どんな職種に就いている人であれ、「100案出す」意識をもつことで成果を挙げられて仕事における充実度も増す——。そう説くのは、広告業界で数々の受賞歴を誇る気鋭のコピーライター・橋口幸生(はしぐち・ゆきお)さんです(『デキる人が「100案」出す理由。つまらない案すら出せない人に、最高のアイデアは出せない』参照)。
しかし、「100案なんて出せそうにない……」なんて思う人もいるかもしれません。「100案出せる人」と「3、4案で頭が固まってしまう人」のあいだには、どんな違いがあるのでしょうか。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹
アイデア出しに「いいアイデア」は必要ない
「3、4案で頭が固まってしまう人」は、その多くがアイデアについていくつかの思い込みをもっています。そのひとつが、「いいアイデアを出さなければならない」というものです。
上司から「アイデアを出してください」と言われたとします。その「アイデア」という言葉にはなんの修飾語もついていませんが、多くの人が「『いいアイデア』を出してください」と勝手に変換・解釈し、「名案を出さなければ……」と考えるために3、4案で頭が固まってしまうのです。
重要なことは、アイデアの質ではなく量です。なぜなら、たくさんのアイデアを出せば、そのなかにはチーム内で議論のたたき台になったり、メンバーの発想を広げるきっかけになったりするものも含まれる可能性が高いからです。そのブラッシュアップの結果として、チーム全体でいいアイデアをつくり上げることもできるでしょう。一定の数のアイデアがなければ、こうした広がりが生まれることはほとんどありません。
本当の意味で「斬新なアイデア」はほとんど生まれない
また、「3、4案で頭が固まってしまう人」には、「斬新でオリジナリティーのあるアイデアを出さなければならない」という思い込みもあります。
でも、世のなかで斬新でオリジナリティーがあるとされているものも、多くはそうではありません。たとえば、革命的だと言われるiPhoneだって、見方を変えれば電話や音楽プレーヤー、カメラなど、それまでにもあったものをただ組み合わせたに過ぎません。
こういった例はほかにもたくさんあります。ルンバなら火星探査ロボットと掃除機、映画『スター・ウォーズ』なら神話とSF、広告の世界であればauの「三太郎」シリーズは昔話とコントの組み合わせです。見方によっては、これらはいずれもまったく新しいものではないのです。
これまでに長い歴史を経た現代社会において、本当の意味で「斬新でオリジナリティーのあるアイデア」を生み出せることはほとんどないと言っていいでしょう。そうではなく、「あれとこれを組み合わせたらどうなるだろう?」「あれにこれの要素を加えたらどうなるだろう?」「どうすればこれをよりよいものにできるだろう?」というふうに、既存のものを活かした発想が多くのアイデアを生んでくれます。
アイデアは「自分のなか」ではなく「自分の外」にある
そして、「3、4案で頭が固まってしまう人」にある思い込みのなかで、私が最大のものだと考えるのが、「アイデアは自分のなかにある」というものです。
先の例にも通じることですが、iPhoneを構成する要素である電話も音楽プレーヤーもカメラも、すべては自分の外にあるものです。極端な例ですが、電話も音楽プレーヤーもカメラも知らない人が、iPhoneのアイデアを生むことができるかと言えば、絶対に無理でしょう。
だからこそ、自分の外にあるものを自分にインプットすることが大切です。そのインプットとは、本を読むことでも映画やテレビ番組を観ることでも、あるいは人と話すことでもいいでしょう。とにかく、外にあるものを数多くインプットすることが最重要です。
アイデアを「考える」というと、腕を組んで眉間にしわを寄せ、それこそ「自分のなかからひねくり出す」ようなイメージをもつ人もいるかもしれませんが、考えるために必要な要素を自分のなかにもたない人が考えられるわけもありません。たくさんのアイデアを生むためには、それだけたくさんの外にあるものをインプットする必要があるのです。
とにかく「書き出す」ことでアイデアは生まれる
また、いま挙げた「考える」姿勢に関する話にも通じることですが、たくさんのアイデアを生むには、「紙に書き出す」ことも忘れてはいけないポイントです。私はたまに、アイデア教室の講師のようなこともしているのですが、そういう場で「3、4案で頭が固まってしまう人」の多くは腕を組んで眉間にしわを寄せて考えます。
一方、「100案出せる人」の場合は、付箋やノート、スマートフォンのメモアプリなどに思いついたことをとにかくガンガン書き出します。なぜこの行為が多くのアイデアを生むことにつながるかと言うと、アウトプットしたものを自分の目で見てインプットするというサイクルによって新たな考えが生まれるからです。
あるいは、文字というかたちにすることで自分の思考が明確になり、その後の思考に深さや広さが生まれることもあるでしょう。みなさんも、なんらかの文章を書かなければならない場面で、最初は「何を書けばいいのか……」と悩んでいたのに、なんでもいいからとにかく書き始めると、それまで自分で気づかなかった書くべきことが見えてきた経験があると思います。自分の思考が明確になった結果です。
この思い込みについては、ロダンの「考える人」の銅像がよくない影響を与えているのかもしれませんね。あの銅像によって、「考える」とは難しい顔をして自分のなかからひねくり出そうとすることだという先入観を多くの人がもっている可能性もあります。もし、「考える人」が紙とペンを持っていたら、世のなかにはいまよりもっといいアイデアがどんどん生まれていたのかもしれません(笑)。
【橋口幸生さん ほかのインタビュー記事はこちら】
デキる人が「100案」出す理由。つまらない案すら出せない人に、最高のアイデアは出せない
受賞歴多数の一流アイデアパーソンが「ごちゃごちゃなメモ」にこだわる納得の理由
【プロフィール】
橋口幸生(はしぐち・ゆきお)
株式会社電通CXクリエーティブ・センター コピーライター/クリエイティブ・ディレクター。TCC会員。ギャラクシー賞、グッドデザイン賞、朝日広告賞、毎日広告デザイン賞、ACC賞など受賞多数。近年の代表作は「ガーナチョコレート」「スカパー!堺議員シリーズ」「出前館」「鬼平犯科帳25周年記念ポスター」など。著書に『言葉ダイエット』(宣伝会議)、『100万回シェアされるコピー』(誠文堂新光社)がある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。