「劣等感」は、誰の心にも起こる自然な感情です。自分の容姿が嫌い、運動が苦手、勉強ができない、コミュニケーションが下手、仕事でなかなか成果が出ない……。人それぞれ、何かしらの悩みを持っているかと思います。
しかし、悩みを持っているのは、仕事で成功し大きな成果をあげている人たちでも同じです。何でも完璧にこなせる人はめったにいません。誰もが大なり小なりの劣等感を持ち、過去には挫折の苦しみを味わっています。
ならば、「劣等感をバネにできる人」と「腐ってダメになる人」との差は、いったい何なのでしょうか。結論をいうと「劣等感をどう解釈し利用するか」という思考法の違いにほかなりません。
本記事では、今やテレビで見ない日はない人気芸人・山里亮太さんの実践していた方法を参考に、劣等感に対してどう向き合い、どう乗り越えていくべきかを解説します。
劣等感のかたまりだった山里亮太氏
いつも明るく、人気者のイメージがある山里さん。しかし人一倍、劣等感を抱きやすい性格であることを自認しています。
特に、まだブレイクしていなかった若手時代には、劣等感が生む苦しみはすさまじいものだったのだそう。著書『天才はあきらめた』には、当時抱えていた悩みの具体例がいくつも記されています。例えば、以下のようなものです。
モテないコンプレックス
10代の山里さんが芸人を志したのは、そもそも「異性にモテたい」という動機からでした。モテたいという思いが強すぎるあまり、街中のカップルを見つけてはこっそりデートを邪魔したり、カッコいいエピソードを得るためだけに単身イタリアへ行ってみたり、かなり迷走していた……と、山里さんは振り返っています。
凡才コンプレックス
同時に、当時の山里さんは「何者かになりたい」という漠然とした思いも抱いていました。しかし、何になりたいのか、どう動けばいいのかまるでわからず、「これぞ」という自分の強みも見当たらない。展望も強みもない自分の「凡才さ」に嫌気が差していたそうです。
キングコング・コンプレックス
芸能事務所・吉本興行の養成所(NSC)に入学したあとも、劣等感の種は増えます。同期のお笑いコンビ「キングコング」の台頭です。キングコングは、まだ養成所に在学中という身でありながら、プロのコンテストで最優秀賞を受賞するという快挙を成し遂げました。たとえるなら、新卒で同期入社した同僚がすぐに才能を発揮し、1年目でいきなり課長に昇進したようなもの。山里さんがどれだけキングコングに嫉妬したか、想像に難くないでしょう。
ほかにも、山里さんはことあるごとに劣等感に襲われ、「自分は芸人に向いていないのではないか?」「芸人を辞めるべきなのではないか?」と考えることも多かったのだそう。では、山里さんはいったいどうやって自分を鼓舞し、努力を続けることができたのでしょうか?
1. 積極的に「嫉妬」する
「劣等感は最高のガソリン」というのは、山里さんの著書『天才はあきらめた』を貫くメインテーマです。
嫉妬の炎にガンガン薪をくべる。一番調子乗ってることを言ってる奴をぶっ倒すためには、どの努力をしなくちゃいけないかを考える。イライラを使って、とりあえずムカついてるときにやることをたくさん決める。そしてそれをメモに取る。(中略)そうすれば勝てるし、ムカつく奴も僕の餌になってくれたということで怒りが収まる。僕の中のクズとの最高の付き合い方だった。
(引用元:山里亮太(2018),『天才はあきらめた』, 朝日新聞出版. ※太字は筆者が施した)
劣等感を感じたときや嫌な目に遭ったとき、山里さんは「『ムカつく奴』を見返すためにはどうするべきか」考え、ノートに書き留めることを習慣にしていました。考えをノートに書き出す習慣によって、自分のモチベーションを高めることができたばかりか、イライラの感情を収めることもできたそうです。
臨床心理学者の和田秀樹氏によると、嫉妬には「エンビー型」と「ジェラシー型」の2種類があるのだそう。たとえば、「仕事がバリバリできる同僚のA君に嫉妬する」というシチュエーションを考えましょう。「A君なんかいなくなればいいのに」と非生産的でネガティブな感情を抱いたら、「エンビー型嫉妬」ということです。エンビー型嫉妬は、ただ他人の不幸を望むばかりで、何ひとつプラスをもたらしません。
一方、ジェラシー型嫉妬は「A君に勝てるようもっと努力をしよう」という生産的でポジティブな感情です。ジェラシー型嫉妬は、自分のスキルを磨いたり、モチベーションを高めたりすることにつながっていきます。山里さんの「嫌だったことメモ」は、エンビー型に陥りそうな嫉妬心を客観視し、ジェラシー型に変換する機能を果たしていたといえますね。
では、「嫌だったことメモ」の手法を取り入れるには、どのようなメモの取り方をすればいいのでしょうか。人材育成の支援を行なう株式会社Bodytune-Partners代表取締役社長・阿部 George 雅行さんが薦める方法をご紹介します。阿部さんによれば、ストレスを感じたときに書き出すべきことは、以下の3点です。
1. ストレスに対し、自分がどう感じているかを書く
まずは、ストレスを受けたときの自分の状態を細かく書いてみましょう。感情はもちろん、心拍や緊張などの身体の状態まで、細かく記すことがポイントです。
【例】
ムカムカとした気分。心拍は小刻みになっている。頭は熱く、どんよりとしている。
2. ストレスの原因を書く
