どんな職業に就いている人でも、上司や先輩に口を酸っぱくして言われることのひとつが「コミュニケーション能力」の重要性ではないでしょうか。ただ、全国から5,000名を超える経営者やリーダーが集まる「田坂塾」の塾長でもある多摩大学大学院教授の田坂広志(たさか・ひろし)先生によると、まずは「コミュニケーションの本質を知ることが重要」なのだそう。そのための鍵となるのが、先生が提言する「深層対話力」です。

構成/岩川悟(slipstream) 取材・文/清家茂樹(ESS)

コミュニケーションの8割は「非言語的メッセージ」によるもの

仕事で成果をあげるには、コミュニケーション能力が重要だということはあらためていうまでもないでしょう。まったく他人と関わらずに仕事をする人はいないですから、仕事には当然コミュニケーションがつきものとなります。

ただ、誰もがコミュニケーションの重要性については知っていても、そもそもコミュニケーションの本質はなにかについて理解している人は少ないと思います。たとえば、上司に「コミュニケーション能力を磨け」と言われたら、話術やプレゼン力を向上させるための本を読む人が大半でしょう。

もちろん、それらもコミュニケーション能力の向上には役に立ちます。しかし、コミュニケーションの本質は、そうした「言葉」によるコミュニケーションだけではありません。世界中の言語学者が認めていることですが、じつはコミュニケーションの8割以上は「ノンバーバル(non-verbal)」、すなわち「非言語的」なものです。コミュニケーションのうち、言葉による部分はせいぜい2割程度なのです。

普段の会話で交わされている言葉は、文字で表せば非常にシンプルで素朴なものです。たとえば、社内の会議で上司にある企画書の説明をしたとします。そのとき上司は、「うーん、そうだな」と言ったとします。しかし、この文字だけの表現だと上司がどう思ったのかはまったくわかりません。けれども、実際にこの会議に同席しこの上司の言葉を直接耳で聞いていたならば、上司がどう思ったかはかなりよくわかるでしょう。上司の言葉のニュアンスや響き、まなざしや表情、しぐさや姿勢など言葉以外のさまざまなものを通じて、上司が前向きに受け止めているのかそうではないのかといったことはわかります

このように、コミュニケーションの8割は「非言語的メッセージ」によるものなのですから、そのメッセージを正しく受け止めることができなければコミュニケーション能力を向上させることはできません。つまり、どのような仕事であっても優れた結果を残すために必要なものは、この「非言語的メッセージ」を理解する力、すなわち「深層対話力」と呼ばれるものなのです

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会合直後の「反省」の習慣で、深層対話力は磨かれる

では、この深層対話力はどのようにして磨けばいいのでしょうか。じつは、そのためには明確な技法があります。それは、会議や会合、商談や交渉のあと、必ず「反省」をする習慣を持つことです。

たとえば、同僚とふたりで客先に営業に行ったとしましょう。帰りの電車やタクシーのなかで、同僚と先ほどまでの商談を振り返り追体験し、反省をするのです。

たとえば、
「こちらの企画提案に対して、先方の部長さんはどう感じていたかな?」
「最後に『いい企画をありがとう』とは言ってくれたけれど、説明の最中、何度も首をかしげてたから、じつは、あまり前向きに受け止めてはいないのでは」
「では、先方の課長さんの反応はどうだったかな?」
「課長さんは、真剣な顔で何度もうなずいていたし、エレベーターホールで見送ってくれるときも、温かい雰囲気だったね」
「ただ、本件、あの部長さんは最終的な判断は課長さんに任せるという雰囲気だったので、この企画の売り込みは見込みがあるのでは?」
というような対話を通じて、それぞれがその会合で受け取った「非言語的メッセージ」の振り返りをするのです。

わたしがこの「深層対話力」を磨いたのは、民間企業の営業部門で仕事をしていたときです。お客さまというものは、たいていポーカーフェースです。提案した見積りに対して高いと思っているのか、安いと思っているのかも、営業マンになりたての人間にはなかなかわかりません。

