日本人には、世界的なイノベーションを起こすような「創造性」が欠けている――。ビジネスを扱うメディアにおいてよく見聞きする言葉です。「そうはいっても、創造性は天性の才能だし……」と諦めている人もいるはずです。
でもそれを、「完全な思い込み」だと否定するのは、脳の研究をさまざまな分野に生かす「応用神経科学」を専門とする青砥瑞人(あおと・みずと)さん。創造性を後天的に獲得できるメカニズム、そうするための方法を教えてもらいました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
創造性は天性の才能でも右脳がつかさどるものでもない
「創造性は天性のもの」というのは、大きな誤解です。加えてもうひとつの誤解が、「創造性をつかさどるのは右脳」というもの。創造性が発揮されているときの脳の状態を解剖学的な視点から調べてみると、基本的に脳の大脳新皮質という部分が使われています。しかも、大脳新皮質の右側も使えば、左も前も後ろも使っている。それらの部位は、どれもが後天的に発達・変化していく部分であり、すなわち創造性も後天的に育まれうるものであるということです。
ただ、残念ながらその育みを周囲が妨げているということはよく見られます。そういった経験は私自身にもあります。もしかしたら、似た経験をした人もいるかもしれませんね。
子どもの頃に学校で絵を描いたときのことでした。自分なりに新しい発想で描いてみたのですが、成績は最悪……(苦笑)。きっと、その先生からすれば「こういう絵が素晴らしい」といった評価基準から外れた絵だったのでしょう。子どもだった私は大きなショックを受けて、「もう嫌だ……」「自分には向いていない……」と、絵を描くことから離れてしまったのです。でも、よくよく考えてみれば、評価基準を設けた時点で創造でもなんでもありませんよね。
創造性は後天的に獲得できるが、そうするのは簡単ではない
創造性を育むことを考えたときに重要なポイントは、「創造する本人にとって新しいかどうか」という点です。たとえ本人にとっては自分が創造した新しいものであっても、第三者にとっては新しくないものという可能性もあります。もちろん、深く考えるまでもなく、誰にとっても斬新なものというのはそう簡単には生まれませんよね。
それも当然です。私の例ではありませんが、たとえば絵の世界にだって長い歴史があるのですから、子どもが自分にとって新しい絵を描いたところで、その表現の大半はこれまでの絵の歴史においてどこかで存在したようなものなのです。でも、描いた子ども本人にとっては、紛れもなく自身の創造性を発揮して描いた新しい絵です。
にもかかわらず、周囲から「どこかで見たことがある絵だね」なんて言われたとしたらどうでしょう? その子は創造することをやめ、創造性を育むことができなくなってしまうに違いありません。そうではなく、その子にとってオリジナルの創造性を発揮したことを周囲が認めてあげることが大切です。そうすれば、その子はその後も創造性を磨き続けることになるでしょう。
ですが、創造性が後天的に育まれるからといって、そうすることが簡単だというわけではありません。話を冒頭に戻していきますが、創造性が発揮されるときには大脳新皮質の右も左も前も後ろも使われていると述べました。でも、そのシステムはとても複雑。それゆえに、そのシステムを育むには、長い時間をかけて創造性を発揮し続ける必要があるのです。
脳のネットワークに着目して、創造性を発揮する
ただ、脳の仕組みに着目すれば、大人になってからもより効率的に創造性を育むことは可能です。脳は、大きく分けて3つのネットワークをもっていると言われています。その3つのうち創造性にとって重要となるネットワークがふたつあり、ひとつが「デフォルト・モード・ネットワーク」と呼ばれるもの。これは、自分の強い記憶や体験が自然と発火して行動を導くネットワークです。もうひとつが「セントラル・エグゼクティブ・ネットワーク」で、こちらは意識的な行動や注意、思考を可能とするネットワークです。
そして、創造性が発揮されている状態における脳のネットワークこそ、デフォルト・モード・ネットワークです。そもそも、意識的に行動したり思考したりしていては、自分の意識や常識の範疇を破るような思考ができませんから、周囲をあっと言わせるような斬新なアイデアを生むことは難しいでしょう。つまり、セントラル・エグゼクティブ・ネットワークから離れることが、創造性を発揮することにつながります。
ただ、このセントラル・エグゼクティブ・ネットワークも、創造性の発揮にとって非常に重要な働きを担っています。というのも、デフォルト・モード・ネットワークを働かせるには、強い記憶や体験が必要だからです。考えてもみてください。斬新な料理のレシピを考えたいといくら思ったところで、料理の知識や経験がまったくない人がそうできるでしょうか? できるわけもありませんよね。
つまり、デフォルト・モード・ネットワークを働かせて創造性を発揮しようと思えば、まずセントラル・エグゼクティブ・ネットワークを働かせて、強い記憶や体験をつくる必要があるということ。みなさんが仕事で斬新な企画を出したいのなら、そのことについて徹底的に考え、悶々として、堂々巡りをしてください。
そうして強い記憶や体験をつくれたなら、今度はそのことから離れてみる。私の場合はシャワーを浴びることが多いのですが、散歩でもいいでしょう。考えていたこととは無関係で、なるべく単純なことをするのです。私はそれを「意識的な無意識化」と呼んでいますが、そうすると、デフォルト・モード・ネットワークがいよいよ働きはじめます。みなさんがセントラル・エグゼクティブ・ネットワークでつくった記憶や体験をもとに、ひらめきというかたちで斬新なアイデアをもたらしてくれるでしょう。
【青砥瑞人さん ほかのインタビュー記事はこちら】
応用神経科学者が解説「勉強意欲を上げるコツ」。やる気を発揮できる脳の状態はこうしてつくる
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【プロフィール】
青砥瑞人(あおと・みずと)
1985年4月4日生まれ、東京都出身。DAncing Einstein Founder & CEO。日本の高校を中退後、米UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の神経科学学部を飛び級卒業。脳の知見を、医学だけでなく、そして研究室だけに閉じず、現場に寄り添い、人の成長やWell-beingに応用する応用神経科学の日本におけるパイオニア。また、AI技術も駆使し、NeuroEdTech®/NeuroHRTech®という新分野も開拓。同分野にていくつもの特許を保有する「ニューロベース発明家」の顔も持つ。人の成長とWell-beingに新しい世界を創造すべく、2014年に株式会社DAncing Einsteinを創設。対象は未就学児から大手企業役員まで多様。空間、アート、健康、スポーツ、文化づくりと、さまざまな分野に神経科学の知見を応用し、垣根を超えた活動を展開している。著書に『HAPPY STRESS 最先端脳科学が教えるストレスを力に変える技術』(SBクリエイティブ)がある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。