著書『武器としての図で考える習慣 「抽象化思考」のレッスン』(東洋経済新報社)において「図で考える」ことの有用性を説いているのは、筑波大学大学院教授の平井孝志(ひらい・たかし)先生。
平井先生が提唱している思考法のうち、「最も重要なふたつの要素で、物事の本質を切り取り、思考の整理をする」ことができるのが「田の字」思考というものです。平井先生によれば、「経営学の理論を理解するにも、夫婦喧嘩を避けることにも役立つ」そうなのですが、いったいどういうことなのでしょうか。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
仕事だけでなくさまざまな場面に応用可能
「田の字」の図とは、文字通り「田」の形をした図のことです。縦軸と横軸に設定する最も重要なふたつの要素で、物事の本質を切り取り、思考の整理をすることを得意としています。このことから、田の字の図は、仕事だけでなくさまざまな場面で役立ちます。では、例を挙げてみましょう。
ふたりで外食をしようとしている夫婦がいます。夫は「久しぶりの外食だし、ちょっと贅沢をしてステーキを食べたい」と言いますが、妻は「ステーキは重たいし、和食がいい」と反対。このままでは平行線です。夫婦喧嘩に発展してしまうかもしれません。そこで、田の字を使って解決策を考えてみましょう。
ステーキでなくても「肉を食べたい」というのが夫の本音で、和食でなくても「あっさりしたものを食べたい」というのが妻の本音だとします。すると、「肉/肉以外(たとえば魚)」「重たい/あっさり」というふたつの軸ができました。それを田の字にしてみると、下のような図になります。
(『武器としての図で考える習慣 「抽象化思考」のレッスン』(東洋経済新報社)より引用)
すると、「肉」と「あっさり」が交わる部分に解決策が見えてきませんか? たとえば、肉料理のなかでも比較的あっさりした豚のしゃぶしゃぶなら妻もOKしてくれるかもしれません。あるいは、ステーキ店でも妻が豆腐ハンバーグをチョイスするということもできるでしょう。こうして、田の字の図を使って見事に夫婦喧嘩を回避することができました。
経営学における理論も「田の字」で説明できる
この田の字の図による考え方は、経営学においても有用です。たとえば、技術を生かした会社経営をしたいという場合において、「技術を絞る/広げる」と「市場を絞る/広げる」というふたつの軸で考えてみましょう。
【「技術を生かした会社経営をしたい」とき、どれが正解?】
もしかしたら、「技術も市場も広げるほうがいい」と思った人もいるかもしれません。でも、経営学によればこれは危険な考え方でもあります。「事業を多角化している企業において、単体で各事業を営む場合と比較したとき、市場からの評価が低下して株価が下落している状況」を指す「コングロマリット・ディスカウント」と呼ばれる状況にあたるからです。
かといって、技術も市場も絞ったり、技術だけを広げて市場を絞ったりしても会社の発展は見込めません。一般的には、技術は絞るが市場は広げていくのが正解とされます。限られた技術を徹底的に使ってかつ市場を広げていくような戦略が、投資効率がよくなりリスクを減らせるということで、多くの企業を成功に導いているのです。
このように、田の字の図で表すことができる理論や価値のある考え方は、経営学においては数えきれないほど存在します。経営にあたって何が正しいのかを考えるにも有効ですし、日常の夫婦喧嘩を避けることにも役立つかもしれない(笑)。ビジネスパーソンにとって身につけておいて絶対に損はない思考法です。
「上下左右前後」から考え、適切なふたつの軸を設定する
ただ、田の字の図で思考するにあたって絶対に押さえておくべき重要なポイントがあります。それは、「ふたつの軸に何を設定するか」ということ。
先に、田の字の図は「最も重要なふたつの要素で、物事の本質を切り取り、思考の整理をする」ことを得意とすると述べました。「最も重要なふたつの要素」を外してしまうと、有益な思考をすることは難しくなるのです。
では、どうすればその重要なふたつの要素を決めることができるのでしょう。私が意識しているのは、「上下左右前後から考える」ということです。
ある会社が中途採用をしようとしているとします。ひとつの採用基準を「採用希望者が会社にとって役に立ちそうか/役に立ちそうにないか」としました。でも、それだけで判断するのは早計です。それこそ自社にとって役に立ちそうでとても優秀な人がいた場合、会社側がその人に見限られる可能性もあります。会社がその人にとって役に立ちそうにないというケースも考えられるのです。
だとしたら、ちょっと視点を変えて後ろというか裏側から考えてみる。たとえば、「採用希望者が会社にとって役に立ちそうか/役に立ちそうにないか」に対して、その裏側にあたる「会社は採用希望者にとって有益な仕事の機会を与えられるか/与えられないか」という軸ならどうでしょうか。「与えられない」ならその優秀な人にとって不幸であり、せっかく採用してもその人が長期的に勤めてくれなければ会社にとっても不幸です。そうすると、「会社にとって役に立ちそう」で「会社が採用希望者にとって有益な仕事の機会を与えられる」人がこのケースの正解となるでしょう。
人間はそんなに器用な生き物ではありません。「多角的に、多面的に考えてみましょう」と言われたところでなかなかそうはできないのです。だからこそ、「下からのぞいてみる」といったふうに物理的なイメージをもって視点を変えることが、重要なふたつの軸を設定するためには大切だと思います。
【平井孝志先生 ほかのインタビュー記事はこちら】
“頭のいい人” がもつ思考習慣の正体。図で考えない人は「思考の半分を捨てている」
思考を深めるには「たった1枚」図を書くだけでいい。全体像が見え、おのずと答えが導かれる
【プロフィール】
平井孝志(ひらい・たかし)
1965年生まれ、香川県出身。筑波大学大学院ビジネスサイエンス系国際経営プロフェッショナル専攻教授。東京大学教養学部卒業。同大学大学院理学系研究科修士課程修了。マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院MBA。早稲田大学より博士(学術)。ベイン・アンド・カンパニー、デル(法人マーケティング・ディレクター)、スターバックスコーヒージャパン(経営企画部門長)、ローランド・ベルガー(執行役員シニアパートナー)などを経て現職。コンサルタント時代には、電機、消費財、自動車など幅広いクライアントにおいて、全社戦略、事業戦略、新規事業開発の立案および実施を支援。現在は、経営戦略、ロジカル・シンキングなどの企業研修も手掛け、早稲田大学大学院経営管理研究科客員教授、株式会社キトー社外取締役、三井倉庫ホールディングス株式会社社外取締役も務める。主な著書に『本質思考』、『戦略力を高める』、『顧客力を高める』、『組織力を高める』(いずれも東洋経済新報社)がある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。