しかし、このようなかたちで商談直後の「反省」を続けていると、次第にお客さまの気持ちがわかるようになっていきます。

ただ、このとき大切なことは、会合や商談の「直後」にこの反省をすることです。まだ先ほどの会合や商談の記憶が鮮明なうちに、振り返りと追体験をすることが重要です

また、この反省はひとりでおこなってもそれなりの効果はありますが、やはり「深層対話力」のある上司や先輩とおこなうのがもっとも良い方法です。もし、そうした優れた上司や先輩がいなくとも、一緒に営業に行った仲間など、できればふたり以上で反省をすることをすすめます。

なぜなら、人によって「反省の視点」が異なるからです。相手の言葉のニュアンス、表情の変化、目の動き、何気ないしぐさ、メモの取り方、企画書のめくり方など、何に着目して相手の心の動きを感じ取るかがちがうからです。そして、こうした方法でさまざまな「反省の視点」を学んでいくと、より一層、相手の心がどう動いたかを感じ取れるようになり、「深層対話力」が磨かれていきます。

深夜2時の「反省会」で上司が教えてくれた習慣

じつは、わたしがこの反省の習慣を身につけたのは、営業部門にいたときの上司のおかげです。それは、この上司に随行してはじめて客先に営業に行ったときのことでした。夕方の商談のあと、お客さまと会食し接待をしたのですが、お客さまをお見送りしたのはもう夜中の2時でした。すると、上司がわたしに「コーヒーでも飲むか」と言うのです。一瞬、ためらいましたが、部下に対する慰労のためにコーヒーを飲ませてくれるのかと思い近くの深夜喫茶に入りました。するとその上司は、喫茶店の片隅で先ほどの振り返り、追体験、反省を、延々とはじめたのです。

最初は少し戸惑いましたが、すぐにその反省の大切さに気がつきました。そして、そのときを機に、わたしは会議や会合、商談や交渉の直後に必ず反省をする習慣を身につけました。その習慣を3年、5年と続けたおかげで、わたしは、「深層対話力」を身につけ、磨き、営業マンとして実績をあげることができたのです。

そうした経験を踏まえ、わたしは講演などでこの反省の習慣と深層対話力について話をします。すると、多くの人がうなずきながらメモを取ってくれます。しかし、大半の人はメモを取るだけで自身の仕事で実践することはほとんどありません。残念なことです。

われわれが本当のプロフェッショナルになれるかどうかは、この「やるか、やらないか」ということに尽きるのです。ぜひみなさんも、明日からこの反省の習慣を仕事のさまざまな場面で実践してみてください。必ず、想像以上にコミュニケーション力が高まっていく自分に気がつかれるでしょう。

【田坂広志先生 ほかのインタビュー記事はこちら】
優秀なのに成長できない “残念な人” が陥るふたつの落とし穴
“答えのない問題” をどう問い続けるか? 目の前の現実を変えるには「7つの知性」が必要だ。

『仕事の技法』

田坂広志 著

講談社(2016)

【プロフィール】
田坂広志(たさか・ひろし)
1951年生まれ。1974年、東京大学工学部卒業。1981年、同大学院修了。工学博士(原子力工学)。同年、民間企業入社。1987年、米国シンクタンク・Battelle Memorial Institute客員研究員。1990年、日本総合研究所の設立に参画。民間主導による新産業創造のビジョンと戦略を掲げ、10年間に異業種企業702 社とともに20のコンソーシアムを設立・運営。取締役、創発戦略センター所長等を歴任。現在、同研究所フェロー。2000年、多摩大学大学院教授に就任。社会起業家論を開講。2000年、21世紀の知のパラダイム転換をめざすシンクタンク・ソフィアバンクを設立。代表に就任。2005年、米国Japan Societyより、US-Japan Innovatorsに選ばれる。2008年、ダボス会議を主催するWorld Economic ForumのGlobal Agenda Councilのメンバーに就任。2010年、4人のノーベル平和賞受賞者が名誉会員を務める世界賢人会議Club of Budapestの日本代表に就任。2011年、東日本大震災に伴い、内閣官房参与に就任。2013年、全国から5000名を超える経営者やリーダーが集まり「思想」「ビジョン」「志」「戦略」「戦術」「技術」「人間力」という「7つの知性」を垂直統合した「21世紀の変革リーダー」への成長をめざす場「田坂塾」を開塾。著書は、国内外で80冊余。現在、海外でも旺盛な出版と講演の活動を行っている。

【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。