「学生時代にあんなに苦しめられたのに、社会に出たら数学の知識なんてほとんど役に立たない」
「そもそも算数も数学も大嫌いだった。大人になった今も必要性を感じることはない」
「仕事の場面でも日常生活でも、数学とは無縁に過ごしている」
このように感じているビジネスパーソンは多く、なかには複雑な数式や数字の羅列を見ただけで拒否反応を起こす人もいるといいます。
たしかに、数学の公式がビジネスの場面で直接役に立っている実感はあまりありません。しかし、数学的なものの見方、つまり「数学的思考」は、あらゆる場面においてあなたの能力を高め、有効に作用します。
今回は、“大人が算数や数学を勉強することでもたらされるメリット”について、くわしく解説していきましょう。
1. 算数を勉強すると、目の前の問題を俯瞰して捉えることができるようになる
永野数学塾塾長・永野裕之氏は、「数学が得意な人と苦手な人との大きな違いは、才能ではなく、問題を俯瞰して捉えられるか否かだ」と指摘します。
難解に見える数学の応用問題も、実は基本の組み合わせから成り立っているものばかり。複雑に絡み合った問題を解きほぐすには、問題へのアプローチ法を知っておくと有利です。したがって、“そもそも” の部分に立ち返るのがうまい人ほど数学が得意になるというわけです。
目の前の問題を俯瞰して捉えられるようになると、物事の本質が見えてきます。たとえば、「新商品の売り上げが伸び悩んでいる原因を分析せよ」との課題を与えられたとき、俯瞰で物事を捉えられる人は、「商品自体の問題点」だけに着目するのではなく、「プロモーションの仕方」や「ターゲット層の見直し」といった広い視野で問題点をすくい上げることができるでしょう。
数学は仕事を進めるうえで実用的な学問であり、仕事の効率化を試みる人は、自覚的かどうかにかかわらず、頭の中で何らかの数学的操作をしています。つまり、デキる人ほど数学的な思考が身についているというわけです。
2. 算数を勉強すると問題解決能力が身につく
『東大の先生! 文系の私に超わかりやすく数学を教えてください!』(かんき出版)の著者・西成活裕教授によると、「大人になったら数学を使わないというのはウソ。自覚がないだけで、ビジネスパーソンの多くは普段の仕事で数学を使っています」とのこと。
たとえば、「このアンケート結果をグラフ化して分析して」「今期の売り上げは前年比何%アップしたか、製品別内訳を至急計算して」といった指示を出されたとき、基本的な数学的知識がなければすぐに対応することは難しいのではないでしょうか。
さらに西成教授は、数学的な考え方はビジネスの問題解決にも有用であると説きます。数学的思考力を鍛える方法として西成教授がおすすめする「だいたいの計算」と「フェルミ推定」は、ビジネスシーンにおける問題解決能力を高めるのに効果的です。
<だいたいの計算>
細かい数字をそのまま計算するのではなく、端数を四捨五入するなどして把握するトレーニング法。「4+7」の正解は「11」ですが、だいたいの計算では「だいたい10」を正解とします。
この力が身につくと、予算や人員の配分など細かい計算をしなくても瞬時に判断できるだけでなく、不正やミスでおかしな数字があがってきたとき、裏づけとなる現場のデータがなくても異常に気づくことができるでしょう。
<フェルミ推定>
実際に調査して全容を明らかにすることが困難な数量を、論理的な概算によって導き出すトレーニング法。推論を重ねて結論を導き出すことで、すばやく的確に問題を解決できます。
具体的な方法として、たとえば「東京都内の家庭に今、テレビは何台あるか」という数字を出すとします。このように調査するのが難しい問題も、「東京都の人口は約1,300万人」「単身世帯も増えたので、1世帯平均2人としたら、東京は約650万世帯と考えられる」「テレビを持たない世帯もあるかもしれないが、2台以上持っている世帯もあるので、1世帯に平均1台とする」「よって約650万台」と、順を追って推察することできるでしょう。
3. 算数を勉強すると論理的な思考力が身につく
「『仕事をするうえで、数学なんて必要ないじゃないか』と思う方もいるかもしれません。しかし、数学力をつけると職場やチームの力は目に見えて強くなります」そう断言するのは、元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏。佐藤氏は、ビジネスにおける説得力を身につけるには、数学のような論理力を鍛えることが欠かせないといいます。
数学力、つまり論理力が身についていないと、企画書の内容や会議での発言に説得力がなく、「結局何が言いたいの?」という事態を招きます。一緒に働くメンバーは、必ずしも似たような考え方や価値観の持ち主ばかりではありません。どのような相手に対しても、自分の意見を論理的に伝えられる術を身につけることこそが、スムーズに仕事を進める重要な要素となるのです。
さらに、“脳科学おばあちゃん” こと久保田カヨ子氏と夫の久保田競教授は、共著『小学校前にみるみる算数力がつく15の習慣』(ダイヤモンド社)の中で、「算数力を磨くと脳の前頭前野がよく働き、それにより論理的思考力や社会性などが育まれる」と述べています。このことからも、算数力を鍛えることは論理力向上にプラスの作用を及ぼすことがわかります。
仕事に限らず、人に何かを説明するうえで論理的に筋が通っているかどうかは重要です。伝えるべき内容を論理的に組み立てることは、相手の納得を得るための武器にもなります。
