好かれも嫌われもしない「水」になりたいか——経営コンサルタントの現場でつかんだ「嫌われる」の扱い方

好かれも嫌われもしない「水」になりたいか(和田博信さんインタビュー)

「和田さんって、嫌われても平気な人なんですね」

これまで、周囲からそう言われることが何度もあった、と和田博信さんは言います。和田さんは、二十数年にわたって企業の経営の現場に入り続けてきたコンサルタント。数字と論理を武器に、組織の人間関係や経営者の意思決定にまで深く踏み込んでも動じない。だからメンタルが強いのだろう、と。

その和田さんが、嫌われることをテーマにした一冊『いつも機嫌のいい人が考えていること』を上梓しました。「嫌われることを過剰に恐れるな」と説く本人なのだから、さぞ強靭な人物なのだろう——そう思い描いて取材に臨むと、返ってきたのは、まったく逆の言葉でした。

「いや、メンタルが強いわけじゃないんです。嫌われることも当然あるよね、という前提のなかで、じゃあどう組み立てていくのがいいのか。それをいろんな失敗を重ねながら、知らず知らずやってきただけで」

嫌われても平気なのではない。嫌われるのは当たり前だ、という地点に立っているだけ——。この一歩の踏み出し方の違いが、和田さんの仕事の流儀を貫いています。今回はその入り口として、「正しさ」がなぜ人を壊すのかを、和田さん自身の原体験から伺いました。

構成・取材・写真/STUDY HACKER編集部

【プロフィール】

和田 博信(わだ ひろのぶ)

1977年愛知県生まれ。高知県育ち。sooupコンサルティング代表取締役。日本サムスン、三菱UFJリサーチ&コンサルティング、EY税理士法人を経て、2006年フルライン株式会社に参画、2016年sooupコンサルティング創業。現在は管理部門支援を行い、東レやロイヤルホテルなどの大企業からベンチャー企業まで、累計660社以上のコンサルティングに携わる。これまでに累計1000億円超の収益改善を実現し、3600件以上のクライアントの社内外で課題解決したノウハウを「落としどころの本質」として企業・団体研修も実施。高知県をこよなく愛しており、高知県に6年連続企業版ふるさと納税を行う。先天性心疾患を抱え、36歳のときに多臓器不全で生死をさまよう経験をして以来、人生をいかに効率的に生きるかを常に考えている。『いつも機嫌のいい人が考えていること』が初の著書。

好きにも嫌いにもならない「水」になりたいか

和田さんが、嫌われることを語るときに必ず引くのが、一杯の「水」の話です。なぜ水なのか。その問いには、明快な答えが返ってきました。

「普段口にしている水に、好きも嫌いもあるかというと、ほとんどないですよね。硬水が好きとか、何々の水が好きとか、多少はあるかもしれませんが。一番わかりやすいものに例えたほうがいいと思ったんです」

水は、誰からも嫌われない。けれど、誰からも好かれもしない。では、ビールやワインはどうか。苦い、渋い、好き嫌いが分かれる。嫌う人がいる。だが、その偏りこそが、誰かに「好き」と言わせる理由になる。

「ビールにも、正しくない部分がたくさんあるわけじゃないですか。表裏一体で、その正しくなさが美味しいわけですよ、ビールって。完璧な飲み物なんてないんです」

嫌われる成分を抜き切った先に残るのは、無色透明の水でしかない。偏りがあるから、好きになる理由が生まれる。この確信は、どこから来たのでしょうか。

ファンとアンチは、同時に生まれる

原体験は、社会人としての出発点にありました。和田さんが最初に勤めたのは、日本サムスン=サムスン電子の日本法人です。いまとは違い、まだ韓国企業の色が濃く残っていた時代です。トップの一声に全員が従う、徹底した上意下達の組織だったといいます。

「組織には組織の論理がある。でも、こちらにはこちらの思うところがあるわけです。そのふたつが、どうしてもすれ違う。その場面に何度もぶち当たって、悔しい思いをしました」

真正面からぶつかっては、打ちひしがれる。それでも、和田さんは意見を言うことをやめませんでした。すると、煙たがる人がいる一方で、その姿勢を面白がり、応援してくれる人も現れます。反応が、はっきりとふたつに割れていったのです。

