広告業界において数々の受賞歴を誇るコピーライターであり、著書『100案思考 「書けない」「思いつかない」「通らない」がなくなる』(マガジンハウス)を上梓したのが橋口幸生(はしぐち・ゆきお)さん。職種を問わず「100案出す」ことが仕事で成果を挙げることにつながり、そのためにも「インプット」を重視すべきだと説く橋口さんに、具体的なインプット法を解説してもらいました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹
日常のあらゆる行為をインプットだととらえる
私の持論のひとつが、「アイデアは『自分のなか』ではなく『自分の外』にある」というものです。自分のなかに考えるための要素をいっさいもたない人が、考えることなどできません。だからこそ、自分の外にあるものを数多くインプットすることが、よいアイデアを生むための第一歩となります。
しかし、「インプット」と言うと、多くの人が本を読んだり映画を観たりセミナーに出たりするようなことだと考えがちです。もちろん、それらに意味がないわけではありません。時間が許す人であれば、できるだけ多くの本を読むに越したことはないでしょう。
私が言いたいのは、インプットとはそういった行為に限らないということ。私からすれば、たとえばどうしても反りが合わない上司と激論を交わしたとか、パートナーとけんかをしたことだって立派なインプットです。
ただぼんやりと過ごすようなことと比べれば、自分の考えを相手にぶつけ、逆に相手からぶつけられた考えを自分のなかに取り込み、それについて思考するのですから、これは間違いなくインプットと言っていいでしょう。むしろ、会ったこともない他人が書いた本を読むことなどより、よほど意味のあるインプットとして自分のために活かせるかもしれません。
実際、過去に私が担当した仕事のなかには、おもしろいと思った友人の発言をそのまま広告のコピーにしたというものもあります(笑)。ビジネスパーソンの多くは時間に追われているのですから、このように「日常のあらゆる行為をインプットととらえる」ことが重要です。
無駄だと感じるつまらない会議に出席しなければならない場合も、ただ「つまらないな……」なんて思って無駄な時間を送るのではなく、「この会議のなかで何かひとつはおもしろいことを見つけてやろう!」という意識をもって臨んだり、「どうしてこの会議はこんなにつまらないのだろう?」「どうすればこの会議をおもしろくできるだろう?」なんて考えてみたりするのです。
アイデアは、どんなインプットがどこでどのようにつながって生まれるかわかりません。こういった日常のなかのインプットが、大きなアイデアにつながる可能性も大いにあるのです。
メモするという行為のハードルをできるだけ下げる
インプットという意味で私が日常的に使っているのが「メモ」です。具体的にはiPhoneのメモアプリを使ってメモしています。それも何か特別な機能のあるアプリではなく、プリインストールされているシンプルなアプリです。
やっていることと言えば、「1、2、3」とナンバリングだけして、カテゴリーを分けることなどなく、思いついたことやおもしろいと感じたことなどをとにかくそこに書き込んでいくだけ。それらを整理しようだとか、タグづけしてあとから引き出せるようにしようといったこともしません。
もちろん、整理したりタグづけしたりできる人なら、そうしたほうが便利にメモを使えるでしょう。私がなぜそうしないかと言うと、ただ私が面倒くさがりだからです……(苦笑)。
もちろん、これには意図もあります。その意図とは、「メモすることのハードルを下げる」ということ。「面倒だな……」と感じてしまっては、メモすべきときにメモをしないなんてことになりかねません。重要なのはとにかくメモをすることなのですから、自分にとってメモをする行為のハードルは低ければ低いほどいいのです。
メモとは、「ストックではなく、常に流れていくフロー」のもの
メモする内容は、先にもお伝えしたように、思いついたことやおもしろいと感じたことです。私は、メモは「ストックではなく、常に流れていくフローのものだ」と思っています。大昔にメモしたものをいつでも使えるように保存しておくことなどは、少なくとも私にはできません。
それに、先に「どんなインプットがどこでどのようにつながって生まれるかわからない」と述べましたが、たとえ大昔にメモした内容であっても、その場の思考と関連づいていて必要なことであれば、自然と意識にのぼってくるものだと私は考えています。
それよりも重要なことは、「いまこの瞬間に新鮮でおもしろいと感じること」の記憶が常に手元にあるようにし、それらをアイデアに活かせるようにしておくこと。なぜなら、「いまこの瞬間に新鮮でおもしろいと感じること」もまた、常に流れていくフローのものだからです。むしろ、だからこそメモもフローのものだと言えるでしょう。
みなさんにも、「半月前にメモをしたときにはおもしろいと感じたことも、いざ企画にまとめようとしたときには『どうしてこんなことをおもしろいと思ったのだろう……』と感じた」といった経験があるはずです。それこそ、「いまこの瞬間に新鮮でおもしろいと感じること」が常に流れているということの証です。
時代の流れの速度がどんどん上がっていると言われるいま、あるいはこれからの時代に多くのアイデアを生むためには、メモを「フローのもの」だととらえ、どんどん更新していく姿勢こそが重要なのではないでしょうか。
【橋口幸生さん ほかのインタビュー記事はこちら】
デキる人が「100案」出す理由。つまらない案すら出せない人に、最高のアイデアは出せない
「100案出せる人」がしていて「3、4案で頭が固まってしまう人」がしていない4つのこと
【プロフィール】
橋口幸生(はしぐち・ゆきお)
株式会社電通CXクリエーティブ・センター コピーライター/クリエイティブ・ディレクター。TCC会員。ギャラクシー賞、グッドデザイン賞、朝日広告賞、毎日広告デザイン賞、ACC賞など受賞多数。近年の代表作は「ガーナチョコレート」「スカパー!堺議員シリーズ」「出前館」「鬼平犯科帳25周年記念ポスター」など。著書に『言葉ダイエット』(宣伝会議)、『100万回シェアされるコピー』(誠文堂新光社)がある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。