ストレスコーピングとは、ストレスの原因である「ストレッサー」や、自身の「ストレス反応」に対処し、問題を解決する方法。「問題焦点型」「情動焦点型」など、複数のストレスコーピングが存在します。
2017年の「労働者健康状況調査」では、約58%もの人が、仕事に関し「強いストレスとなっていると感じる事柄がある」と答えました。労働環境や人間関係など、私たちが仕事で受けるストレスは多種多様です。皆さんのなかでも、「ストレスがあるのは当たり前」と考えて、特に対策をとっていない人が多いのではないでしょうか。
自分の「認知パターン」を知り、ストレスへの適切な対処法を学んでみませんか? ストレスコーピングの理論と実践法をご説明します。
ストレスコーピングとは
ストレスコーピング(stress coping)とは、直訳すると「ストレス対処法」。いわゆる「ストレス解消」とは、どう違うのでしょう?
「ストレス解消」も「ストレスコーピング」も、ストレスの緩和という目的は同じです。しかし、「ストレス解消」を行なえるのは、ストレスが発生したあと。つまり、“対症療法” にすぎません。
一方、「ストレスコーピング」は、ストレスの原因を除去したり、ストレスに関する自分の考え方を変えたりと、ストレスに対してさまざまな角度からアプローチします。「ストレス解消」を含む、幅広い方法が、「ストレスコーピング」なのです。
ラザルスのストレスコーピング理論
ストレスコーピングを理解するため、そもそも「ストレス」とは何かを明らかにしましょう。
「ストレス」とは、もともと機械工学で「物体に圧力を加えたときに生じる反発力」を表す言葉。風船を指で押すと、指が押し返されるように感じますよね。指という外部からの力(ストレッサー)に対して風船が反応し、押し返そうとしている(ストレス反応)のです。
この「ストレス」という言葉を人間に用いたのは、オーストリアの生理学者ハンス・セリエ氏。1956年の論文でセリエ氏が発表した「ストレス学説」をキッカケに、現在の意味で「ストレス」が使われるようになりました。
セリエ氏のストレス理論を引き継ぎ、研究を深めていったのが、アメリカの心理学者リチャード・S・ラザルス氏。セリエ氏のストレス理論は主に身体に焦点を当てていた一方、ラザルス氏はストレス理論を心理学的な見地から拡大し、ストレスコーピング理論を構築しました。
ラザルス氏の理論によれば、ストレスの発生プロセスは、「ストレッサー」「評価」「ストレス反応」という3段階に分けられます。
ストレッサー
「ストレッサー」とは、ストレス反応が生じるそもそもの原因です。
- 上司のパワハラでストレスを感じている場合
→「パワハラ上司」がストレッサー - 試験のプレッシャーで胃が痛い場合
→「試験」がストレッサー
ストレスコーピングのアプローチのひとつが、ストレッサーを取り除くことです。ストレスは、ストレッサーへの抵抗反応として生じるのですから、以下のようにストレッサーがなくなれば、ストレスは根本的に解決されます。
- 上司のパワハラでストレスを感じている場合
→パワハラ上司のいない部署に自分が異動する - 試験のプレッシャーで胃が痛い場合
→試験が終わる
とはいえ、すべてのストレッサーを取り除けるとはかぎりません。特に、職場の環境や人間関係がストレッサーになっている場合、なかなか思いどおりに改善できないでしょう。それに、「大切な人が亡くなった」など過去の出来事がストレッサーであれば、取り除くことは不可能です。
このように、ストレッサーの除去が困難である場合、以下で説明する「評価」および「ストレス反応」へのアプローチが必要となります。
評価
「評価」とは、ストレッサーの程度や、ストレッサーへの対処能力が自分にあるかなどを認知・判断するプロセスです。
たとえば、上司からの厳しい叱責を「尊敬する上司からのありがたい指導」と解釈する人は、さほどストレスを感じないかもしれません。1ヵ月後の試験について「楽勝で合格できるに違いない」と感じている人は、むしろ試験当日が楽しみなくらいでしょう。
ストレッサーの大きさや対処可能性をどのように評価(認知)するかによって、ストレス反応の大きさは変わるのです。ラザルス氏の理論によれば、ストレッサーへの評価には「一次評価」「二次評価」の2段階があります。
一次評価
一次評価とは、ストレッサーが自分にとって有害か無害かを判別するプロセス。ある刺激がストレッサーになるかどうかは、認知の仕方によって変わります。
