いま、ビジネスの場で注目度が高まっている思考法が、「アート思考」です。
著書『仕事に生かすアート思考』(日経BP)を上梓した株式会社BODAI代表取締役の町田裕治(まちだ・ゆうじ)さんによると、アート思考とは「自分が大事にしている『自分軸』を中心に創造的なアイデアを生み出すこと」だそう。そのためには「『論理性』『感性』の双方が欠かせない」と言います。
それはいったいどういうことなのか——アート思考の実践例を交えながら解説してもらいました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
「論理性」だけでも「感性」だけでも、いい発想は生まれない
「アート思考」をするためには、「論理性」「感性」のどちらも必要です。
たとえば新規事業をつくるときには、もちろん論理性だけでつくることもできます。しかし、そうして生まれた事業案は、大きな発想の転換とか新しい時代を切り開くレベル感のものにはなりにくいのです。
なぜなら、論理性だけで考えると誰もが納得できるものにしなければならず、発想がどんどん小さくなってしまうからです。結果、その事業案は過去のものや競合他社のものとあまり変わらなくなるでしょう。
一方で、感性だけで考えるのもよくありません。感性だけによる発想は、「おもしろいけれど、実現可能性が低くて誰も納得しない」ものになりがちです。そのため、社内の役員会など意思決定会議を突破することは難しいかもしれません。
何か企画を提案するときに、上司や役員から「発想はおもしろいんだけどなあ……」とは言われるものの、結果的に提案を却下されることが多い人がいるなら、もしかしたらあなたには論理性が少し足りていないのかもしれません。
「論理性」だらけの金融業界に「感性」をもち込んだ
ここで、アート思考の実践例を紹介しましょう。私がビジネスコンサルタントとして関わっている企業の案件については守秘義務もあって詳しくは紹介できませんが、概要というかたちでお伝えします。
その企業は、金融会社です。最重要視するのは数字などのデータであり、つまりその組織や商品、サービスも、まさに論理性の塊と言ってもいいものです。でも私は、これまで極めて論理的につくり込まれてきた金融商品において、論理性だけではなく感性の観点から「感情価値」を取り入れたらどうかと考え、ビジネスモデルのつくり込みをお手伝いしました。
金融業界からすれば、まさに異例の商品です。でも、だからこそ唯一無二になれます。その結果、そのビジネスモデルはその会社の役員会を突破するとともに、新たな事業としてグローバルに挑戦し始めています。
これは、完全に論理性に偏っていた業界、商品に、感性を取り入れることで好結果を生んだ例です。私は、このようなアート思考の実践を、「論理性と感性のあいだを行き来する」と表現しています。
ここで大事なことは、論理性と感性に加えて「自分軸」を入れ(『仕事に生かす「アート思考」の基本と最初の一歩。まずは “自分軸” を見つけよう』参照)、全体で見ると論理性(実現可能性)・感性(創造性)・自分軸の3つがあること。メンバーの方が強い自分の思いをもち、役員会を突破すべく、情熱、執念をもって実現可能性を上げたこと。これがなければ挑戦の切符は手に入らなかったでしょう。
「データを感性で見る」とはどういうことか?
先に述べた「論理性と感性のあいだを行き来する」ことは、データを分析するときにも使えるものです。つまり、「データを感性で見る」ことができるのです。ただ、これはどんなデータにも使えるものではない点には注意が必要です。
データとは、基本的には論理的なものです。たとえば、いわゆるIoT(Internet of Things)家電などからメーカーが収集するデータは、最初から収集するべき目的があり、その目的に沿うかたちで設計されて収集されますから、感性が入り込む余地はほとんどありません。
ただ、「アンケート」の場合は話が違ってきます。もちろん通常のアンケートは、事前にしっかりとつくり上げた仮説を証明するために対象や質問を限定して行なわれるものが多く、先のIoTの例と大きくは変わりません。
でも、アンケートは必ずしもそういうものばかりではない。「なんだかよくわからないから広くいろいろな人にいろいろなことを聞いてみよう」というものもあります。そういうアンケートの場合なら、「データを感性で見る」手法によって新たな発想を生むことが可能なのです。
その例を示しましょう。以下は、あるイベントで消費者に対して「食に求めること」を聞いたアンケート結果です。
【消費者が食に求めること】
新たな発想の源泉となりえる「ロングテール」に注目
みなさんが食品メーカーの新商品開発担当や飲食店の経営者だったとして、このデータをどう分析しますか? 普通なら、アンケートで上位となった回答を重視するでしょう。「リラックスしたい」「健康でありたい」「楽しみたい」「エネルギーチャージしたい」「リセット・気分転換したい」といった上位の回答から見えてくるのは、食の「機能価値」です。
でも、その分析結果に従って商品を開発したところで、その新商品は売れるでしょうか? 私は、売れるとは限らないと思います。このように多くの人が求める商品は、すでにたくさん市場に出回っているものだからです。
このケースで注目すべきは、アンケート結果の中位から下位の部分です。専門的には、長いしっぽのようだとして「ロングテール」と呼ばれます。そのなかには、たとえば「生きがいを感じたい」「感謝を表したい」「懐かしい気持ちを楽しみたい」といった回答だけを見ると、とても食に対して求めていることとは思えないものも多く含まれます。
しかしこれらの回答は、大多数ではなくとも、それに次ぐ多くの人が食に求めていることです。だからこそ、これらをベースとした発想により、これまでになかった商品を開発したり新たなスタイルの飲食店を生んだりできるでしょう。
本来は論理的なものであるデータも、場合によっては感性をもって見ることもできますし、その結果として斬新なアイデアを生むことにもつながるのです。
【町田裕治さん ほかのインタビュー記事はこちら】
仕事に生かす「アート思考」の基本と最初の一歩。まずは “自分軸” を見つけよう
創造したいときに効果的なフレーズとは? アート思考につながる「発想のタネ」
【プロフィール】
町田裕治(まちだ・ゆうじ)
大阪府出身。株式会社BODAI代表取締役、大学院大学至善館准教授。京都大学法学部卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。ハイテク、通信業界、都市開発などを中心に新事業提案、業務改善などのコンサルティングを行ない、並行して面接や研修、業務評価の枠組み作成など人事的な業務に14年に渡り携わる。次席共同経営者を務めた後、リムネット、ユニゾン・キャピタルなどを経て、株式会社BODAIを起業。企業再生・組織変革コンサルティング、業務改善、新規事業・IoT/AI事業コンサルティングを行なうと同時に、画家としてニューヨークで個展を開くなどアーティストとしても活動。著書に『仕事に生かすアート思考』(日経BP)がある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。