メンタルヘルスの改善や学習の効率化のために「無駄なものは捨てるべき」「断捨離しよう」とよく聞きますが、「そう言われても捨てられない……」と思う人もいますよね。
「無理してでも捨てなきゃ……」と焦らなくても大丈夫。ものを捨てられない・捨てたくないというあなたの気持ちに、少し向き合ってみませんか? 整理収納アドバイザーの米田まりな氏は、ものを所有していたい人の共通点を次のように分析しています。
所有欲が強い方に共通するのが、「自分だけの、ユニークな人生を歩みたい」という意思を持ち、モノを人生を彩る仲間としてとらえ、その出会いを楽しみ、愛しているということです。
(引用元:米田まりな(2020),『モノが多い 部屋が狭い 時間がない でも、捨てられない人の捨てない片づけ』, ディスカヴァー・トゥエンティワン.)
また米田氏は、「モノへの愛が深い人ほど、一気にモノを捨てると、必ず後悔」するとも語ります。
こう聞くと、ものを手放すのが苦手な人は「捨てられないものを手元に残すメリットもあるのだ」と気づかされ、心が軽くなったのではないでしょうか。
今回では、捨てられないことを心苦しく思っている人に向けて、「無理に手放さなくていいもの」をご紹介したいと思います。
1. 本は捨てなくていい
人生を変えるため、ポジティブになるため、あるいは情報に対する感度を上げるため、「家にある本を整理しろ、断捨離しろ」と言われるのを聞いたことがある。でも、本は捨てられない……。
こうお悩みの方は多いのではないでしょうか。ですがご安心ください。あなたのお気に入りの本を、無理に手放す必要はありません。読めていない罪悪感から「不要なものだ」と決めつけがちな、いわゆる「積読」状態の本にも、じつは残しておくべき理由があるのです。
理由1:自分の知らない知識を手元に保管できるから
ベストセラー『ブラック・スワン(上・下)ー不確実性とリスクの本質』の著者、ナシーム・ニコラス・タレブ氏は、積読の存在価値について次のように述べています。
読んだ本は、読んでない本よりずっと価値が下がる。蔵書は、懐と住宅ローンの金利と不動産市況が許す限り、自分の知らないことを詰め込んでおくべきだ。
(引用元:ナシーム・ニコラス・タレブ著, 望月衛訳(2009),『ブラック・スワン 上 ー不確実性とリスクの本質』, ダイヤモンド社. )
また、ともに愛書家であるフランスの脚本家ジャン=クロード・カリエール氏とイタリアの小説家ウンベルト・エーコ氏は、蔵書の意味を次のように解釈しています。
C: (略)本棚に入れておくのは、読んでもいい本です。あるいは読んでもよかった本です。そのまま一生読まないのかもしれませんけどね、それでかまわないんですよ。
E: 知識の保証みたいなもんですよ。
※注:Cはカリエール氏、Eはエーコ氏
(引用元:ウンベルト・エーコ著, ジャン=クロード・カリエール著, 工藤妙子訳(2010),『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』, 阪急コミュニケーションズ.)
つまり、未読の蔵書をもつことには、すぐにアクセスできる場所に自分の知らない知識を保管しておくという意味があるのです。
あなたには、未読のまま積み上げている本はありませんか? 「読めていない」からといって捨ててしまっては、せっかく手元にあった “これから得るはずの知識” を手放すことになるので注意しましょう。決して「積読」に罪悪感を抱く必要はないのです。
理由2:自己肯定感を得られるから
自己肯定感を構築するために、あえて積読が必要だという意見もあります。『積読こそが完全な読書術である』の著者で書評家の永田希氏は、積読をすすめる理由を次のように説明しています。
情報の濁流のなかで自己肯定感を得るためには、自分なりの方向性を持ってビオトープ的な積読環境を構築し、それを新陳代謝させるしか方法はありません。
(引用元:永田希(2020),『積読こそが完全な読書術である』, イースト・プレス.)
