「納得のいく働き方をしたいけれど、やりたいことがなかなか見つからない」――そんな悩みが生まれるのはなぜなのでしょうか。
脳科学者としての知見を活かして、うまくいく人とそうでない人の違いを研究する西剛志さんに、やりたい仕事を見つける方法を聞きました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
【プロフィール】
西剛志(にし・たけゆき)
1975年4月8日生まれ、鹿児島県出身。脳科学者、分子生物学者。東京工業大学大学院生命情報専攻卒。博士号を取得後、特許庁を経て、2008年に世界的に成功する人とそうでない人の違いを研究する会社を設立。うまくいく人たちの脳科学的なノウハウや、才能を引き出す方法を提供するサービスを展開し、企業から教育者、高齢者、主婦まで1万5000人以上に講演会を提供。テレビやメディアなどにも多数出演。『認知バイアスの教科書』(SBクリエイティブ)、『世界一やさしい 自分を変える方法』、『80歳でも脳が老化しない人がやっていること』、『脳科学者が考案 見るだけで自然に脳が鍛えられる35のすごい写真』、『なぜ、あなたの思っていることはなかなか相手に伝わらないのか?』(いずれもアスコム)など海外も含めて著書多数。
私たちが求めるのは仕事ではなく、なんらかの「感情」
子どもたちの能力を開花させるといった仕事で、私はよく幼稚園にも出向きます。そこで子どもたちに将来の夢を聞いてみると、男の子なら「野球選手になりたい」、女の子なら「アイドルになりたい」など、じつにさまざま答えが返ってきます。
ところが、それらの夢は、じつは本当の意味で夢とは言えないのです。たとえば、「野球選手になりたい」という子に、「あまりお金をもらえなくても野球選手になりたい?」「一軍選手になれなくても野球選手になりたい?」「ファンから応援されなくても野球選手になりたい?」などと条件をつけると、すぐに「なりたくない」と答えます。
なぜかというと、「野球選手になりたい」という子が本当に求めているものは、野球選手になることではなく、夢を叶えたときに得られる「感情」だからです。
その感情とは、野球選手になって大きな収入を得て「自由」を感じたいのかもしれませんし、一軍選手になって「毎日、刺激的でワクワクを感じる」とか、多くのファンに夢を与えて「人に貢献できる喜び」を感じることかもしれません。
いずれにせよ、私たちが仕事を通じて本当に求めているものとは、仕事そのものではなく、その仕事を通じて得られる「感情」なのです。
「こんな仕事が自分には向いていそうだ」「これこそが、自分がやりたいことではないか」と考えて新たな仕事に臨んだ結果、「どうも思ったような仕事ではなかった」「やりがいを感じられない」となるのもよくある話です。こういったことが起こり得る原因の多くは、「感情」を無視しているからだとわかっています。
「得意なこと」ではなく、「好き」を優先する
また、やりたいことが見つからないほかの要因としては、「得意なこと」を活かそうと考えているというのもあります。
勉強や仕事においては、「苦手なことを無理に克服しようとするより、得意なことを伸ばすほうが効率的だ」とよく言われます。ところが、得意であっても「好きではないこと」については、やりがいを感じるのは難しくなります。
私のクライアントのひとりに、公認会計士だった人がいます。もともともっていた数学的な才能を活かして会計士になり、社会的には成功していました。しかし、「どこか満たされない……」と悩んでいたのです。
そこでよく話を聞いてみると、かつてはミュージシャンになりたかったのだと言います。でも、「音楽で食べていくのは無理だろう」と考え、「得意なこと」だった数学を活かして会計士になったのです。会計士の仕事では、音楽に触れることはありません。そのため、知らず知らず大きなストレスを感じることになっていました。
私との対話を通じて、その人は思いきった行動に出ました。なんと、自分の会計事務所をほかの人に任せて、ジャズの勉強をするために渡米したのです。帰国後の今はジャズバーで演奏をしながら、音楽関連の新ビジネスを立ち上げようと模索しています。
公認会計士を辞めたなどと聞くと、他人からすればもったいないと感じるかもしれませんが、その人は「いまは本当に幸せだ」と語っています。
もちろん、「得意なこと」については、得意なのですからそのことに関する才能は一定程度もっているのでしょう。しかし、「好き」をともなっていなければ、どうやっても幸せを感じるのは難しくなってしまいます。
一方、たとえ最初は「苦手なこと」だったとしても、それが「好き」であれば長く続けることができます。そうして、時間はかかったとしても、最終的に高い能力として開花する可能性もあるのです。
真剣に考えるほど、脳は誤った結論を導き出す
また、やりたいことが見つからない人は、そもそも考えすぎる傾向があります。じつは、真剣に考えれば考えるほど、誤った結論を導き出してしまうことが研究でもわかってきています。
有名な科学誌『サイエンス』に掲載されたおもしろい実験があります。その内容は、被験者を「よく考えて選ぶグループ」と「直感的に選ぶ(すぐに決断しなければならない)グループ」に分け、4台の車のなかから最も理想的な1台を選んでもらうものでした。
燃費やタイヤの特性といった4つの情報を被験者に与えると、「よく考えて選ぶグループ」の60%の人が最良の車を選び、「直感的に選ぶグループ」は40%の人しか最良の車を選べませんでした。じっくり考えて選んだほうが好結果を得られる、「理性が正しい」という、ある意味で納得できる結果です。
ところが、より複雑な12の情報を被験者に与えて同様に実験をしたところ、結果は真逆となりました。「よく考えて選ぶグループ」の正答率は25%にまで低下し、「直感的に選ぶグループ」の正答率は60%となったのです。
つまり、より複雑な条件がある状況では、あれやこれやと考えるよりも、自分の直感や感覚に従ったほうが正しい判断ができる可能性を示しています。その要因は、考えすぎると、脳の神経細胞の活動を阻害するグルタミン酸という物質がたまるからです。脳が疲れると、判断力などパフォーマンスが低下してしまいます。
現代は情報化社会ともいわれ、仕事に関する情報が無数にあふれています。職業選択が自由ななかで、むかしよりも選択肢が格段に多くなっています。そんな世のなかで、理性で考えてやりたいことを見つけようとすること自体が難しいのは当然と言えるでしょう。理性が中心になると、やりたいことを見つけるためにもっとも大切な「好き」という感覚すら鈍ってしまうこともわかっています。
そういった意味で、現代で大切なことは、考えてばかりで頭でっかちになるのではなく、体験することです。最初は面倒だと思ったことでも、実際にやってみると楽しくて驚くことがありますが、そういった体験が自分のやりたいことを見つける近道になるでしょう。やりたいことを見つけている人は、総じて、新しい体験の頻度が多いこともわかっています。
仕事の先にある「感情」にフォーカスし、得意なことではなく「好き」を大切にする。そして、考えすぎずにたまには感覚に従って新しいことを体験してみる――。人によって得られる変化はさまざまですが、これらが、やりたいことを見つけるための鉄則のひとつです。
【西剛志さん ほかのインタビュー記事はこちら】
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清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。