優秀なのに成長できない “残念な人” が陥るふたつの落とし穴

東京教育大学附属高校(現・筑波大学附属高校)から東京大学に進学し、民間企業や米国シンクタンクを経て、現在は全国から5,000名の経営者やリーダーが集まる「田坂塾」の塾長も務める多摩大学大学院教授の田坂広志(たさか・ひろし)先生。シンクタンク・ソフィアバンクの代表も務め、2011年には内閣官房参与として原発事故対策に取り組むなど、多方面で活躍する、まさに「優秀」なエリートです。でも、田坂先生は「優秀な人こそ陥りがちな落とし穴がある」と語ります。

構成/岩川悟(slipstream) 取材・文/清家茂樹(ESS)

「勉強ができる人」が「仕事ができる人」になれるとは限らない

みなさんは「優秀な人」と聞くと、どんな人を思い浮かべるでしょうか? 大学を出たばかりの若い人なら、まず「勉強ができる人」をイメージするかもしれません。いわゆる有名大学に行くような「高学歴の人」です。しかし、この「学歴」が第1の落とし穴なのです。実社会ではよく言われることですが、「勉強ができる人」が「仕事ができる人」になれるとは限らないからです。

そもそも、勉強ができる人が優れているのは「論理的思考力」と「知識の修得力」のふたつの能力です。前者は数学や物理、後者は英語や世界史などの科目で好成績を残すために必要な力であり、これらの力に秀でていれば偏差値の高い有名大学に入学することができますから、当然、高学歴を手に入れることができます。

しかし、仕事に求められるものはそのふたつの力だけではありません。むしろ、それらと対極にある「直観的判断力」と「智恵の修得力」が求められます。たとえば、商談の場で商品説明をしたとき相手の表情に少し戸惑いが表れたならば、それを敏感に感じ取って「わかりにくい説明になって申し訳ありません」というようなことが言えなければならない。これが、直観的判断力です。

では、「智恵の修得力」とはなにか。それを説明するには、まず「知識」と「智恵」のちがいを述べましょう。端的にいえば、知識とは「言葉で表せるもの」、智恵とは「言葉では表せないもの」です。たとえばプレゼンをした後、上司に「もっとリズム感を持って話さないと駄目だよ」と指摘されたとします。しかし、「リズム感を持った話し方」というものを教えてくれる本は存在しません。そうした智恵というものは、言葉ではなく経験でしかつかめないものだからです。そして、仕事においてはどんな職業であっても経験でしか学べないものが数多くあります。したがって、その智恵を修得する力を身につけられるかどうかが極めて重要になります。

もとより、「勉強ができる」ことは、仕事においても決してマイナスではありません。論理的思考力と知識の修得力があれば、若い時代には、上司にとって使い勝手のいい部下になることはできるからです。「高学歴」ということは「地頭が良い」ということであり、若手社員に任せるような仕事はそつなくこなせるからです。

しかし、若手社員の時代に「高学歴」に安住し「自分はできる、優秀だ」と思っていると、中堅社員として仕事で大きな成果を出すために必要な直観的判断力や智恵の修得力というふたつの能力の重要さに気づかない、あるいは、気づいたとしても、プライドが邪魔して先輩や上司に教えを請うことができないという落とし穴に陥ってしまいます。その結果、いつまでも「使い勝手のいい部下」のままで、そこから脱皮し、成長できないということもしばしば起こります。

一方、勉強が苦手だった人は、最初から「論理的思考力と知識の修得力では勝負にならない……」と思っているので、謙虚に、そして真面目に、直観的判断力や智恵の修得力を学ぼうとする。結果的に、仕事の高度なスキルを身につけ学歴的な評価を覆して伸びていくということが起こります。

このように、まずは「勉強ができる」ということと「仕事ができる」ということはまったくちがうということを知ることです。それが、その後の成長を大きくわけてしまいます。

「実績」にあぐらをかく人は、いずれ通用しなくなる

もうひとつの落とし穴は「実績」です。10年も同じ職場や職業で働けば、誰もがそこそこ仕事はできるようになります。そうすると、「自分は優秀だ、やれている」と思ってしまうし、周囲もそう評価するでしょう。高度経済成長期なら、それでも幸せな人生を送れたかもしれません。日本経済全体が伸びて大半の会社が増収増益であり、社員数もどんどん増えていった時代だからです。そのため、たいした努力をしなくても課長や部長になることができ、とりあえず実績をあげることもできました。

しかし、これからは本当のプロフェッショナルの実力が求められる時代になります。安穏と同じ仕事を繰り返すだけで積み上げた実績にあぐらをかき、しっかりとした実力を身につけていない人は必ず淘汰されます。特に、人工知能に代替される能力しか身につけていない人には厳しい時代が到来します。しかし、そのことの本当の怖さをわかっていない人が多いのも事実です。