たとえば、飲食店でBGMのボリュームが大きいとき……
- 音楽が好きな人「楽しい店だな」
- 別の人「うるさい店だね」
同じ「音楽」という刺激に対しても、音楽がどれくらい好きか、どのくらいのボリュームが心地いいかという主観的な基準によって、ストレスを感じるかどうかが決まるのです。
先ほど挙げた、「上司の叱責」の例も同様。ある人にとっては「ありがたい指導」と感じられる言葉も、別の人は「パワハラ」と解釈するかもしれません。上司との関係性や、受け手の認知の仕方によって、感じ方の違いが生まれるのです。
二次評価
二次評価とは、ストレッサーの大きさと自分の力を比較して、自分がストレッサーに打ち勝てるか、それとも負けてしまうかを推測するプロセスです。
「きっと試験に失敗する」と思っている人にとって、試験を受けることは苦痛以外の何物でもないはず。つまり、「自分の力では試験というストレッサーに打ち勝てない」と認識することで、大きなストレス反応が生じているのです。風船が強い力で押され、割れてしまうほど大きくへこんでいる状態と似ています。
一方、「楽勝で合格できる」という自信がある人にとって、試験はそれほど大きなストレスではないはず。風船の弾力が強ければ、指で押されてもあまりへこまないのと同じです。
このように、ストレッサーに対するストレス反応の大きさは、ストレッサーへの評価で決まります。そのため、自分の認知の仕方を変えることも、ストレスコーピングのアプローチとして有効なのです。
ストレス反応
ストレッサーを評価した結果として生じる心理的・身体的反応が、「ストレス反応」です。
ストレス反応と聞いて皆さんが想像するのは、落ち込んだり、イライラしたりというような、精神的ストレスではないでしょうか。しかし、日本ストレス学会理事の坪井康次医師によれば、ストレス反応は、心理面だけでなく身体面・行動面にも現れるのだそう。
たとえば、「試験で緊張してお腹が痛くなった」場合、「不安感」という心理的ストレス反応だけでなく、「腹痛」という身体的なストレス反応も生じています。「試験をサボる」「勉強から逃げてテレビゲームに没頭する」など、行動面でのストレス反応も現れるかもしれません。
以上のように、ストレスコーピングでは「ストレッサーを除去する」「ストレッサーに対する認知を変える」「ストレス反応を取り除く」という3種類のアプローチによって、ストレスの緩和を目指していきます。
ストレスコーピングの種類
坪井医師によると、ストレスコーピングは以下の5種類に分けられるそうです。
問題焦点型コーピング
「問題焦点型コーピング」は、直面している問題・課題(=ストレッサー)そのものを解決しようとする方法。自分の力で解決するだけでなく、人の手を借りたり、ときに解決を諦めて逃げたりすることも、「問題焦点型コーピング」です。具体例としては以下のようなものが挙げられます。
- パワハラ上司のいない部署に異動する。あるいは話し合って解決する。
- 満員電車に乗らなくていいよう、時差出勤をする。
- 同僚に仕事を手伝ってもらい、残業時間を減らす。
- 勉強の計画を見直し、無理がないスケジュールにする。
認知的再評価型コーピング
「認知的再評価型コーピング」とは、ストレッサーに対する評価(認知)を変えることで、ストレス反応を軽減させる方法。物事を見る角度を変えたり、ポジティブに捉えたりなどの方法があります(詳しいやり方については次章)。
- 苦手な人の良い側面に目を向ける。
- 試験を「苦痛」ではなく「成長するための試練」と捉える。
- 勉強をゲームのように楽しむ。
- 仕事の中に喜びを見つけようとする。
気晴らし型コーピング
「気晴らし型コーピング」とは、いわゆる「ストレス解消」のこと。レジャーや趣味などを通じ、蓄積しているストレス反応を発散する方法です。
- カラオケで思いっきり歌う。
- 友だちとお酒を飲む。
- 映画を観て号泣する。
- スポーツに打ち込む。
情動焦点型コーピング
「情動焦点型コーピング」は、ストレスや不満を人に話すことで、発散を目指す方法。「気晴らし型コーピング」は、身体を動かすなどの身体的アプローチが主である一方、「情動焦点型コーピング」では、対話による精神的アプローチでストレスを緩和することを目指します。
- 友だちに愚痴をこぼす。
- 信頼できる人に悩みを打ち明ける。
- 将来に対する不安を上司に相談する。
