「自己肯定感」とは、「ありのままの自分を肯定し、認めることができる感覚」のことです。この自己肯定感が「疲労」の度合いを大きく左右することを知っているでしょうか。
お話を聞いたのは、自己肯定感に関する著書もある精神科医・禅僧の川野泰周(かわの・たいしゅう)さん。「なんだか疲れやすい……」という人は、もしかしたら自己肯定感に課題があるのかもしれません。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
自己肯定感が育まれていない人の脳が疲れやすいわけ
人間の疲労には、「肉体疲労」「ストレスによる脳疲労」「マルチタスクによる脳疲労」の3種類があると私は考えています(『なぜか疲れている理由は脳にあり。“精神科医の禅僧” が説く「脳疲労」を防ぐたった1つの習慣』参照)。そのうち、「自己肯定感」が大きく関わるのは、ストレスによる脳疲労です。
自己肯定感は、自分の心の基礎となるものです。自己肯定感が十分に育まれていないと、心の基礎の部分が揺らぎやすく、自分に価値があるかどうかの判断基準を他者からの評価に置いてしまう特徴があります。
そのため、人からほめられると「自分も捨てたもんじゃない!」と思えますが、ひとたび駄目出しをされると自己価値が一気に崩れ、「私はやっぱり駄目な人間だ……」と自己否定してしまうのです。そして、そういう浮き沈みを繰り返すうちに、他者とのコミュニケーションにおいても「この人は自分のことを悪く言うのでは……?」と初めから過剰防衛するようになり、相手の些細な言葉にも過度にネガティブな反応をしがちになってしまいます。
すると、脳のなかのネガティブ感情をつかさどる「扁桃体」という部分の活動が活発になります。ただ、ネガティブ感情に飲み込まれてしまっては人間として適切な行動をとることが難しくなりますから、今度は扁桃体の活動を抑えようと理性をつかさどる「内側前頭前野」という部分の活動が活発になる。
この内側前頭前野は、脳のなかでもたくさんのエネルギーを消費する部分です。そのために、自己肯定感が十分に育まれておらずネガティブ感情を抱きやすい人の脳は疲れやすいのです。
もちろん、脳疲労を蓄積させることは問題です。脳の疲労とはいわば心の疲労ですから、その疲労をどんどんため込んでしまえば身体だけでなく心にもさまざまな症状が表れます。最悪の場合、うつ状態に至ってしまうこともありえるでしょう。
自己否定をしている事実に気づくところからがスタート
一方、自己肯定感がしっかりと育まれている人のケースを考えてみましょう。そういう人は、あるがままの自分を受け入れられます。
もちろん、どんな人にも欠点はあります。自己肯定感が高い人は、それらの欠点を無視するわけではありません。「将来、この欠点を改善できればいいな」と思いながらも、「いまはこの欠点をもっている自分を受け入れてあげよう」と前向きに考えられます。つまり、課題意識はもちながらも自己否定をしない特徴があるのです。
自己否定をしないのですから、自己肯定感が育まれていない人に比べたらネガティブ感情を抱くようなことはぐっと少なくなります。そのために、内側前頭前野の出番も減り、自己肯定感が高い人の脳は疲れにくくなるということです。
そうであるなら、自己肯定感を高めたいと思われるのではないでしょうか? ただこれは、一朝一夕にできるものではありません。そこで、まずは自分で「自己否定している」事実に気づくところからスタートしてみましょう。
じつは、自己肯定感がしっかりと育まれていない人には、自己否定している事実に気づいていない特徴が見られます。なぜなら、自己肯定感に課題がある人は、自己否定することの苦しさを痛いほどわかっているために、自己否定したくないと考えるからです。そのため、自己否定したとしてもその事実から目をそらす癖がついていることが多いのです。
それはいわば、自分の心のバランスを保つために獲得した対処スキルです。でも、そういうふうに心が激しく浮き沈みすること自体が、知らず知らずのうちに心をむしばんでしまいます。ですから、まずは自己否定している事実に気づくところからがスタートになるわけです。