次は、どんな出来事が原因でストレスを感じたのか、具体的に書き出しましょう。エピソードだけでなく、「なぜその出来事がストレスになったのか」を詳しく分析し言語化することで、よりストレスを軽減することができます。
【例】
同僚のB君に「お前は仕事ができない」とバカにされた。一方的にマウンティングされ、虚栄心を満たすためのダシに使われた感じがしたのが嫌だった。
3.ストレスを回避、解決する方法を書く
最後に、どうすればストレスを解消することができるか考えましょう。阿部さんは「コーヒーを飲む」「大声で歌う」など直接的な解消方法を挙げていますが、山里さんのように、今後の目標や作業などにつなげるのもいいでしょう。
【例】
- カラオケに行って大声で歌う
- 先に昇進して、マウンティングしてきた同僚を見返す(※目標化)
- 昇進のために、今日中に企画を5本考える(※作業化)
2.張りぼての自信をつくる
しかし、嫉妬心という原動力だけでは、劣等感をうまくパワーに変換できないかもしれません。なぜならば、「努力して○○君に勝とう!」と闘志を燃やしたところで、努力を成し遂げられるはずという「自信」がなければ、すぐに心が折れてしまうから。つまり、嫉妬という負のモチベーションには、「自信」という正のモチベーションの支えが不可欠なのです。
自信の根拠となる実績が何もない場合はどうすればよいのでしょうか。芸人を目指しはじめた頃の山里さんにも、もちろん実績は何もありませんでした。漫才のネタをつくるどころか、まともに舞台に立ったこともなく、母親からは「お前でそんなに笑ったことがない」と辛辣なことを言われてしまう始末です。
そこで、山里さんが注力したのは、とにかく「張りぼての自信」をつくることでした。
どんな些細なことでも、小さい自信を張り付けていく。それを繰り返していくと、結構立派な張りぼてが作られていった。「張りぼての自信」の完成。(中略)自分の行動をしっかり目的に結び付けて、褒めてあげる。この小さな繰り返しは大きな自信になった。
(引用元:同上 ※太字は筆者が施した)
ちょっと人に褒められたり、何か小さなことを達成したりしたとき、山里さんは小さな成果を最大限に「拡大解釈」し、自信の材料として活用したのです。
クラスの友達が「山里君って “時々” おもしろいよね」と言ってくれた
→「俺ってそんなにおもしろいんだ!」
壁のシミの形を見て、何か5個アイデアを考えるまでトイレを出ないことにする
→「こんなときまで努力している俺、えらい!」
少しポジティブすぎる気もしますが、何も実績がない段階では、無理矢理にでも自信の材料をでっち上げるくらいでいいのかもしれません。山里さんは「拡大解釈」によって “貯金” した自信を、つい努力を怠りそうになったときや、壁にぶつかったときなどに引き出して、やる気を回復するのに役立てていたのだそうです。
「根拠はないけれど、何だかできる気がする!」という自信を、心理学では「自己効力感」といいます。社会人向け学校「ポジティブサイコロジースクール」代表の久世浩司さんによると、自己効力感を高める手っ取り早い方法は、何でもいいので小さな成功(直接的達成体験)を積み重ねることなのだそうです。
山里さんは、身の回りの小さな成功体験を積極的に見つけ出し、記憶しておくことによって、効率的に自己効力感を高めていたといえるでしょう。
私たちも実践できる方法として、深谷レジリエンス研究所設立者・深谷純子さんの「良いこと日記」という習慣があります。やり方は簡単で、1日につき3つ「その日起きた良いこと」を書き出すだけ。
深谷さんによると、人は悪い出来事を忘れにくい一方、よいことは忘れやすいという性質を持っているそう。よい出来事を記憶・再発見するためには、あえて書き出すという作業を行うことが不可欠なのです。
- 今日、会議で部長に「資料が見やすい」と褒められた。
- いつも行くうどん屋で、店主に初めて話しかけてもらった。
- この土日は、珍しく本を1冊読めた。
自分の目標につながるような「よいこと」が発見できれば、なお効果的でしょう。自信を持てないときには、まずは上記のようにごく小さな成功体験を集め、「張りぼての自信」をつくり上げる努力から始めてみてはいかがでしょうか。
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「嫉妬をガソリンに変える」「張りぼての自信」。山里亮太さんが実践していた2つのモチベーション向上術をご紹介しました。劣等感に悩まされて前に進めない……という方はぜひ試してみてください。
(参考)
山里亮太(2018),『天才はあきらめた』, 朝日新聞出版.
B-plus|心理学で仕事に強くなる vol.3 後輩に嫉妬を感じてしまうとき
東洋経済オンライン|「ストレスに弱い人」に教えたい3つの対処法
ダイヤモンド・オンライン|まずは「小さな成功」により自信を積み重ねよう
ダイヤモンド・オンライン|失敗や挫折からすぐに立ち直る技は、自分で磨ける!
【ライタープロフィール】
佐藤舜
大学で哲学を専攻し、人文科学系の読書経験が豊富。特に心理学や脳科学分野での執筆を得意としており、200本以上の執筆実績をもつ。幅広いリサーチ経験から記憶術・文章術のノウハウを獲得。「読者の知的好奇心を刺激できるライター」をモットーに、教養を広げるよう努めている。