住民基本台帳に基づく数字によると、日本に住む100歳以上の高齢者は、老人福祉法が制定された1963(昭和38)年には全国で153人でしたが、2022(令和4)年にはその590倍ほどにもなる90,526人となったそうです(参考:厚生労働省|1 R4百歳プレスリリース)。
つまり、私たちがいま生きているのはまさに “人生100年時代”。この言葉が生まれるきっかけとなった『LIFE SHIFT』(東洋経済新報社)の共著者リンダ・グラットン氏は、“人々が85歳まで働かなくてはならなくなる” と予想しているのだとか(参考:朝日新聞Reライフネット|「人生100年時代」を幸せに生きる方法)
だからこそ、昨今は社会人の学び直しが多く叫ばれるようになりました。しかし、その必要性をよく理解しながらも、なかなか本格的に勉強を始められない大人だっているでしょう。
そこで今回は、そんな大人がごく自然に勉強を始められるよう、【自己決定理論】という動機づけ理論を活用して、勉強行動を起こすためのコツを探ってみました。
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STUDY HACKER 編集部
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厚生労働省|1 R4百歳プレスリリース
日本脳科学関連学会連合|脳の中の「快楽」センター
内閣官房ホームページ|三位一体の労働市場改革の指針
朝日新聞Reライフネット|「人生100年時代」を幸せに生きる方法
日経xwoman|40代で学びから逃げると「仕事人生を全うできない」
東洋経済オンライン|「自ら学び直し」が出世・昇給に必須の時代が来る
ダイヤモンド・オンライン|脳がみるみるやる気を出し情熱的モチベーションが生まれる「3大習慣」
STUDY HACKER|どんなに忙しくても「幸せに働ける人」の共通点。やっぱり大切なのは “この気持ち” だった
学び直さないとまずい状況!?
政府は2023年5月16日に、「三位一体の労働市場改革の指針」をとりまとめたそうです。この指針における目標は、賃金格差の解消や、転職後に賃金が減少する傾向の改善とのこと。そして、その冒頭には、
働き方は大きく変化している。「キャリアは会社から与えられるもの」から「一人ひとりが自らのキャリアを選択する」時代となってきた。
(参考および引用元:内閣官房ホームページ|三位一体の労働市場改革の指針)
とあります。
こうしたことを受け、リクルートワークス研究所の主任研究員である大嶋寧子氏は、
「本来、リスキリングは企業が進めるべきと考えているが、この指針を読むと企業が人の生涯を支えることが難しくなる中で、個人が主体的に学ぶ仕組みを支えていくことの重要性を訴えている」
と指摘。この言葉に続けて東洋経済記者(週刊東洋経済編集長補佐)の宇都宮徹氏は、今後、自ら積極的にスキルアップできるよう努力しなければ、転職のみならず
出世や昇給にも大きく影響する可能性を示唆している
(引用元:東洋経済オンライン|「自ら学び直し」が出世・昇給に必須の時代が来る)
と伝えています。
また、『働く大人のための「学び」の教科書』の著書でもある、立教大学経営学部教授の中原淳氏は、私たちの仕事人生が長期化していることについて言及し、
学ぶこと、変化することから逃げると長い仕事人生を全うすることができなくなっている
(引用元:日経xwoman|40代で学びから逃げると「仕事人生を全うできない」)
と警鐘を鳴らしています。
これはもう、学び直さないと、かなりまずい状況のようですね……。でも大丈夫。勉強を始められない大人の味方になってくれそうな、【自己決定理論】というものがあるんですよ。
【自己決定理論】とは
スタンフォード大学・オンラインハイスクール校長の星友啓氏によると、【自己決定理論】は、アメリカのニューヨーク州にある、ローチェスター大学で生まれたそうです。この理論によれば、私たちのモチベーションの出現・向上・維持は、人間の心の3大欲求である
「つながり」「有能感」「自発性」が高まるような環境を整えたり、それらを意識をすることで、
(参考および引用元:ダイヤモンド・オンライン|脳がみるみるやる気を出し情熱的モチベーションが生まれる「3大習慣」)
実現しやすくなるとのこと。もう少し説明すると、心の欲求が満たされることで特定の脳領域が活発化したり、他者に左右されない感覚を得られたりして、勉強意欲を高められるかもしれないのです。
星氏の解説をもとに、それぞれ勉強シーンに重ねて詳しく説明していきましょう。
心の欲求1:つながり
星氏によれば、過去の研究から、
他の人とコミュニケーションをしたり、コラボをしたりすると、脳の報酬系が活性化する
ことがわかっているそうです。脳は人とのつながりで心地よさを感じるので、根本的につながりを求めるようにできているとのこと。
(参考および引用元:同上)
ちなみに脳の報酬系は、「中脳の腹側被蓋野を起点にして大脳辺縁系の側坐核を経て前頭前皮質に至る神経系」のことで、「ドーパミンという神経伝達物質」を含んでいるそうです。この領域を刺激すると人は強い快感を覚えるため、「脳内報酬系のドーパミンは快情動を仲立ちにして人や動物を行動に駆り立て、その意欲を強めていると考えられるように」なったのだとか(参考およびカギカッコ内引用元:日本脳科学関連学会連合|脳の中の「快楽」センター)。
それなら単純に、なかなか行動を起こせないにしても、何をどう勉強していいのかわからないにしても、同じような感覚をもつ人と情報交換したり、一緒に勉強したり、ただ気軽に交流したりすればいいのではないでしょうか。