ファンが生まれた。同時に、アンチも生まれた。和田さんはここで、ひとつのことに気づきます。自分の色を出すから、ファンもアンチも生まれる。色がなければ、どちらも生まれない。嫌われることは、好かれることの裏側にぴたりと貼りついている。

だとすれば、嫌われることは、避けるべき失敗ではない。自分に色がある証拠でもある——。そう自覚してからの和田さんは、その色をどう出すか、相手が受け入れやすい土俵にどう持ち込むかを、工夫して使いこなすようになっていきました。

互いに指をさし合う2人の手元のイメージ

「正しすぎる」がナイフになる

やがて和田さんは、サムスンを離れ、コンサルタントの世界に身を移します。この頃の和田さんは、「正しいことを言えば、人は納得する」と信じて疑いませんでした。数字と論理で武装し、企業の現場へ乗り込んでいく。当時の自分を、いまどう見るか。一言で言えば、と前置きして、こう続けました。

「正しすぎる、ですね」

転機は、EYなどでM&Aの仕事に就いた時期に訪れます。数字は貴重なものではある。けれど、買収や統合の局面では、それだけでは決まらない。

「経営者のこだわりや思い入れ、個人的な美学も含めて、数字を超えたところで意思決定がなされるんです。結局、数字は参考指標にしかならない。そういう局面を、若いうちに見てしまった」

当時の自分が何をしていたか。和田さんは、自分の手つきを「鋭利なナイフ」に例えます。

「正しすぎて、ナイフを突きつけるような形で『やるんですか、やらないんですか』とやってしまっていた。仮にそれに従ってくれても、相手は必ず恨みを残すんですよね」

正しいことを言われて、人は素直に動けるのか。和田さんが引いたのは、誰もが思い当たる例でした。

「お医者さんから『ビールを控えてください』『お肉も控えましょう』と言われても、『わかってますよ、わかってるけどできないんだよな』と。頭ではわかっても、感情がついていかない。それを当時の私は、無邪気にやっていたんです」

「人は正しさで嫌う」という発見

正しいことを言って、なぜ嫌われるのか。無邪気に考えれば「正しいことを言って何が悪い」となる。だが、現場で和田さんが受け取ったのは、それとは別の視線でした。

「聖人君子でもないのに、お前、何を正しいこと言っちゃってんの、と見られているんだな、と。私生活ではそんなに正しく生きているわけでもないのに、仕事のときだけ急に鋭利になっている。明らかに、人間としてのバランスを欠いていたんです」

面と向かって言われるわけではない。けれど、態度の端々から伝わってくる。シンプルにいえば、「そんなにあんた、偉いの」という空気です。

「自分が逆の立場で受けたら、多分、同じ感情を抱くだろうな、と。そう思ったときに、ああ、人は正しさで嫌うんだ、とわかったんです」

正しさは、正しいがゆえに反論を許さない。だからこそ、向けられた側の感情を逆撫でする。正しさそのものが、人を傷つける刃になり得る。この発見が、和田さんの仕事観を内側から組み替えていきました。

正論を言う人は、仕事ができない

和田さんは、こんな挑発的な言い方をします。「正論を言う人は、仕事ができない」。

「組織のなかで正論を唱える人って、みんなが心のなかで実は思っていることを、ただ吐き出しているだけだと、周りから見られてしまうんです。正論に酔っているように見える。『なんであの人、自分が思いついたみたいにニコニコ話してるんだろう』と」

正論とは、言ってみれば当たり前のことです。だからこそ、みんな薄々わかっていて、あえて口にしないでいる。問題は、その正論を「正しいんだから言って当然だ」と、そのまま突きつけてしまうことにあります。

仕事として見れば、正論を口にする前に、考えるべきことがある。それが些末なことなら、正しくてもあえて言わずに流す。逆に、本当に大きなこと——きちんと論点にしなければならないことなら、相手がどう受け取り、どう動くかまで設計したうえで切り出す。正論は、言ったあとに起きる反応まで引き受けて、初めて仕事になる

ここで、前の話がつながってきます。正しさという刃を、相手の感情を考えずに振り回すだけの人。和田さんが「仕事ができない」と言うのは、まさにこのタイプです。正論を言えること自体には、何の価値もない。それを、誰に、いつ、どう手渡すかまで含めて考えられて、ようやく仕事になる、というわけです。

