資料などに目を通して考えるにも、頭のなかで思考をめぐらせるにも、「文字」は絶対に欠かせないものです。でも、筑波大学大学院教授の平井孝志(ひらい・たかし)先生は、「文字だけ」で考えることは「もったいない」と語ります。ビジネスパーソンとしても華々しい経歴をもつ平井先生がおすすめするのは「図で考える」こと。そのことがビジネスパーソンにもたらしてくれるメリットを教えてもらいました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
図で考えると、本当に大事なことが見えてくる
「図で考える」ことの一番のメリットは、「本当に大事なことを見える化できる」という点にあります。
私がよく例え話に出すのは、案内図です。どこかの飲食店で待ち合わせをするとき、航空写真を渡されてもその店にどうやって行けばいいかわかりませんよね? なぜなら、航空写真には余計な情報が多いからです。周囲のすべての建物の屋根の色など知る必要はありません(笑)。でも、目印になる建物や交差点の名前といった情報が適切に配置されている案内図ならわかりやすいはず。そういった案内図は、本当に大事なことが見える化できているということです。
本と比較してもいいかもしれません。どんなに素晴らしい内容が書かれていても、たくさんの文字がひたすら並ぶ本の場合、ひとめで大事な情報を見抜くことは難しい。でも、図であれば違ってきます。丸でくくってあるなどすれば、それが大事な情報だということがひとめでわかります。
加えて、「物事の関係性を理解できる」ということも図で考えることの大きなメリットです。世のなかのあらゆるものは、いろいろなものどうしの関係で成り立っています。現象や出来事であれば、その背後には要因や理由がある。そのような因果関係など物事の構造が、図で考えることによりわかりやすくなります。
図で考えないことは、「もったいない」
一方、図で考えることができないのは少し残念だと思います。私自身、言葉や文章をないがしろにしているわけではありませんが、極端な言い方をすれば、図で考えることをいっさいしないのは、「思考の半分を捨てている」ようにも感じるのです。
その理由は、人間の脳は「図で考えることに適している」と思うからです。人類が最初に発明した文字は象形文字でした。物の形をかたどって描かれた象形文字は、ある意味で図であると言えるでしょう。最初にできた文字が図なのですから、やはり人間の脳は、文字や文章だけで考えるよりも図で考えることに適していると言えるのではないでしょうか。つまり、図で考えないということは、本来的に脳に適している思考法を放棄していることになります。
先に案内図を例に挙げました。それは、「本当に大事なことを見える化できる」と同時に、「本当に大事なことを他者に伝えやすくなる」「本当に大事なことを他者と共有しやすくなる」ということでもある。そのことは、多くの人と関わりながら仕事を進める必要があるビジネスパーソンにとっては無視できない要素でしょう。でも、図で考える思考習慣がなければ、その大事な要素を放棄していることになります。
つまり、図で考えることをいっさいしないのは、ひとことで言えば「もったいない」ということになるのかもしれません。
「現状」から「あるべき姿」になる方法を図で考えてみる
私が提唱しているのは、そもそも「図で考える」ということですので、文字を使ってお伝えするのはちょっと難しいことではありますが、ここでひとつ具体例を示してみます。
この文章を読んでくれているほとんどのビジネスパーソンのみなさんには、自分自身のキャリアプランを考える、あるいはいまの仕事でなんらかの目標を達成したいということがあると思います。そのような、「現状」から「あるべき姿」を目指すときの例を挙げてみます。
(『武器としての図で考える習慣 「抽象化思考」のレッスン』(東洋経済新報社)より引用)
これは、「利益を上げたい」と考えている人のプランを図で考えた例です。この人は、「現状」の利益500万円から「あるべき姿」として利益900万円に上げたいと考えていました。そうするために必要な要素を思いつくままに書き出し、現実的であり、かつ優先順位が高いと思われることを図によって抜き出しました。その結果、コスト削減よりは売上増を目指す。そして、そのための方法としては、ブランド強化ではなく営業人員強化や事務作業の軽減を目下の目標としたわけです。
こうして図にすると、最初に述べた「本当に大事なことを見える化できる」ということがよくわかるかと思います。もちろん、課題はみなさんそれぞれに違っているでしょうから、ただこのとおりにやればいいというわけではありません。逆に言えば、このとおりにやる必要はないということですね。
図で考えることに必要なものは、紙とペン1本だけです。しかも、すばらしい絵を描く必要などありません。図で考えることは、いわゆる「習うより慣れろ」の世界ですから、「直面している課題を図で表現してみたらどうなるだろうか」と考えて、とにかく書いてみることが重要です。
図で考えるからこそ頭を効率的に使える
図で考えることに慣れていない人は、「ちょっと難しそうだな……」「頭がよくなければ図で考えられない」と思ってしまう場合もあるでしょう。でも、「頭がいい人は図で考える」とただ思い込んでいるだけかもしれません。
では、この件について図で考えてみましょう。「頭がいい人は図で考える」と思っている人の考えを図にしてみると、次のようになります。
こうして図にしてみると、図を眺めることによって思考を深めることができます。たとえば、図を眺めるうちに「この矢印の向きはこれでいいのだろうか?」と考えることもあるでしょう。だとすれば、もしかしたら本当はこうなのかもしれません。
私自身もこれが正解だと思います。「頭がいい人は図で考える」のではなく、「図で考えるからこそ頭を効率的に使える」ということなのです。頭の良し悪しがハードルになるわけではないのですから、難しく考えず、とにかく書いてみてほしいと思います。
【平井孝志先生 ほかのインタビュー記事はこちら】
思考を深めるには「たった1枚」図を書くだけでいい。全体像が見え、おのずと答えが導かれる
複雑な物事の本質を見抜ける「田の字」図がすごい。“2つの軸” で思考は一気に豊かになる
【プロフィール】
平井孝志(ひらい・たかし)
1965年生まれ、香川県出身。筑波大学大学院ビジネスサイエンス系国際経営プロフェッショナル専攻教授。東京大学教養学部卒業。同大学大学院理学系研究科修士課程修了。マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院MBA。早稲田大学より博士(学術)。ベイン・アンド・カンパニー、デル(法人マーケティング・ディレクター)、スターバックスコーヒージャパン(経営企画部門長)、ローランド・ベルガー(執行役員シニアパートナー)などを経て現職。コンサルタント時代には、電機、消費財、自動車など幅広いクライアントにおいて、全社戦略、事業戦略、新規事業開発の立案および実施を支援。現在は、経営戦略、ロジカル・シンキングなどの企業研修も手掛け、早稲田大学大学院経営管理研究科客員教授、株式会社キトー社外取締役、三井倉庫ホールディングス株式会社社外取締役も務める。主な著書に『本質思考』、『戦略力を高める』、『顧客力を高める』、『組織力を高める』(いずれも東洋経済新報社)がある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。