その事実に気づくことができたなら、「そんなに自分を傷つけなくてもいいんじゃない?」と思考がシフトチェンジを始めます。そうなったらしめたもの。自らをいたわる方向に思考も行動も変容し始めますから、徐々に自己肯定感が高まっていくでしょう。
自己否定した事実に気づくため、意図的に違和感を与える
では、自己否定している事実に気づくための方法を紹介しましょう。それは、「インターベンション・ブレスレット」というメソッドです。もともとはブレスレットを使うことを想定した方法のようですが、腕時計でも、女性の場合なら髪留め用のゴムでも問題ありません。
それらを普段は左手につけているとします。そして、自分を責めるような言葉を心のなかでつぶやいてしまったようなときに、右手につけ替えます。想像していただくとわかりやすいと思いますが、普段左手につけている腕時計を右手につけ替えると強い違和感を覚えますよね。その違和感によって、「ああ、いま自己否定してしまったんだ」という認識を強化するのです。
その違和感は時間が経つうちに薄れていきます。そしてまた自己否定してしまったら、今度は腕時計を左手に戻す。もちろん、最初のときほどではないにしても、反対の手に腕時計が移動するわけですから、また違和感を覚えることになり、自己否定したという認識を強めることになります。そうして自己否定をしていることに気づく体験を繰り返すうちに、自分をいたわる方向に思考が変わっていくメカニズムです。
腕時計やブレスレットなどを使いたくない人なら、深呼吸をするとか胸をトントンと叩くといったことでもいいでしょう。ただ、あまりに日常的によく行なう動作だと自己否定した認識を強めることができませんから、普段はあまりしない動作にすることを意識してください。ちょうど有名な野球選手やサッカー選手がここぞという場面で行なう「ルーティン」の、別の活用法だと考えればわかりやすいと思います。
これは、ある意味で痛みをともなう方法です。先に述べたように、自己肯定感を十分に育めていない人は、日頃、自己否定した事実から目をそらすことで心を守っているからです。
でも、そのこと自体が心をむしばんでいます。だからこそ、少しの勇気をもって自己否定した事実をしっかりと心のなかで認識するようにしていただきたいのです。そうするうち、「もう少し自分をいたわろう」と思考が変わる瞬間が訪れ、自己肯定感を育む第一歩を踏み出していただければ幸いです。
【川野泰周さん ほかのインタビュー記事はこちら】
“精神科医の禅僧” が教える「脳が疲れる2つの原因」。現代は “脳に悪いこと” が多すぎる。
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【プロフィール】
川野泰周(かわの・たいしゅう)
1980年生まれ、神奈川県出身。精神科・心療内科医。臨済宗建長寺派林香寺住職。2005年、慶應義塾大学医学部医学科卒。臨床研修修了後、慶應義塾大学病院精神神経科、国立病院機構久里浜医療センターなどで精神科医として診療に従事。2011年より建長寺専門道場にて3年半にわたる禅修行を行なう。2014年末より臨済宗建長寺派林香寺の住職となる。現在は寺務のかたわら、都内及び横浜市内のクリニック等で精神科診療にあたっている。うつ病、不安障害、PTSD、睡眠障害、依存症などに対し、薬物療法や従来の精神療法と並び、禅やマインドフルネスの実践による心理療法を積極的に導入している。また、ビジネスパーソン、医療従事者、学校教員、子育て世代、シニア世代など幅広い対象に講演活動も行なう。『半分、減らす』(三笠書房)、『精神科医がすすめる 疲れにくい生き方』(クロスメディア・パブリッシング)、『集中力がある人のストレス管理のキホン』(すばる舎)、『「精神科医の禅僧」が教える 心と身体の正しい休め方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『人生がうまくいく人の自己肯定感』(三笠書房)など著書多数。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。