ビジネスシーンには、時代の変化につれてトレンドとなる思考法が現れます。いま、そしてこれからの時代に求められる思考法のひとつと言われるのが「アート思考」です。
著書『仕事に生かすアート思考』(日経BP)を上梓した株式会社BODAI代表取締役の町田裕治(まちだ・ゆうじ)さんは、アート思考とは「自分が大事にしている『自分軸』を中心に創造的なアイデアを生み出すこと」だと定義づけます。そして、このアート思考をビジネスの現場でより実践的にするためのものが、「発想のタネ」だそう。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
「発想のタネ」とは、いい発想を得やすくする「考え方の持ち札」
私が言う「発想のタネ」とは、考えるうえでの自分の持ち札のようなものです。新たな創造をするとき、うなりながらただ悶々と考えたところでいい発想が浮かぶかというと、その可能性は低いかもしれません。
そうではなく、さまざまな考え方の持ち札をもっていれば、それらを考えるべきことに当てはめるといい発想が浮かびやすくなります。以下が、発想のタネの例です。
【「発想のタネ」の例】
これらは、私がアートとビジネスの両方から引き出したものです。過去に目にしたアート作品、あるいは商品やサービスを私なりに分析し、「これはこういう発想法から生まれたものだろう」と、発想のタネを抽出したわけです。
先に挙げた発想のタネから、いくつか代表的なものを解説しましょう。まずは「つなぐ」について。これは、あるものとあるものをつなぐことで新たな発想を得る手法です。経営学でよく引用される経済学者のシュンペーターは、「創造性とは、これまであったものを組み合わせたものに過ぎない」とも言っています。
しかし、似通ったものどうしをつないでも、いい発想が生まれる可能性は高くありません。より創造的な発想を得ようとするなら、まったく違うものをつなぐことがポイントです。たとえば、ずいぶん過去の話ですが、鉄道に食堂(車)をつなげることで、より遠くまで行けるようになったり新しい旅行コースができたり、あるいは旅の体験価値が変わったりしたわけです。
機能を「絞る」ことで生まれた「ウォークマン」
それから「絞る」も、比較的使い勝手のいい発想のタネです。これは、あるものを成り立たせているたくさんの価値のうち、いくつかの価値に絞り込むことでその価値を先鋭化させる手法です。
日本の家電製品には、多機能をうたうものがとても多くあります。しかし、消費者が本当に多機能を求めていてその機能を使いこなせているかというと、疑問が残ります。ある機能に絞り込んだほうが、消費者のニーズにきっちりと応えられ、かつ価格を抑えた製品となる可能性も低くないはずです。
こちらも昔の話ですが、ソニーの「ウォークマン」はまさにこの発想から生まれました。テープレコーダーから録音機能をなくして再生機能だけに絞ったものがウォークマンです。開発当時はソニー社内からも「絶対に売れない」と反発する声が多かったようですが、いざ発売したら大ヒット。その後の音楽を楽しむスタイルを大きく変えた事実は言うまでもないでしょう。
では発想のタネを使って、新しいアイデアを出すエクササイズを見てみましょう。まずは既存製品の機能や特徴をいくつかに分割し、そこに発想のタネを入れ、それぞれを違うアイデアに変えてみます。
違ったプロダクトや同じプロダクトでも分割や発想のタネの入れ方を変えて何度もやってみることで、だんだん分割や発想のタネの使い方に慣れていき、違った視点で見られるようになるでしょう。頭を柔らかく、さまざまな視点をもつきっかけの練習として、日常品でもかまいませんのでトライしてみましょう。たとえばテレビで考えてみた場合、まず構成要素に分割します。
すると「土台(で固定されている)+画面+スピーカー+リモコン+ネット上の番組欄」と5つに分けられました。では、最初の「土台」を起点に考えてみましょう。「土台で固定されている」に発想のタネ「逆転する」を取り入れて変えてみます。すると、この場合は「固定」を逆転するので「固定しない、動く」となり、テレビ全体が宙に浮いていて動いて「さまよう」になりました。
ほかの構成要素も同様に行なってみると、さまざまなキーワードやアイデアが出てくるはずです。これはこれで練習として終わってもいいのですが、それらを眺めているとふと何かがつながったり、それらから新たな発想が生まれてきたりするかもしれません。
「発想のタネ」を使えば必ずいい発想が生まれるわけではない
このように発想のタネを知ると、じつは世のなかにあるほとんどすべてのものの着想は、いずれかの発想のタネによって説明することができます。
もちろん、これは「あとづけ」に過ぎません。ですが、あとづけではあっても発想のタネでその着想を説明できることは事実です。そう考えれば、何かを創造する場において、発想のタネが有用であることはおわかりいただけるでしょう。
ただ、注意していただきたいのは、発想のタネを使えば必ずいい発想が得られるわけではないこと。当然ながら、たとえ「発想のタネ」を使ったところで生まれた発想が平凡なものであることも多々あります。
そういった平凡な発想で満足してしまわないよう、ある言葉を「口癖」にすることをおすすめします。その言葉とは、「これでは普通だな」です。本当の意味で創造的で斬新な発想は、そう簡単に生まれるものではありません。
発想のタネを使ってなんらかの発想が出てきたなら、「本当にいい発想だろうか?」と自分自身で考えてみてください。すると、「これでは普通だな」と思うことがほとんどのはずです。そう思えたなら、「もう一歩先」を目指す。それを繰り返すことで、体験体感が増え、いずれは本当に創造的で斬新な発想にたどり着く確率が高くなると思います。
【町田裕治さん ほかのインタビュー記事はこちら】
仕事に生かす「アート思考」の基本と最初の一歩。まずは “自分軸” を見つけよう
「論理性と感性のあいだを行き来する」ビジネスにおけるアート思考の実践例
【プロフィール】
町田裕治(まちだ・ゆうじ)
大阪府出身。株式会社BODAI代表取締役、大学院大学至善館准教授。京都大学法学部卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。ハイテク、通信業界、都市開発などを中心に新事業提案、業務改善などのコンサルティングを行ない、並行して面接や研修、業務評価の枠組み作成など人事的な業務に14年に渡り携わる。次席共同経営者を務めた後、リムネット、ユニゾン・キャピタルなどを経て、株式会社BODAIを起業。企業再生・組織変革コンサルティング、業務改善、新規事業・IoT/AI事業コンサルティングを行なうと同時に、画家としてニューヨークで個展を開くなどアーティストとしても活動。著書に『仕事に生かすアート思考』(日経BP)がある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。