「いつもなんだか疲れている人」、それとは対照的に「タフに働いていていつも元気な疲れにくい人」がいます。両者の違いはどこにあるのでしょうか。
マインドフルネスに詳しい精神科医・禅僧である川野泰周(かわの・たいしゅう)さんは、そのことについて4つの違いを挙げます。そして、疲れにくいビジネスパーソンになるための方法もあわせて解説してもらいました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
精神疲労——脳疲労の要因は「ストレス」と「マルチタスク」
人間の疲労は大きく3つに分けられます。1つは、多くの人がまずイメージするであろう「肉体疲労」です。普段はあまり使わない筋肉を過度に使ったために筋肉痛になるといった疲労です。
残りの2つの疲労は「精神疲労」。私は、これを「脳疲労」と位置づけています。ただ、これはその要因によってふたつに分けられます。ひとつめが「ストレス」による脳疲労。嫌なことがあったり悩み事を抱えていたりすることによる脳の疲労です。
ふたつめが「マルチタスク」による脳疲労。いくつものことを同時にやろうとしたり、ひとつのことに集中しようとしているのにほかのことが気になっていたりすれば、それだけ脳の注意資源を多く使うことになるために脳が疲労するわけです。
では、「いつもなんだか疲れている人」と「いつも元気で疲れにくい人」にはどんな違いがあるのでしょうか? 私は肉体疲労についての専門家ではありませんから、ここではふたつの脳疲労の観点からその違いを挙げてみます。
【疲れやすい人と疲れにくい人の違い】
- 「セルフアウェアネス」の能力の違い
- 「感情コントロール」のスキルの違い
- 「切り替え力」の違い
- 「脳疲労をとるスキル」の違い
1つめは、「セルフアウェアネス」という心理的な能力の違いです。セルフアウェアネスとは、「自己認識」のこと。
自分がどれくらい疲れているのか、どういうタスクが自分にとって疲労につながりやすいのか、あるいは自分の心と身体がいまどういう状態にあるのか——それらを認識する力が高ければ、「そろそろ休んだほうがいい」とか「この作業をやっているときはときどき休憩するように心がけよう」と、疲労に対して適切に対処できます。そのため、セルフアウェアネスの能力が高い人は疲れにくくなるのです。
ネガティブな感情を抱くと、脳が疲労してしまう
2つめの違いは、「感情コントロール」のスキルです。脳には、感情、なかでも特にネガティブ感情をつかさどる「扁桃体」という部分があります。怒りや悲しみといったネガティブ感情を抱くような際に、その活動が活発になっているのです。
もちろん、ネガティブ感情に飲み込まれてしまっては、そのストレスによって適切な行動をとることが難しくなるもの。そのため、私たちがネガティブ感情を抱くと、脳の理性をつかさどる「内側前頭前野」という部分が、扁桃体の活動を抑えようとします。この内側前頭前野は、とてもたくさんのエネルギーを消費することがわかっています。そのために、感情をうまくコントロールできずにネガティブ感情を抱きやすい人は、それだけ疲れやすくなるのです。
3つめの違いは、「切り替え力」。これは感情コントロールにもつながるものですが、感情をぱっと切り替える力だけでなく、タスクを切り替える力も含みます。あることに集中していて、次のことに取りかかったらその前に取り組んでいたことはいったん脇に置いて、目の前のことにまた集中する力です。
このようなスキルが身につくと、たとえいろいろな仕事を抱えていてもひとつひとつはシングルタスクとして「全集中」で取り組むことができ、マルチタスクによる脳疲労を軽減できます。
最後の4つめは、「脳疲労をとるスキル」の違い。これは、セルフアウェアネスにも通じることですが、たとえば「私はジョギングをすれば気分転換ができる」「美味しいスイーツをゆっくり食べているときがいちばんリラックスできる」など、自分の脳疲労をとる方法を自覚できているかどうかの違いです。もちろん、その自覚がある人のほうが脳疲労を蓄積させにくいことは言うまでもないでしょう。
疲れにくい人になるためにやるべき「マインドフルネス瞑想」
では、どうすれば「いつも元気で疲れにくい人」になれるのでしょうか? その答えは、ここまでに挙げた4つの力やスキルを伸ばすことになりますが、具体的な方法となるとひとつに集約されます。それは「マインドフルネス瞑想」です。