永田氏によると、「情報の濁流」とは、「情報が鑑賞されることなく氾濫し蓄積されていく状況」を表した言葉なのだとか。
現代は、まさに情報の濁流のなかにあり、さまざまな誘惑により自己肯定できる何かを構築しづらい時代。永田氏は、自己肯定するための足場として、「ビオトープ的な積読環境」を構築することを提案しています。
「ビオトープ」とは、たとえば睡蓮鉢にメダカや水草などを入れてつくる、人工の生態系のこと。ビオトープ的な積読環境とは、すなわち自分好みの本を集めて構築した蔵書のことです。
自分の価値観に従って集めた本に囲まれていると、「自分はこういう世界が好きなんだ」と実感でき、心が満たされていくはず。自分の軸を意識できれば、自信が湧いてくるのではないでしょうか。本には、自己肯定感を養ってくれるという価値もあるのですね。
2. 大切な洋服は捨てなくていい
気持ちを整理したり運気を上げたりするために、洋服を捨てることがよく推奨されています。しかし、たとえ着られずとも捨てられない服がある方もいるのではないでしょうか。筆者は、子どもの頃に発表会で着たお気に入りの衣装をいまだに手放せません。
じつは、あなたが捨てられない服にも、手元に置き続けておくべき理由があります。人を幸せな気持ちにしてくれるという役割が、その服にはあるのです。
ベストセラー『人生がときめく片づけの魔法』(サンマーク出版, 2010)の著者「こんまり」こと近藤麻理恵氏は、触ってみて心が「ときめく」服は残しておくようすすめています。それは、「ときめく服」は自分を幸せにしてくれるものだから。
近藤氏は「ときめく」という言葉について、こう説明しています。
ときめきって何なのかというと、私は体の感覚だと思っていて。片づけで一つ一つときめくモノを残すというのはどういうことかというと、モノを触ったときにちゃんと体がキュンって反応するかどうかがコツで、これはモノを触ると必ずわかる感覚なんです。
(引用元:Real Sound|こんまりが語る、ときめきの正体と本棚整理術 「片づけを通じて本当に大切なものに気付き、人生が変わっていく」)
「ときめく」というのは、自分の心がたしかに温まるような、幸せを感じるような、そんな感覚なのですね。
もしサイズ的に着られない服なら、ハンガーにかけて部屋に飾ってみてはいかがでしょう。筆者は、先述した子ども時代の発表会の衣装を部屋に飾って眺めるたび、幼い頃のキラキラした気持ちがよみがえってきて、心がじわっと温かくなります。もっているだけであなたをポジティブな気分にしてくれる洋服は、手放さないで正解ですよ。
3. 自分らしさは捨てなくていい
周囲の人に合わせるためや、物事を安定的に円滑に運ぶためには、「自分らしさを主張したらいけないのかな」と思うことも時にはあるかもしれません。しかし、「自分らしさ」は幸せな人生を送るために手放してはいけないものです。
幸福学の専門家である前野隆司氏は、幸福に影響する要素のひとつに「ありのままに」因子を挙げ、こう説明しています。
他人と自分を比較することなく、自分らしさを追求して磨いていくことが幸せにつながるのです。
(引用元:STUDY HACKER|カネ・モノ・地位で得た幸せは長続きしない。本当の幸せをつかむには “この4つ” が重要だ)
また、認知科学者の苫米地英人氏は著書『「頭のゴミ」を捨てれば、脳は一瞬で目覚める!』のなかで、人生を変えたいなら、他者によって刷り込まれた価値観を手放し、「自分が本当に望むものを自分のモノサシで選び直す」ことが必要だと語っています。
たとえば、本当はクリエイティブな仕事がしたいけれど、「安定を求めて大企業に就職したほうがいいかも」と迷っているとき。幸福な人生を送るためにあなたが捨てるべきものは、あなたの夢やこれまでのアートワークではなく、「世間体などによって刷り込まれた価値観」なのではないでしょうか。
さらに、経済学者の西村和雄氏らによるアンケート調査では、所得や学歴より「自己決定度の高い人のほうが、幸福度が高い」ことが判明しました。西村氏はこう分析しています。
自分で人生の選択をすることが、選んだ行動の動機づけと満足度を高め、幸福度を高めているのではないかと考えています。
(引用元:RIETI|幸福感と自己決定―日本における実証研究)
人生を好転させるために捨てるべきなのは、むしろ「自分らしくないもの」なのです。幸せな人生を歩むために、自分らしさは手放さず大切にしていきましょう。
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「捨てろと言われても、捨てられない……」というものがあっても、落ち込まないでください。本記事でご紹介したように、捨て難いものには、次のような手放さなくていい理由があります。
- 記憶や知識を手元に保管するため
- 自己肯定感を得るため
- 幸せになるため
所有しているだけで幸福感や安心感に満たされ、自信を与えてくれるものは、手放さずに残しておきましょう。
(参考)
「作家・五木寛之 人生に輝きをもたらす捨てないという選択」, プレジデント, 2022年6/3号, pp.12-17.
永田希(2020),『積読こそが完全な読書術である』, イースト・プレス.
米田まりな(2020),『モノが多い 部屋が狭い 時間がない でも、捨てられない人の捨てない片づけ』, ディスカヴァー・トゥエンティワン.
ナシーム・ニコラス・タレブ著, 望月衛訳(2009),『ブラック・スワン 上 ー不確実性とリスクの本質』,ダイヤモンド社.
ウンベルト・エーコ著, ジャン=クロード・カリエール著, 工藤妙子訳(2010),『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』, 阪急コミュニケーションズ.
近藤麻理恵(2019),『人生がときめく片づけの魔法 1 改訂版』, 河出書房新社.
近藤麻理恵(2019),『人生がときめく片づけの魔法 2 改訂版』, 河出書房新社.
片づけの学校|まずは衣類を片づけよう! サクサク片づいて、リバウンドしない片づけ方
Real Sound|こんまりが語る、ときめきの正体と本棚整理術 「片づけを通じて本当に大切なものに気付き、人生が変わっていく」
前野隆司(2013),『幸せのメカニズムー実践・幸福学入門』, 講談社.
苫米地英人(2012),『「頭のゴミ」を捨てれば、脳は一瞬で目覚める!』, 徳間書店.
STUDY HACKER|カネ・モノ・地位で得た幸せは長続きしない。本当の幸せをつかむには “この4つ” が重要だ
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【ライタープロフィール】
上川万葉
法学部を卒業後、大学院でヨーロッパ近現代史を研究。ドイツ語・チェコ語の学習経験がある。司書と学芸員の資格をもち、大学図書館で10年以上勤務した。特にリサーチや書籍紹介を得意としており、勉強法や働き方にまつわる記事を多く執筆している。