それでも、これまでの時代は、幸いなことに「勉強のできる人」は活躍する人材にはなれなくとも求められる人材にはなれました。なぜなら、論理的思考力と知識の修得力があれば、それなりに使い勝手のいい部下になれたからです。しかし、人工知能がもっとも得意なものは、まさにその論理的思考と知識の修得です。従って、このふたつの能力だけで仕事をしている人は、いまどれほど自分が実績をあげているつもりになっても、その仕事はごく近い将来、人工知能に奪われてしまう可能性が高いのです。そのことを一度真剣に考える必要があるでしょう。

たとえば、かつては商品の企画会議において上司が「あのヒット商品の発売企業はどこだったかな?」と言えば、その場で即座に答えることのできる企画マンは「物知りだ」「博覧強記だ」と褒められたでしょう。しかし、これからはAIスピーカーに聞けばすぐに答えが返ってくるようになる。そして、こうしたことがあらゆる仕事において起きていくのです。

このように、論理的思考と知識の修得については人間は人工知能に絶対にかないません。だからこそ、われわれは一刻も早く直観的判断力と智恵の修得力を身につけ、磨き、その能力を生かした仕事で実績をあげられるようになる必要があるのです。なぜなら、このふたつの能力こそ、人工知能には置き換えられないものだからです。

仕事力を上げるための「私淑」のすすめ。

では、これらの能力を身につけるためにはどうすればいいか。そのためにもっとも有効な方法は「私淑」です。「私淑」とは、優れた能力を持っている人物を心のなかで「師匠」と思い定め、その人物の仕事をする姿から懸命に学ぶことです。その師匠は必ずしも直属の上司である必要はありません。別の部署の人でもいい、社外で一緒に仕事をする人でもいい。いや、ときには出入りの業者の人からでも学ぶことはできるのです。

また、師匠をひとりに決める必要もありません。すべての能力において優れた人はいないからです。ときに、人間的にどこか問題がある人であっても「この人からは企画力を学ぼう」「この人からは営業力を学ぼう」と、「一芸」を学ぶという姿勢が大切です。

さらにいえば、「人みな、わが師」という謙虚な心構えで誰からも学ぼうとする姿勢が重要です。そういう心構えを持ち成長を求める心があれば、不思議なほど優れた人との出会いが与えられるものです。逆に、成長を求める心を持たない人はどれほど優れたプロフェッショナルと一緒に仕事をしても、なにも学ぶことができない。そのことの怖さも知っておいてほしいと思います。

【田坂広志先生 ほかのインタビュー記事はこちら】 「深層対話力」が欠けている人は、コミュニケーションの8割を無駄にする。 “答えのない問題” をどう問い続けるか? 目の前の現実を変えるには「7つの知性」が必要だ。

『なぜ、優秀な人ほど成長が止まるのか― 何歳からでも人生を拓く7つの技法』

田坂広志 著

ダイヤモンド社(2018)

 

【プロフィール】 田坂広志(たさか・ひろし) 1951年生まれ。1974年、東京大学工学部卒業。1981年、同大学院修了。工学博士(原子力工学)。同年、民間企業入社。1987年、米国シンクタンク・Battelle Memorial Institute客員研究員。1990年、日本総合研究所の設立に参画。民間主導による新産業創造のビジョンと戦略を掲げ、10年間に異業種企業702 社とともに20のコンソーシアムを設立・運営。取締役、創発戦略センター所長等を歴任。現在、同研究所フェロー。2000年、多摩大学大学院教授に就任。社会起業家論を開講。2000年、21世紀の知のパラダイム転換をめざすシンクタンク・ソフィアバンクを設立。代表に就任。2005年、米国Japan Societyより、US-Japan Innovatorsに選ばれる。2008年、ダボス会議を主催するWorld Economic ForumのGlobal Agenda Councilのメンバーに就任。2010年、4人のノーベル平和賞受賞者が名誉会員を務める世界賢人会議Club of Budapestの日本代表に就任。2011年、東日本大震災に伴い、内閣官房参与に就任。2013年、全国から5000名を超える経営者やリーダーが集まり「思想」「ビジョン」「志」「戦略」「戦術」「技術」「人間力」という「7つの知性」を垂直統合した「21世紀の変革リーダー」への成長をめざす場「田坂塾」を開塾。著書は、国内外で80冊余。現在、海外でも旺盛な出版と講演の活動を行っている。

【ライタープロフィール】 清家茂樹(せいけ・しげき) 1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。

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