マインドフルネスとは、「いまここで感じている体験に注意を向け、あるがままに受け入れる」という心のスタンスのこと。それを習得するための練習法が「マインドフルネス瞑想」です。そしてマインドフルネスの瞑想とは、言い換えれば「細かく自分の心や身体の感覚を見ていく訓練」のこと。そのため、継続することでだんだんと自分自身を認識するセルフアウェアネスの力が高まります。
また、こうした瞑想を行なうことで、自分の悲しみや苦しみといったネガティブ感情を客観的に眺められるようになることも、脳科学(神経科学)の研究でわかっています。そのため、扁桃体の活動が穏やかになり、内側前頭前野が過度に活動しなければならないということが減ります。つまり、感情コントロールのスキルも磨かれていくのです。
さらに、マインドフルネス瞑想で大切なポイントは、心のなかに雑念が湧いてきたとしても、それをことさらに責めたり悪いものと考えたりはせずに、ただそっと呼吸などの感覚に意識を戻すこと。ですから、日々習慣的に行なっていけば、やがて切り替え力も向上します。
そして、マインドフルネス自体が脳疲労をとる行為でもあります。実際、脳疲労からの回復を期待して、疲労性のうつ状態になってしまった患者さんの治療にもマインドフルネスは使われています。つまり、4つの力やスキルのすべてをマインドフルネスが高めてくれることになります。
自分にとっての「マインドフルネス」を見つける
では、具体的にどのようにマインドフルネスをすればいいのでしょう? マインドフルネスというと「瞑想」をイメージする人も多いと思いますが、じつは必ずしも瞑想にこだわる必要はありません。私は、自分自身が「マインドフルに過ごす」ことが最も大切だと考えています。
マインドフルとは、「心にとめて」とか「忘れないで」という意味の形容詞です。つまり、マインドフルネスで重要なのは、「自分のなかに生じている感覚に注意を向ける」ことなのです。たとえば、足の裏の感覚に注意を向けながら砂浜を歩くとか、キャンプに行って小鳥のさえずりだけに耳を傾けるといったことも、立派なマインドフルネスになります。
ただ、ひとつ注意してほしいのは、娯楽性や刺激が強いものはマインドフルネスにはなりにくいということ。たとえば、ギャンブルに興じる、激辛料理を食べる、残虐性が強いゲームに没頭するといったことです。これらは、人工的におもしろおかしくつくり上げられていますから、自ら意図的に注意を向けるのではなく、注意を「奪われて」しまう類いのものです。自分が主体性をもっていないために、こういったものをやりすぎると逆に疲れてしまうのです。
ポイントは「人の作為が加えられていないものに意図的に注意を向ける」こと——。そういった視点で、自分にとってのマインドフルネスを見つけていただければ幸いです。
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【プロフィール】
川野泰周(かわの・たいしゅう)
1980年生まれ、神奈川県出身。精神科・心療内科医。臨済宗建長寺派林香寺住職。2005年、慶應義塾大学医学部医学科卒。臨床研修修了後、慶應義塾大学病院精神神経科、国立病院機構久里浜医療センターなどで精神科医として診療に従事。2011年より建長寺専門道場にて3年半にわたる禅修行を行なう。2014年末より臨済宗建長寺派林香寺の住職となる。現在は寺務のかたわら、都内及び横浜市内のクリニック等で精神科診療にあたっている。うつ病、不安障害、PTSD、睡眠障害、依存症などに対し、薬物療法や従来の精神療法と並び、禅やマインドフルネスの実践による心理療法を積極的に導入している。また、ビジネスパーソン、医療従事者、学校教員、子育て世代、シニア世代など幅広い対象に講演活動も行なう。『半分、減らす』(三笠書房)、『精神科医がすすめる 疲れにくい生き方』(クロスメディア・パブリッシング)、『集中力がある人のストレス管理のキホン』(すばる舎)、『「精神科医の禅僧」が教える 心と身体の正しい休め方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『人生がうまくいく人の自己肯定感』(三笠書房)など著書多数。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。