- 心配事をカウンセラーに相談する。
社会的支援探索型コーピング
「社会的支援探索型コーピング」とは、人に頼ることでストレスを緩和する方法。家族や友人、上司などに、アドバイスやサポートを求める対処行動です。自分の力だけではどうにもならないことでも、誰かの知恵や力を借りることで、物事が好転するかもしれません。また、相談することによって、「情動焦点型コーピング」の効果も得られます。
- 同僚に仕事を手伝ってもらう。
- 上司にキャリア形成の相談をする。
- 家族に悩みを相談する。
- 友だちに勉強を教えてもらう。
上記5種類のストレスコーピングを組み合わせることで、ストレスを感じにくい生活が送れるのです。
ストレスコーピングの方法
ストレスコーピングの具体的な実践方法として、坪井医師が紹介している「コラム法」を紹介します。コラム法とは、5マスの枠(コラム)を使い、自分の認知の傾向を修正する方法。ストレスを感じた状況や、そのときの感情・思考を書き出して客観視することにより、ストレスの原因となっている "思考のクセ" を修正します。
たとえば、「先輩社員に質問しようとしたら、冷たくあしらわれた」という場合。コラム法によってストレスを緩和するならば、以下のようになります。
1. 状況 | 先輩社員に質問しようとしたら、冷たくあしらわれた |
2. 不快な感情 | 落ち込み:70 不安:60 焦り:50 |
3. 自動思考 | 先輩の邪魔をしてしまった:80 自分は嫌われているんだろうか:70 |
4. 合理的思考 | 質問しないまま仕事を進めるほうが問題だ 先輩は忙しかっただけかもしれない |
5. 合理的思考後の感情 | 落ち込み:40 不安:30 焦り:10 |
まず「1. 状況」の欄に、ストレスを感じたエピソードを記入します。「2. 不快な感情」には、そのとき感じた負の感情の内訳を、「3. 自動思考」には、そのとき思ったことを書きましょう。「不快な感情」の強さと、「自動思考」への確信の度合いを、それぞれ1~100の数値で表現してください。
「4. 合理的思考」では、1~3の内容を客観的に見直し、別の解釈ができないか考えます。「3. 自動思考」では、「自分は嫌われているんだろうか」とつい思ってしまいましたが、冷静に考えてみれば、「そのとき先輩は忙しかったので、つい冷たく対応してしまった」という可能性もありますよね。
「4. 合理的思考」の実行後、「2. 不快な感情」がどれくらい軽減されたかを、「5. 合理的思考後の感情」に書き込みましょう。ストレスが小さくなったことが、目に見えてわかるはずです。
精神的ストレスを抱え込みやすい人は、ストレスコーピングとして「コラム法」を試してみてください。
ストレスコーピングテスト
「ストレスコーピングテスト」とは、ストレッサーへの対処傾向から、疾病リスクなどを予測する方法。ストレスに起因する生活習慣病やトラブルなどの予防を目的としています。
ストレスコーピングテストでは、個人のストレスコーピング傾向が、以下の4種類に分類されます。
- 積極行動コーピング:ストレスを感じても、無理をして頑張りすぎてしまう。喫煙・飲酒の習慣がある人が多く、総コレステロール値・血圧は低い傾向。
- 気晴らしコーピング:ストレスを感じると、衝動買いや飲食で発散しようとする。総コレステロール値・空腹時血糖値・血圧が低い傾向。
- あきらめコーピング:ストレスを感じても解決をあきらめ、過去の記憶などに逃避する。喫煙・飲酒習慣はあまりなく、BMI・中性脂肪値・空腹時血糖値・血圧などが低い傾向。
- 否認コーピング:ストレスを感じていることを認めようとしない。喫煙・飲酒習慣がある人が多く、BMI・中性脂肪値などが高く、総コレステロール値が低い傾向。
以下は、ストレスコーピングテストで使用される質問リストです。あなたは「積極行動コーピング」「気晴らしコーピング」「あきらめコーピング」「否認コーピング」のうちどの質問に当てはまりやすいか、セルフチェックしてみましょう。1=全くしない、2=ときにはある、3=しばしばある、4=常にある、の4段階です。
コーピング・スタイル | 質問事項 | 評価 |
---|---|---|
積極行動コーピング | 積極的に解消しようと努力する | 1・2・3・4 |
自分への挑戦と受け止める | 1・2・3・4 | |
ひと休みするより、今まで以上に頑張ろうとする | 1・2・3・4 | |
