ビジネス書の分野だけをとっても思考法に関する書籍があふれている事実からも、世のなかには数多くの思考法が存在することがわかります。そんななか、『武器としての図で考える習慣 「抽象化思考」のレッスン』(東洋経済新報社)という著書で注目されているのが筑波大学大学院教授の平井孝志(ひらい・たかし)先生。
「図で考える」という思考法を提唱する平井先生が、その基礎と考える「概念図」の特徴や使い方を解説してくれました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
思考の全体像や物事の関係性を明らかにする「概念図」
効果的に「図で考える」ために提唱しているいくつかの型よりも重要で、一番の基礎となるのが「概念図」というものです。
そのかたちは、紙1枚やホワイトボード1枚を使ったいわゆるビッグピクチャーです。そこに考えるべき要素のすべてを書き出します。そのため、「思考の全体像が見える」ようになりますし、線を引いたり丸や四角でくくったりすることで、文字だけで考えていたときには見えなかった「物事の関係性を明らかにする」こともできます。
また、「余白がある」のも概念図のいいところ。大きな紙1枚やホワイトボードを使うのですから、書き始めた当初は多くの余白があります。すると、人間の本能的なものなのか、余白を眺めているうちに「この余白を埋めたい」という願望が出てくるのです。もちろん、すでに書いてあることを書くわけにはいきませんから、別の切り口で何かを書こうと考えます。そのため、「物事を多面的に考える」ことにもつながっていきます。
たとえば、「大学教授になりたい」というビジネスパーソンがいるとしましょう。現状として「サラリーマン」、あるべき姿として「大学教授」と書き込み、そのあいだに矢印を引く。そして、そのあいだのギャップを埋める方法を考えてみる。普通に考えれば、大学院で博士号をとるということかもしれません。でも、まわりにはいくらでも余白がありますから、おのずと「ほかにも方法がないかな?」と考えることにもなるでしょう。
このように、余白があることによって「思考が深まる」「さまざまな選択肢が見えてくる」といったメリットも期待できます。
さまざまな図を知っておくことが、思考の手助けとなる
また、私が著書などでおすすめしている図の型以外にも、さまざまな図を知っておくことは、考えるうえでいろいろな手助けをしてくれます。
たとえば、「パレート図」という図もそのひとつ。パレート図とは、専門的には「値が降順にプロットされた棒グラフと累積構成比を表す折れ線グラフ」であり、多くの場合、累積構成比は上に凸の形になります。いわゆる「8割2割の法則」ですが、こんな小難しい説明よりも図を見れば一目瞭然です。これは、勉強におけるインプットとアウトプットの関係性を表すことにも使うことができます。
【勉強におけるインプットとアウトプットの関係性を示す「パレート図」】
なるべく効率よく勉強で成果を挙げようと思えば、アウトプットを最大化しなければなりません。勉強する時間や努力といったコストに対して、できるだけ大きな成果を得ることを考えるわけです。
ただ、勉強を始めたばかりの頃はインプットに対するアウトプットも大きいのですが、勉強のレベルが上がってくるにつれて、同じ時間を使って勉強をしてもそれほどアウトプットが伸びないということが起きてきます。わかりやすく言えば、数学のテストで10点しかとれない人が20点にするのは簡単ですが、90点の人が100点にするのは難しいということです。
みなさんも大学受験のときなどには、パレート図は知らなくともその発想を生かした戦略を練った経験があるのではないですか? たとえ数学で100点をとれても国語が20点では合格は難しくなる。だったら、それぞれ平均点の70点を目指したほうが、効率がいいといった考え方です。このように、図に関する知識やそこからもたらされる発想が、勉強で成果を挙げるために役立つこともあるのです。
見落としてはいけない「自分はどうしたいのか」という視点
しかし、見落としてはいけない点があります。それは、「本人がどうしたいのか」ということです。
先の例では、「数学で100点、国語で20点をとる」よりも「それぞれ平均点の70点をとる」ことを、「効率がいい」とお伝えしました。でも本人が、効率よく勉強することや受験での成功などではなく、「数学という分野を極めたい!」と思っていたとしたらどうでしょう? その人にとっては、数学で100点を目指すことが正解なのかもしれません。
そういう意味では、「自分との対話」こそが最も大切なことです。そのために、最初に紹介した概念図を使ってほしいのです。
概念図とは「思考の全体像が見える」ものだとお伝えしました。頭のなかのことをすべて書き出し、それを何度となく眺めて反芻するうちに自分との対話が始まります。そうして、「自分とは何者なのか?」「自分はどうしたいのか?」「自分は何をなすべきなのか?」といったふうに、思考を深めることができるでしょう。
かつてと比較にならないほど多くの情報にさらされている世界のなか、多くの人がその情報の波に流されるだけの毎日を送っているように思います。私はそのことをとても心配しています。本当にするべきは、ただ多くの情報を受け取ることなどではなく、そういった情報を受け取りながらも、自分と対話を通じて自分なりに思考し、自分なりの答えを導き出すことなのだと思います。
【平井孝志先生 ほかのインタビュー記事はこちら】
“頭のいい人” がもつ思考習慣の正体。図で考えない人は「思考の半分を捨てている」
複雑な物事の本質を見抜ける「田の字」図がすごい。“2つの軸” で思考は一気に豊かになる
【プロフィール】
平井孝志(ひらい・たかし)
1965年生まれ、香川県出身。筑波大学大学院ビジネスサイエンス系国際経営プロフェッショナル専攻教授。東京大学教養学部卒業。同大学大学院理学系研究科修士課程修了。マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院MBA。早稲田大学より博士(学術)。ベイン・アンド・カンパニー、デル(法人マーケティング・ディレクター)、スターバックスコーヒージャパン(経営企画部門長)、ローランド・ベルガー(執行役員シニアパートナー)などを経て現職。コンサルタント時代には、電機、消費財、自動車など幅広いクライアントにおいて、全社戦略、事業戦略、新規事業開発の立案および実施を支援。現在は、経営戦略、ロジカル・シンキングなどの企業研修も手掛け、早稲田大学大学院経営管理研究科客員教授、株式会社キトー社外取締役、三井倉庫ホールディングス株式会社社外取締役も務める。主な著書に『本質思考』、『戦略力を高める』、『顧客力を高める』、『組織力を高める』(いずれも東洋経済新報社)がある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。