あるいは、誰かを助ける目的で学ぶ計画を立てるのもいいかもしれません。たとえば身近な人の不動産に関する悩み、税金・保険・年金などの悩み、法律に関する疑問や悩みなどに応えるために、宅地建物取引士、ファイナンシャルプランナー、行政書士などの資格をとるべく、勉強を始めようとするイメージです。
まずは人とのつながりを意識した働きかけを行ない、あとは脳の報酬系が活性化して、自然と意識が「勉強」へと向いていくのを期待してみてはいかがでしょう。
心の欲求2:有能感
ふたつめは有能感(自分は “できる” という感覚)で、こちらもドーパミンが関係するそうです。たとえば
難しい問題が「解けた!」、パズルが「できた!」、知らないことが「わかった!」。
といったとき、私たちの脳には「ドーパミンが分泌されて、報酬系が活性化」するとのこと。つまり、
「できた!という感覚」は脳にとって非常に気持ちがいい
(参考およびカギカッコ内を含む引用元:前出の「ダイヤモンド・オンライン」記事)
わけです。
それなら、たとえば勉強が苦手な人は、“大人も楽しめる子ども用ドリル” で検索すると検索結果に出てくるような練習帳を試してみてはいかがでしょう? ただでさえ勉強に苦手意識があるのに、いきなり普通に勉強を始めても、「解けない、難しい、疲れる」といった状況に陥り、脳が活性化するどころか苦手意識をさらに助長してしまう可能性があるからです。
その点、大人が解きやすい子ども用ドリルなら無理なく「解けた!」「できた!」を体感できるし、子どもが飽きないよう見た目・配列・内容も工夫されているので楽しさを感じることができるでしょう。なおかつ気を楽にしてゲーム感覚でできるので、解けなくてもすぐ答えを見ることに抵抗感がなく、“そうだったのか。意外と勉強になるなぁ” などと「知らないことがわかった!」を体感しやすいのではないでしょうか。
それによりドーパミンが分泌されて脳の報酬系が活性化すれば、意欲が高まって「初歩的なところから普通に勉強してみようかな」といった気にもなるはずです。
もしくは、特定の業界について描いたドラマや映画などでも、無理なく「知らないことがわかった!」を体感できそうです。たとえば、天才的な専門家が、犯罪捜査や裁判、政治、ビジネス、医療、教育の現場、スポーツ、グルメ、ゲームの場で活躍するといった内容のものはいかがでしょう。漫画やアニメもいいかもしれません。
勉強が苦手で海外ドラマや映画が好きな筆者も、物理学や生物学、医学、社会学に哲学ほか、数々の偉人の言葉は、そうしたエンターテイメントで、エンターテイメントなりの知識を得ることから始まり――興味が湧いてからは脚色なしの論文や文献を読みあさるようになったという経緯があります。
この状況を客観的に見ても、楽しみながら無理なく「知らないことがわかった!」を体感でき、報酬系が活性化して、学ぶ意欲が湧いたのは間違いないと言えるはず。
なお、筆者の場合は、海外ドラマや映画鑑賞の際にはメモ帳を脇に置き、とりあえずメモして、のちに研究成果や文献、専門家の説明などでワクワクしながら情報の裏どりを行ないます。
心の欲求3:自発性
最後のひとつは自発性です。星氏によれば、私たちのモチベーションの根底には、自ら進んでやっている感覚(いわゆる自発性)があるそうです。「無理やりやらされてはモチベーションが上がらない」と同氏は言います。
(参考およびカギカッコ内引用元:前出の「ダイヤモンド・オンライン」記事)
ちなみに、日本におけるポジティブ心理学研究の第一人者である、関西福祉科学大学心理科学部教授の島井哲志氏によれば、
私たちの幸福感と「自発性」のあいだには大きな関連がある
(引用元:STUDY HACKER|どんなに忙しくても「幸せに働ける人」の共通点。やっぱり大切なのは “この気持ち” だった)
そうです。「自発性」が「人間の心の3大欲求」のひとつだとすれば、「幸福感」と関連があるのは当然かもしれませんね。他者の意見やアドバイスを聞くことは大切ですが、それを自らの意思で行なうことは、何より大事なのです。
ですから、学び直しの必要性を感じながらもなかなか勉強を始められないときは、たとえば、
- なぜ学び直しが必要だと思うのか?
→(理解を経て自分の意志にする) - なぜ必要だと思っているのに、なかなか勉強を始められないのか?
→(意思を貫くための現状および障害の把握) - なかなか勉強を始められない状況を変える方法はあるか?
→(改善策の具体化) - 勉強を始めて何者になりたいのか?
→(何を学ぶかにつながる)
などと自問してみてはいかがでしょう。そうすることで、自らの意志で動く感覚を強めることができ、自分が自分をコントロールできている感覚もつかめるかもしれません。
学ぶことは楽しんでいるけれど、なかなか本格的な勉強とまではいかない筆者も、ノートに書きながら考えてみました。すると――
自分は「一生働けるような、説得力のある知性が欲しい」と思っていることが、なんとなくわかりました。これは、いまの仕事にあまり迷いがないことを示唆している気がします。そして、他者には笑われそうですが、自分にとっては画期的な答えがひとつ……。
「ものすごく軽量なうす~いテキストなら持ち歩く気になる」
具体的な方法を自分で考え出したことで、なんだかやる気が出てきましたよ。よろしければ、みなさまもお試しくださいね。
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なかなか勉強を始められない大人が【自己決定理論】を活用して勉強行動を起こすコツを紹介しました。少しでも勉強を始めるキッカケになれば嬉しいです。