大手外資系企業に勤めるようないわゆる「エリート」というと、スマートにパソコンを使いこなしているようなイメージがあります。でも、そんな人こそ「手書きを大事にしている」のだとか。そう語るのは、フリーライターの太田あやさん。「ノート術」に造詣が深く、『外資系コンサルはなぜ、あえて「手書きノート」を使うのか?』(KADOKAWA)という著書も出されています。エリートが手書きにこだわる理由とは、どんなものでしょうか。
構成/岩川悟(slipstream) 取材・文/清家茂樹(ESS) 写真/石塚雅人
手書きにこだわるのは「考える場面」
外資系企業のビジネスマンが手書きを使うのは、アイデアを出したり、新しい企画を練ったりと、主に「考える場面」です。
それは、会社の教育によるところが大きいようですね。パワーポイントでプレゼン資料をつくるにも、パソコンに向かうのは最後の「清書」のときだけ。そこに至るまでの段階ではとにかく「手を使って書け」と教育されるのです。彼らは、資料のどこにどんな要素が入れるのかすべてが決まってから、ようやくパソコンに向かって一気に仕上げます。
最初からパソコンに向かうと、フォントはどうするかとか、その大きさや色はどうするかとか、「小手先」の技を使うほうに頭が向かい、肝心の中身を考えることに関しては思考が停止してしまいます。それでもなんとなくかたちにはなりますが、中身のない情報のスクラップのようなものができあがる可能性が高い。
しかも、仕上がりが見えていない「見切り発車」ではじめますから、あれこれと何度も修正を繰り返すことにもなります。もちろん、完成までに時間がかかってしまうというデメリットもあるのです。
根底にあるのは「オリジナリティーを加える」発想
ただ、何年かキャリアを積んで若い人間を使うような立ち場になると、一度は手書きを離れる人も多いようです。あらゆる仕事をオールデジタルでこなして、いっさい手書きをしなくなるという時期が訪れるのです。実際、著書の取材先で会った中堅社員にもそういう人がいました。でも、興味深いことに、さらに年齢が上がって40代後半や50代くらいになると、また手書きに回帰するという人も多いのです。
その理由について、ある人は「とにかく脳を鍛えたい」と語りました。その人の主な仕事はプレゼンです。当然、アウトプットのクオリティーが求められます。「いまのままでは成長が止まってしまう」と、いまとちがう手法を求めた結果、手書きに戻ったのだそうです。
その手書きも、つねにアウトプットを意識したものです。講義や研修、会議などでメモをするにも、パワーポイントでつくる資料の「タイトル」になるような言葉を書き出す。プレゼンの場をイメージしながら、「これならタイトルになるな」「タイトルと紐付けてこういうことを言ったらいいかな」と考えるのだそうです。それがアウトプットの訓練になるというわけです。
また、別の人は、「より強いクリエイティビティーを獲得したい」と考え、いろいろなことを学んで、それらを自分なりに体系的にまとめるノートをつくりはじめました。いくら本を読んで学んでも、「会得」という段階にまで進めないと、自分のものとしてアウトプットすることはできません。その「会得」に至るまではとにかく手書きをすることが大事だと考えたのだそうです。
いずれにせよ、「オリジナリティーを加えたい」という発想なのだと思います。手書きって、まさにオリジナリティーそのものですよね。情報を自分に通してオリジナリティーを加えてアウトプットする。その訓練や習慣付けには、直接自分の手で書くといことが最適なのでしょう。
ノート術を見つけることは「自分を理解する過程」
ただ、手書きといっても、書くのはノートなど紙である必要はありません。「手で書く」ということにこだわっているだけであって、iPadにアップルペンシルで手書きしている人もいました。
面白かったのは、あるニュースアプリを提供する会社でした。そこでは、みんながノートを使わずにホワイトボードを使うのです。「ホワイトボードだと持ち歩けないじゃないか」と思った人もいるでしょう。でも、持ち歩く必要がないのです。というのも、その会社はオフィスの壁のほとんどがホワイトボードになっているからです。
ひとりでなにかを考えるときでも、会議でも、使うのはホワイトボード。会議でホワイトボードを使うことには、手書きでアウトプットの質を上げるということのほかにも意味があります。各自がノートに記録すると、なかには書き間違う人もいます。共通認識を持たせるために、みんなで書いてみんなで確認するのだそうです。
なかにはその習慣から、自宅にもホワイトボードを設置した人もいました。ただ、消しカスで部屋が汚れてしまうため、結局は撤去したそうですが……(笑)。いまは、休日になにか考えたいことがあると、わざわざ休日出勤してホワイトボードに向かうのだそうです。
ここまで、手書きにこだわる例をいくつか紹介してきましたが、それらをただ真似るのではあまり意味がないとも思います。重要となるのは、「なんのために書くのか」という自分なりの目的を明確にすること。これまで紹介した人たちには、それぞれに手書きする目的があり、意味があるのです。
自分のノート術を見つけることは、「自分を理解する過程」です。自分がどんな人間で、どうすれば「いちばん効率的なのか」「覚えやすいのか」「仕事がはかどるのか」などと考える。自分と向き合いながら試行錯誤して、ようやく自分だけのノート術を見つけられるのではないでしょうか。
【太田あやさん ほかのインタビュー記事はこちら】 「東大生のノート」は普通のノートと何が違うのか? ただ “美しい” だけではなかった。 記憶力が抜群に上がる「東大式ノート術」。蛍光ペンの使い方が普通とは全然ちがった。
【プロフィール】 太田あや(おおた・あや) 1976年生まれ、石川県出身。フリーライター。株式会社ベネッセコーポレーションにおいて通信教材『進研ゼミ』の編集を担当した後、2006年に退社し、フリーライターに転身。初の著書『東大合格生のノートはかならず美しい』(文藝春秋)で注目を集め、以降、教育分野を中心に執筆活動をおこなう。2018年にはビジネス書の分野にも進出。『外資系コンサルはなぜ、あえて「手書きノート」を使うのか?』(KADOKAWA)を上梓した。
【ライタープロフィール】 清家茂樹(せいけ・しげき) 1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。