かつての「モーレツ社員」ほどではなくとも、働き盛りのビジネスパーソンのなかには、「つい無理をしてしまう」人も多いものです。そんな悩みを、NPO法人メンタルレスキュー協会理事長である下園壮太(しもぞの・そうた)さんに解決してもらいます。その前に、まずは「無理をすることの恐ろしさ」から教えてもらいました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
日頃、ついたくさん頑張ってしまいます。でも、忙しいのはみんな一緒ですから、自分だけ弱音を吐いたり楽をしたりするのはおかしい気もします。実際どうにかやれていますが、たしかに疲れを感じてもいるんです……。
無理をする人は、気づかないうちにうつ症状が進んでいる
つまりこの方は、「つい無理をしてしまう人」なのですね。見方を変えれば、「無理をしないことができない人」と言えるかもしれません。このように、オーバーワーク気味になる方にはいろいろな理由があるのですが、なかでも多いのが、「無理をする自分」が好きというケースです。「頑張っている自分」が好きなのです。
ここで注意してほしいのは、そういう方は、無自覚のうちにうつ症状が進行しているケースも多いということ。私は無理をすることによるうつ症状の進行を3段階で考えています。第1段階は健康な状態。でも、第2段階、第3段階と進むうち、心身にはさまざまな症状が表れます。そして、第2段階になれば感じる疲労は2倍、第3段階になれば3倍になるという特徴もあります。
【「無理」によるうつ症状の変化】
ところが、まわりの同僚は自分と同じような仕事をきちんとこなしていますから、2倍、3倍の疲労を感じながらも、「自分にもできるはず」「ここは頑張りどころだ」と無理をして、さらにうつ症状を進行させてしまうのです。
私の実感では、ビジネスパーソンのなかで第2段階にある人は全体の20%ほどに上ると考えています。しかも、大けがをしたなどわかりやすい症状があるわけではありませんから、休まず、病院に行かず、栄養ドリンクを飲んで無理を続ける。私から見ると、多くのビジネスパーソンがそんな危うい状況で仕事を頑張り続けているのです。
うつ症状の進行を自覚するために、「不眠」に着目する
特にいまはより注意が必要。なぜなら、新型コロナウイルスの感染拡大を受けてテレワークが広まっているからです。出社することなくひとりで仕事をしますから、「最近、ちょっと無理してない?」などと声をかけてくれる同僚や上司はいません。もちろん、仕事を終えるきっかけとなる定時もない。だから、「無理をする自分」が好きな人はどんどん無理をして時間外労働をしてしまうわけです。優秀な方ほど、仕事が集まってきているような気がします。
もちろん、そのまま無理をし続ければ、第3段階に進んでしまいます。そうなると、入院しなければならないような状態になり、仕事を続けることなどできません。ですから、そうなる前にうつ症状から離脱する方法を知っておく必要があります。
そのひとつが、「不眠」に着目すること。「無理をする自分」が好きな人は、うつ症状の進行によって表れるさまざまな心身の不調に目をつぶりがちです。いわば、気づきたくないのです。これまで無理をして頑張って壁を乗り越えてきた経験があるために、そういう自分を崩したくないのでしょう。崩した途端に「自分はダメな人間になるんじゃないか……」という恐怖があるため、心身の不調に目をつぶるのです。
でも、さまざまな心身の不調のうち、不眠に限ってはその苦しさを無視したり否定したりするのが難しい。いわゆるショートスリーパーの人でも、2日も3日も徹夜を続けるのはなかなか苦しいものですよね。ですから、自分の不眠症状に着目して、自分が無理をしていることを自覚してほしい。
もしほとんど眠れないような日が1週間も続いたら、うつ状態を疑っていいのです。仮にうつ病ではなかったとしても、なんらかの病気になっている可能性が高い。そういう人は、ためらわず病院に行ってください。「不眠」は立派な病気の症状なのです。病院でばかにされることはありません。
自分を変えることはダイエットと同じように難しい