嫌いなのに、信頼される人

和田さんが「職場には必要だ」と語るのが、「嫌いなのに信頼される人」です。嫌いと信頼は、普通は両立しない。このふたつを同時に抱えさせる人とは、どんな人なのでしょうか。

「才能や職能、能力がある人には、信頼感がどうしても芽生えるんです。嫌いと信頼は、プライベートで付き合うかどうかの話ではなくて、職場での付き合いに限れば、別物なんですよね」

能力さえ認めていれば、多少嫌いな相手の言葉でも「やってみるか」となる。逆に、嫌いで、かつ信頼もしていなければ、何を言われても聞く耳は持たない。注意が通るかどうかは、好き嫌いの手前にある「信頼」で決まる。その信頼は、会社の人事評価とは別の場所で育つ、とも言います。和田さんが思い浮かべるのは、無愛想で、近寄りがたいけれど、腕だけは確かな人です。

「普段は『お前、帰れ』くらいの口調なのに、本当に困った局面でだけ、キュッと助けてくれる人がいるんです。日頃の態度は全然なのに、急に助けてくれる。そういう人が、チームの要だったりするんですよね」

取材中、ある落語家の話が引き合いに出ました。その人は、師匠のことを「どうしようもない人間だった」と語ったという。けれど、芸だけはすごすぎて、信頼していた——。人間としての好き嫌いと、仕事としての信頼は、別々の回路で動いている。嫌われていることは、信頼されないことと、必ずしもイコールではないのです。

オフィスでの会議のイメージ

正しさで数字は戻る。でも、人は変わらない

正しいことを正しくやれば、業績は回復することが多い。数字は上向く。では、その先で、現場の人や組織そのものは、本当に変わるのか。質問に対して、和田さんは、身も蓋もない前提を口にしました。

「人の行動って、そう簡単には変わらないんですよね。自分が動いたら得をする、メリットがある、と本人が認識しないと、変わってくれない。だから私は、『変わらないケースのほうがデフォルトだ』と思ったうえで接しているんです」

変わってくれたら、ラッキーだと思うくらいでいい。数字という結果は動かせても、人の心まで動いたとは限らない。正しさで動かせるのは数字までで、その奥にいる人は、正しさだけでは動かない。だからこそ和田さんは、正しさを突きつける手前で立ち止まるようになっていきます。

「嫌われたくない」と思う人が、いちばん損をする

最後に、和田さんが繰り返し口にする一行について尋ねました。「嫌われたくない」と思う人が、一番損をする——。損をしないために嫌われたくない、と考えるのが普通の感覚です。和田さんは、その真逆を言う。

ここまでの話が、ここでつながります。正しさは人を傷つける。正論は煙たがられる。そして、人は正しさだけでは動かない。つまり、現場で誰かと正面から向き合うかぎり、嫌われることは避けようがない。

「嫌われることから、逃げることはできないんです」

逃げられないものを、ないことにしようとするから、無理が生まれ、心をすり減らす。だったら、嫌われることそのものに怯えるのをやめればいい。

「仮に嫌われても、自分なりに工夫して、関係を回復できる形で対応していけば、心理的な負担も含めて、なんとかなるんじゃないか、と」

人は嫌われる。それが前提だ。ならば、避けることに力を使うより、嫌われたあとにどう動くかへ目を向けたほうがいい。嫌われたくないと身構える人ほど、嫌われたあとの一手を持たずに立ちすくむ。和田さんの考え方が一番響くのは、過度に嫌われることを恐れて、息苦しくなっている人なのかもしれません。

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では、嫌われたあと、人はどう動けばいいのか。次回は、嫌われを避ける「技術」ではなく、嫌われたあとの「作法」へと話を進めます。善意の顔をした「正論ハラスメント」、論破した側が覚える快感の正体、そして壊れた関係こそコントロールしやすいという逆説——。和田さんが現場で磨いた、回復の思考法に迫ります。

笑顔でインタビューに応じる和田博信氏

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【ライタープロフィール】
岡 健作(おか・けんさく)

株式会社新恵社 代表取締役/株式会社スタディーハッカー創業者。1977年生まれ、福岡出身。2014年、メディア「STUDY HACKER」を立ち上げ。以後運営に携わる。
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