みなさんは、どのような理由でメモをとっていますか? もちろんメモをとる、使うシーンにもよりますが、「メモとは『記録する』ためのもの」だと思っているのではないでしょうか。
しかし、コクヨ株式会社のワークスタイルコンサルタントであり、著書『考える人のメモの技術』(ダイヤモンド社)が注目されている下地寛也(しもじ・かんや)さんは、「仕事がデキる人は、本人は無意識だったとしても『考える』ためにメモをとっている」と言います。考えるためのメモのコツを教えてもらいました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
メモをとるのは、効率的に「考える」ため
「マジカルナンバー」という言葉を知っていますか? これは、脳が瞬間的に保持できる情報の数であり、ハーバード大学の心理学者であるジョージ・ミラー教授の研究では、その数は「7±2」とされます。その後の研究でマジカルナンバーは「4±1」だとする説もありますが、いずれにせよ、私たちが瞬間的にイメージできることの数には上限があるということです。
みなさんにも、なにかを考えているときに、数分前に考えていたことを忘れてしまった経験があるはずです。それは、考えていることの数がマジカルナンバーを超えてしまったことによります。そのとき、「さっき考えていたことってなんだっけ?」と思い出せればまだいいですが、すっかり忘れてしまって「なんだっけ?」とさえ思えないケースだってあるでしょう。
もしかしたら、さっき考えていたことをいま考えていることと組み合わせると新しいアイデアを思いつけたかもしれません。でも、さっき考えていたことを思い出せなかったり「なんだっけ?」とも思えなかったりすれば、そういったチャンスや可能性をなくしてしまいます。ですから、そんなことにならないよう、「メモをとりながら考える」のです。
「考える」とは、「情報と情報を組み合わせて、新たな発見をする」ことだと私は考えています。メモをとりながら考えれば、1時間前に考えたこと、30分前に考えていたこと、そしていま考えていること、あらゆる情報を目にしながら考えることができるのですから、「なんだっけ?」などと思って脳のリソースや時間を無駄にすることなく、効率的に新たな発見をすることができるというわけです。
書くべきことを抜き出すために必要な「自分なりの視点」
ただ、メモは考えるときにだけ使うものではありません。仕事でメモをとるシーンですと、上司の話を聞くとき、打ち合わせのとき、セミナーに出席したときなどに、重要な内容や気になったことを書きとめるといったものが一般的になるでしょうか。
そんなとき、ありがちな「間違ったメモのとり方」が、「全部書く」ということ。それはメモでもなんでもありません。単なる文字起こしです。それなら録音しておけばいいでしょう。
そうではなく、自分にとって重要なことを取捨選択することができなければ、身になるメモにはなりません。つまり、取捨選択するための「自分なりの視点」をもつことがなにより大切なのです。
私は、メモ術に関する著書も出版している立場上、「なにを書けばいいですか?」とよく聞かれます。しかし、その質問に対しては、「あなた次第」としか答えようがありません。なぜなら、書くべき内容はそれぞれの「自分なりの視点」によって異なりますし、その視点というものも、それぞれの立場や知識、経験、職務、目指している目標などによって異なるからです。
自分は仕事においてなにを知る必要があり、キャリアアップのためになにを学ぶ必要があるのか。自分の興味や関心をもつべきテーマはなんなのか。一度、棚卸しをして書き出しておきましょう。そうすることで「自分なりの視点」を強く認識することができるようになるはずです。
情報を「事実」から「自分なりの気づき」に転換する
そして、「全部書く」タイプの人は、ありとあらゆる場面でメモをとろうとする、いわゆる「メモ魔」にもなりがちです。ただ、メモ魔であることは悪いことではありません。というのも、「考える力がある人はメモ魔」であることが多いからです。
先に、「考える」とは、「情報と情報を組み合わせて、新たな発見をする」ことだとお伝えしました。つまり、インプットした情報が多ければ多いほど、目の前の課題を解決するためのヒントも多くもっているということになります。それだけ、よりよい打ち手を導ける可能性も高まるでしょう。
しかし、そうするにはインプットした情報を、「自分なりの気づき」に転換しておかなければなりません。そうでなければ、せっかくインプットした情報も使える情報にはならないでしょう。ただの「雑学王」になってしまっては意味がありません。
一例を挙げてみましょう。プリンターを製造しているメーカーに勤めている人がいるとします。そのメーカーは、「家庭用プリンターの売れ行きが悪い」という状況にあり、「個人で購入するにはプリンター本体が高い」という課題を抱えていたとしましょう。その課題を解決する打ち手を考えなければなりません。
そのとき、日頃のメモ習慣によって、過去に「ジレットというカミソリメーカーは、カミソリの本体を安くして替え刃で利益を出していた」という事例を知り、「ユーザーのイニシャルコスト(初期費用)は安くしてランニングコストで利益を出せるケースもある」といった気づきを得ていたなら、「プリンター本体を安くして交換インクで利益を出す」という打ち手を考えることもできるでしょう。
ところが、気づきを得ることなく、ジレットのカミソリの事例についてただ知ったところで止まってしまえば、インプットした情報を自分の課題解決のために活かせず、ただ、「ジレットという会社がカミソリの替え刃で儲けて大きくなった」という、ただの雑学知識で終わってしまうわけです。
これは有名な「替え刃モデル」というビジネスモデルの「気づき」を活用した例ですが、そのほかにも富山の薬売りの「置き薬」を参考にしたオフィスグリコや、工場のおがくずの集塵機の「サイクロン方式」を参考にしたダイソン掃除機など、多くのアイデアはほかからの気づきを自分なりに転用して発想しているわけです。
このように、自分はなにをメモしておくべきかということをしっかり考え、情報を取捨選択するための自分なりの視点をもつ。そのうえで、情報を事実のままインプットするのではなく抽象化して自分なりの気づきに転換する——。そうすることで、「自分らしく考える力」が高まっていくわけです。
【下地寛也さん ほかのインタビュー記事はこちら】
【コクヨのメモ専門家が解説】3タイプの「残念なメモ」を「正しいメモ」に変えるコツ
仕事力のベースになる「メモの能力」を上げる方法。1日に3つ○○をメモするといい
【プロフィール】
下地寛也(しもじ・かんや)
1969年11月8日生まれ、兵庫県出身。コクヨ株式会社ワークスタイルコンサルタント。エスケイブレイン代表。1992年、文房具・オフィス家具メーカーのコクヨに入社。オフィス設計者になるが顧客対応が下手すぎて上司や営業に怒られる日々が続く。つねに辞めたいと思いながら働いていたが、5年後、コクヨがフリーアドレスを導入したことをきっかけに「働き方とオフィスのあり方」を提案する業務に従事し、ワークスタイルを調査、研究する面白さに取りつかれる。以来、行動観察、デザイン思考、ロジカルシンキング、リーダーシップなど、働く人の創造性と生産性を向上させるスキルやマインドの研究を続け、これまでにビジネス書を10冊出版。つねにメモを取りながら、自由で豊かな働き方を実践するためのアウトプットを続けている。主な著書に『プレゼンの語彙力』(KADOKAWA)、『一発OKが出る資料 簡単につくるコツ』(三笠書房)、『困ったら、「分け方」を変えてみる。』(サンマーク出版)、『コクヨ式 1分間で伝わる話し方』(KADOKAWA)がある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。