自分の利益だけを追求し、他者の利益を軽視する考え方を利己主義といいますが、実際には、利己的であるほど損をしてしまうのだとか。
自分の得になるよう行動しているわりには、それほど物事がうまくいっていない……そう感じている人に、 「認知的焦点化理論」を紹介します。
(※記事中の人物の肩書は記事公開当時のものです)
人間は皆、本当に利己的なのか?
慶應義塾大学名誉教授で経済学者の岡部光明氏によると、主流派の経済学では、利己主義と合理性を基礎に理論が組み立てられているのだそう。確かに、「売りたい」「稼ぎたい」「得したい」は利己的な印象です。
しかし同氏は、「利“他”的な行動(自己の損失をかえりみず他者の利益を図る)や、合理的ではない行動、人間の絆、幸福の追求といった現象も、人間行動の研究に取り入れる必要がある」と説明します。
実際に、2011年の研究では、利己的な人は全体の30%のみで、50%の人は協働的に行動すると明らかになっているのだとか。人間はいつも利己的に行動するわけではなく、誰もが利己的であるわけでもない、と岡部氏は述べています。
東洋大学経済学部の准教授である太子堂正称氏も、経済学は利己的な人間像に基づいていると述べつつ、今現在は、利“他”性などを含んだ「行動経済学」が登場していることも説明しています。
全ての人が利己的でないのなら、より自分が利己的になったところで、シンプルな競争は成り立ちません。考えが違えば、価値観も変わってくるからです。
それに、利己的な人ほど損をすると結論づけている理論もあります。
「認知的焦点化理論」とは?
京都大学大学院教授で、2012年から2018年まで安倍内閣内閣官房参与(防災・減災ニューディール担当)を務めた社会工学者の藤井聡氏は、人間が心の奥底で何に焦点を当てているか、に着目した心理学理論=「認知的焦点化理論」を主張しています。
「認知的焦点化理論」とは、人が何かに向き合う際、どれだけ他人に配慮できるかといった観点で、人を分類しようとする試みです。
※『PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)| 解明! 運がない人は、なぜ運がないのか 』内の図を参考に筆者作成)
上の図を見るとわかるように、社会的・心理的距離を示す横軸を進むほど関係が遠くなり、時間を示す縦軸を進むほど思いを及ぼす時間が長くなります。両軸を結ぶ範囲が「配慮範囲」を表すわけです。
- 自分のことだけか、それとも他人まで及ぶのか
- 現在のことだけか、それとも社会の将来まで及ぶのか
といった具合です。そして、「配慮範囲」が狭いほど利己的で、「配慮範囲」が広い人ほど利“他”的とのこと。 そこから藤井氏の研究が導き出した結論は次のとおりです。
なぜ利己的なほど損をする?
藤井氏によると、進化心理学という新しい学問で、人類は協力することで進化を遂げてきたとわかったそう。 裏切り続ける人が多くなると無秩序社会になり、協力する人が多くなると、穏やかで平和な社会になるとのこと。
だからこそ裏切ることしかできない部族や集団より、「協力する力」を持った部族などが生き残り、優位に立つことができたのだとか。
世界的なベストセラー『サピエンス全史』の著者でもある、歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏も、TED Conference で「人間が地球をコントロールしているのは、大勢で、柔軟性をもって協働できる動物だから」と説明しています。
つまり、人間は無意識のうちに、
- 協力するほど生き残れる
- 協力するほど優位に立てる
と知っているわけです。だからこそ、自分の利益だけを優先して協力し合うことを拒否していると、次第に周囲から人がいなくなり、有益な協力を得られなくなってしまいます。
「悪者」を検知する遺伝子
また、藤井氏によると人間には、個人差はあるものの「悪者(裏切り者)検知能力」が備わっているのだとか。「ちょっと怪しい」「何だか胡散臭いな」「どうも信用できない」といった“あの感覚”です。
お店のものを従業員が出勤するたびに持ち帰れば店はつぶれるし、銀行で皆が着服し出せば銀行は倒産します。そうなれば結局は皆が「損」を被るので、そうならないために人は、「悪者検知能力」を使って潜在意識の中で常に目を光らせ、秩序を守り、協力し合って生き残ろうとしているわけです。
どんどん人々から距離を置かれ協力を得られなくなる人、どんどん人が近づいて多くの協力を得られる人の差は、人間の「悪者検知能力」により生まれている可能性があるのですね。
実はシンプルな原理だった
そんななか、ベストセラー『トヨタで学んだ「紙1枚!」にまとめる技術』の著者・浅田すぐる氏も、「他者貢献」が仕事の本質だと明言しています。周囲の問題や願望を、解決したり叶えたりすることで、初めて売り上げが発生するからです。
商材を買ってくれるのは取引先であり、商品を買ってくれるのは消費者。労働力を提供したあなたに、お金を払うのは雇い主です。つまり、あなたにお金を払う判断を担っているのは、常にあなた以外の誰か。
浅田すぐる氏は、自己満足的なスタンスから、誰かの役に立とうと考えるスタンスに変えていったことで、仕事のオファーがどんどん増えたといいます。
「他者貢献」なしで、経済は回らないわけです。
これは、藤井聡氏の理論にも通じるのではないでしょうか。仕事の成功を願うなら、ぜひ今日から、倫理観うんぬんではなく経済を回し、自分の運を上げていくために、
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「認知的焦点化理論」と「仕事の本質」について紹介しました。誰かのために行動しつつ、ちゃっかり得をしちゃってくださいね。
「利“他”的とはいえ、自分に得が返ってくるなら、結局は利己的なんじゃないの?」といった、長く議論されているテーマがあります。 確かに、そうとも言えますが、社会と他人を無視して利益を追及する利己主義とは、やはり一線を画するはずです……!
(参考)
岡部光明(2016),「経済学の新しいパラダイムをめざして—人間性を取り込むための三提案—」,SFC ディスカッションペーパー,SFC-DP 2016-004.
東洋大学 入試情報サイト|経済学的思考とは何か −「利己的人間像」とその転換 −
経済界|「認知的焦点化理論」に基づくと、「運」は科学的に説明できる――藤井 聡(京都大学大学院工学研究科教授・内閣官房参与)
STUDY HACKER|これからの学びを考える、勉強法のハッキングメディア|“個人主義” は損だらけ。仲間を集めたほうが高パフォーマンスを発揮できる脳科学的理由。
PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)|解明! 運がない人は、なぜ運がないのか
浅田すぐる(2018),『すべての知識を「20字」にまとめる 紙1枚! 独学法』, SBクリエイティブ.
Wikipedia|利己主義
【ライタープロフィール】
STUDY HACKER 編集部
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