4. 算数を勉強すると、自分の頑張りや成果を正しく伝えられるようになる
『「仕事」に使える数学』(ダイヤモンド社)の著者で “ビジネス数学の専門家” である深沢真太郎氏は、「決まった正解が存在しないビジネスの世界において、私たちに求められるのは『正解がない状況のなか、どう考えてどう結論を出していくか』ということ」と述べており、そこで必要とされる「数学」や「論理」を活用する力を包括して “ビジネス数学” と定義しています。
深沢氏によると、“ビジネス数学” のスキルを身につけると「論理思考」「数的思考」「数学的スキル」の3つの能力が磨かれるとのこと。これら3つの能力が身につくと、「人に何かを伝える」スキルが上達し、結果的に「自分の頑張りや成果を正しく伝えられるようになる」というのです。
まず「論理思考」が磨かれると、論理的に筋道を立てて説明できるようになります。どんなに複雑な案件であっても、論理的に組み立てられた説明ができれば相手に納得させる手段になるでしょう。
次に、数字で考えることを意味する「数的思考」。たとえば今期の目標を求められたとき、漠然と「生産性を上げる」「仕事を効率化する」と述べても説得力はありません。作業時間をどうするのか、売り上げをどうするのかなど、数字を使った思考ができていれば具体的なアクションが明確になり、成果を観測できるでしょう。
そして最後は、より実戦的な能力としての「数学的スキル」です。たとえば「広告費◯円に対して売り上げ△円と見込めるため、来年度広告予算としてX円を希望します」と、明確な数字を挙げて説明したり提案したりできる能力を磨くことで、相手はその内容を具体的にイメージしやすくなります。
「自分の頑張りを認めてもらいたい」と望むのは、熱心に仕事に打ち込んでいるビジネスパーソンであれば当然です。ただし、「すごく頑張りました!」と言うだけでは伝わりにくいのも事実です。では「前期は◯◯だったのに対し、今期は△△まで数字を伸ばすことができました」と、具体的な数字を織り交ぜてみるとどうでしょう。このほうが、頑張りが正当に伝わると思いませんか?
算数を学ぶお手軽な方法
脳科学者の加藤俊徳氏は「大人になってから算数に取り組むと、世の中の見え方が変わる」とまで断言しています。加藤氏自身も、大人になってから算数の魅力に気づいたひとり。
算数に苦手意識を持つ人は多いけれども、脳は成長し続けています。今のあなたの脳は、もはや算数・数学に苦しんだ子どもの頃の脳ではない。歩んできた人生に応じた“脳番地”が育っているから、おとなは経験にものをいわせて解けばいいんですよ。
(引用元:NIKKEI STYLE|「おとなの算数」で脳のアンチエイジング)
“脳番地” とは、脳の形と機能から加藤氏が考案した脳の区分を意味します。運動系脳番地、理解系脳番地、思考系脳番地など、機能ごとにいくつかの系統があり、これらの脳番地をネットワークしながら人は活動しているのです。
加藤氏のおすすめは、図形問題にアプローチすること。現代人の7~8割は言語に関わる脳番地ばかりを使っているため、図形の処理が苦手らしいのです。だからこそ、あえて図形の問題をやると脳番地シフトが起きて、脳が一気に活性化するといいます。
たとえば、いつも使っているデスクの面積や、お弁当箱の体積を計算してみるなど、身近なものと図形問題を結びつけて考えてもいいでしょう。平面図形の問題を解くときは、耳の辺りの側頭葉にある形態視に関わる脳番地が働き、空間図形の問題を解くときは、頭頂部の空間視の脳番地も同時に動き出します。普段使わない脳番地を刺激すると脳トレにもなり、新鮮な体験で快感を得られると苦手意識を克服することにもつながります。
また、前出の深沢氏によると、数字力を磨くためには日頃から「スキマ時間にざっくり計算する習慣」をつけるといいそうです。普段飲んでいるペットボトルの水に着目し、日本では1日あたり何本くらい売れているか算出してみたり、ニュースの中に出てくる数字を関連するほかの数字を比べてみたりと、目に止まった数字について深く考えることを習慣づけます。
そして可能であれば、自分が導き出した数字について「実際はどうなっているのか」を答え合わせするといいでしょう。予想が正しかった、という成功体験は、あなたの数字力を向上させる習慣を形成し、モチベーションを上げる後押しをしてくれるはずです。
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私たちが思う以上に、ビジネスシーンにおいて算数・数学はとても身近で欠かせないものであることがわかったのではないでしょうか。学生時代に苦手意識を持った人も、大人になってから改めて数学と向き合ったとき、きっと新しい発見があるはずですよ。
(参考)
現代ビジネス|「起承転結」が通用するのは日本人だけ!算数のできない人に仕事を任せてはいけない
msnニュース|誰でも数学が得意になる、3つのトレーニング方法-西成活裕(東京大学教授)
久保田競,久保田カヨ子(2016),『小学校前にみるみる算数力がつく15の習慣』,ダイヤモンド社.
NIKKEI STYLE|ここが違う 数学が苦手な人、得意な人の「考え方」
Study Hacker|文系理系なんて関係ない! すべての社会人に求められる「ビジネス数学」というリテラシー“ビジネス数学の専門家”深沢真太郎さんインタビュー【第1回】
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