気晴らしコーピング | 衝動買いするか、高価な買い物をする | 1・2・3・4 |
同僚や家族と出歩いたり飲み食いする | 1・2・3・4 | |
何か新しいことを始めようとする | 1・2・3・4 | |
あきらめコーピング | 今の状況から抜け出ることは無理だと思ってしまう | 1・2・3・4 |
楽しかったときのことをぼんやりと考える | 1・2・3・4 | |
過去のことについて思い悩む | 1・2・3・4 | |
否認コーピング | 現在のことについては考えないようにする | 1・2・3・4 |
身体の調子が悪くても病院には行きたがらない | 1・2・3・4 | |
以前よりタバコ、酒、食事の量が増えた | 1・2・3・4 |
ひとつのコーピング・スタイルに顕著に偏った方もいれば、複数の傾向が同等に現れた方もいると思います。ストレスコーピングテストはあくまで目安ですが、自分のストレスとの付き合い方を客観視する意味でも、ぜひ参考にしてみてください。
ストレスコーピングについて学べる本
最後に、ストレスコーピングについて学べる本を3冊ご紹介します。
『折れない心がメモ1枚でできる コーピングのやさしい教科書』
1冊目は、臨床心理士の伊藤絵美氏による著書。「教科書」というタイトルどおり、コーピングを実践したい人にとことん寄り添った本です。「マインドフルネス」「ボディスキャン」や書き込み式のワークなど、すぐに実践できる具体的なストレスコーピングの方法がたくさん紹介されています。ストレスコーピングについて学び始めたい方の入門書として最適でしょう。
『ストレスに負けない技術 コーピングで仕事も人生もうまくいく!』
2冊目は、スポーツメンタルトレーニング上級指導士の田中ウルヴェ京氏らによる著書。田中氏は、元アーティステックスイミング(シンクロナイズドスイミング)選手で、ソウルオリンピックで銅メダルも獲得したトップアスリートです。本書は、ストレスパターンを「イライラ型」「ビクビク型」などの7種類に分類し、各タイプごとの対処法を紹介しています。
『ストレスの心理学 認知的評価と対処の研究』
3冊目は、心理学者リチャード・S・ラザルス氏による、ストレス理論についての解説書。先述したように、ラザルス氏は心理的ストレス研究の第一人者。専門的な内容ですが、一般読者でも読みやすいよう配慮して書かれています。少し高価ですが、ストレスコーピングの理論的な背景を詳しく知りたい方には、ぜひチャレンジしていただきたい一冊です。
***
ストレスコーピングは、まじめで頑張りすぎてしまう人にこそ、ぜひ知ってほしいスキル。心身が限界に達してしまわないよう、自分のストレスを上手にマネジメントする術を身につけましょう。
(参考)
厚生労働省|平成29年労働安全衛生調査(実態調査) 結果の概要
コトバンク|コーピング
J-STAGE|ストレスコーピングー自分でできるストレスマネジメントー
荒木力(2011),『エラストグラフィ徹底解説 生体の硬さを画像化する』, 学研メディカル秀潤社.
J-STAGE|ストレスと健康
J-STAGE|対人ストレスコーピングの基本次元の検証―対人ストレスコーピング尺度と失恋ストレスコーピング尺度―
GLOBIS 知見録|第5回 ストレスを理解する
リクナビNEXTジャーナル|コーピングとは?お金をかけず「手軽」にできるストレス対処法に注目!
J-STAGE|ストレス・コーピング・テストの健診への応用
伊藤絵美(2017),『折れない心がメモ1枚でできる コーピングのやさしい教科書』, 宝島社.
田中ウルヴェ京, 奈良雅弘(2005),『ストレスに負けない技術 コーピングで仕事も人生もうまくいく!』, 日本実業出版社.
リチャード・S・ラザルス著, 本明寛ら訳(2004),『ストレスと情動の心理学 ナラティブ研究の視点から』, 実務教育出版.
リチャード・S・ラザルス著, スーザン・フォルクマン著, 本明寛ら訳(1991),『ストレスの心理学 認知的評価と対処の研究』, 実務教育出版.
【ライタープロフィール】
佐藤舜
大学で哲学を専攻し、人文科学系の読書経験が豊富。特に心理学や脳科学分野での執筆を得意としており、200本以上の執筆実績をもつ。幅広いリサーチ経験から記憶術・文章術のノウハウを獲得。「読者の知的好奇心を刺激できるライター」をモットーに、教養を広げるよう努めている。