経営にアプローチし、参加型の授業とゼミを行っている。2016年から2018年まで経営管理研究科教務主任、2017年から人材育成学会理事、2019年から国立音楽大学理事。主な著書に『早稲田大学ビジネススクールMBA入門 session6 人と組織 ウェルチの2つの言葉はどちらが正しいか』、『入社10年分のリーダー学が3時間で学べる』、『ビジネスマンの知的資産としてのMBA単語帳』(いずれも日経BP)などがある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。