うつ状態になりやすい「無理をする自分が好き」という性格を変えたいと思う方もいるでしょう。そのような自己改善をするときのコツをひとつご紹介しておきます。私が「7~3バランス」と呼んでいるものです。
たとえば、この記事を読んで無理をすることの怖さを知り、不眠症状に着目して自分が無理をしていることを自覚し、「よし、無理をしないようにしよう」と思ったとしましょう。
ところが、自分自身を変えるのは簡単ではありません。いまの自分をゼロ、なりたい自分を10だとして、いきなり10にたどり着くことは難しい。最初から10を目標にすると、ほぼ間違いなく失敗するでしょう。なぜかというと、いまの自分にも、いまの自分であるそれなりの理由がある。それを完全に無視して理想の自分を目指すことは、自己否定になるからです。
たとえば、ダイエット。10キロ痩せたいと思って、意志の力でなんとか体重を減らすことはできます。でも、以前の体重は、「来るべき飢餓に備え、少しでもエネルギーをため込みたい」と感じるもうひとりの原始人的なあなたの欲求でもあるのです。理性の力は一時的。だから、急激なダイエットをした場合には必ずリバウンドするのです。
なりたい自分を「10」としたら、「7〜3」を目標にする
「無理をしないようにしたい」と、必死になにもしないようにしすぎると、ダイエットと同じようにリバウンドします。なにもしないことに罪悪感を覚え、結局以前と同じペースでの仕事に戻ってしまうのです。すると、結局変われないことで自分を責めてしまい、うつ症状から離脱するどころか、逆にうつ症状を進行させてしまうことになりかねません。
そこで、なりたい自分を10、いまの自分をゼロとして、理想形の10を目標にするのではなく、「7~3」の行動を目指すのです。
具体的ケースで考えてみましょう。その人は、断り下手で上司や先輩から頼まれた仕事は全部引き受けて、つい無理をしてしまう人だとします。ところが、まわりには、「それはできませんね」と軽く断ることができる同僚もいる(10レベル目標)。でも、いきなりその同僚と同じように振る舞うことはまず無理でしょう。
だったら、ちょっとだけその同僚に自分を近づけてみるのです。上司や先輩から3つの仕事を頼まれたなら、
- 1つは受けて2つは断る(7レベル目標)
- 2つは受けて1つは断る(5レベル目標)
- 2つは受けて1つは「ちょっと考えさせてください」と言ってみる(3レベル目標)
という具合です。
そして大切なことは、このようにいまの自分とは違う行動をとったなら、その「実感」を必ず振り返ること。その行動の結果、後味が悪いなどして自分のなかで落ち着かないなら、さらに行動のハードルを下げてみる。そこでうまくいってさらに改善したいなら、その時点の自分の位置をゼロとして仕切り直し、なりたい自分の10の尺度のなかで「7〜3」の位置を新たな目標にしましょう。そうして、「なりたい自分」、つい無理をしてしまう人の場合なら「無理をしない自分」に少しずつ近づいていってください。
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【プロフィール】
下園壮太(しもぞの・そうた)
1959年、鹿児島県生まれ。NPO法人メンタルレスキュー協会理事長。MRSI(メンタルレスキュー・シニアインストラクター)。海上保安庁パワハラ防止委員。元陸上自衛隊心理教官。1982年に防衛大学校を卒業後、陸上自衛隊に入隊。陸上自衛隊初の心理教官として、衛生隊員やレンジャー隊員などにメンタルケア、惨事ストレスコントロールの指導、教育を手がけ、その経験をもとに独自のカウンセリング理論、トレーニング法を構築。2015年に退官し、現在はそれらの普及に努めている。『令和時代の子育て戦略』(講談社)、『自衛隊メンタル教官が教える 心の疲れをとる技術』(朝日新聞出版)、『「一見、いい人」が一番ヤバイ』(PHP研究所)、『自衛隊メンタル教官が教えてきた 自信がある人に変わるたった1つの方法』(朝日新聞出版)、『自衛隊メンタル教官が教える うつからの脱出』(朝日新聞出版)、『寛容力のコツ ささいなことで怒らない、ちょっとしたことで傷つかない』(三笠書房)など著書多数。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。