世界に冠たる日本の大企業・トヨタ。その独自の仕事術は、「トヨタ式」として、アマゾンのジェフ・ベゾス氏やアップルのスティーブ・ジョブズ氏にティム・クック氏、テスラのイーロン・マスク氏など、世界的な経営者にも多くのファンを持ちます。
そのトヨタ式仕事術の中で、特にトヨタ社員が大事にしているキーワードとして、トヨタ式仕事術に明るい経済・経営ジャーナリストの桑原晃弥(くわばら・てるや)さんは、「なぜ?」「たとえば」を挙げます。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
問題の真因にたどり着くために、何度も「なぜ?」と考える
今ではあまりないことですが、昔は電化製品のヒューズが切れてしまうことがよくありましたよね。ヒューズというのは、過電流によって火災が起こるのを防ぐ部品です。普通は、ヒューズが切れたら交換して終わり。「なぜヒューズが切れたのか」を掘り下げて考えるような人はほとんどいません。
でも、そこで「なぜ?」と考えられたらどうでしょうか? 電化製品が動かなくなった。「なぜ?」「ヒューズが切れたから」で終わりにせず、「なぜヒューズが切れたのか」とさらに考えてみる。ヒューズが切れるということは、電化製品のどこかに欠陥や故障があるということです。そうして、何度も「なぜ?」と考えることで、問題の真因にたどり着くことができます。
この考え方を仕事の問題解決にも生かすのがトヨタ式です。たとえば、営業がなかなかうまくいかないという場合、まずは「なぜ営業がうまくいかないのか」と考える。すると、「営業先への訪問回数が足りない」という原因が見えてきた。そこで、「だったら訪問回数を増やせばいい」と安易な答えを出して終わらせてはいけません。なぜなら、訪問回数を増やしたくても増やせない事情も多々あるからです。
それは、営業エリアが広すぎて移動に時間がかかるということもかもしれないし、会議や提出書類が多くて訪問する時間が足りないということかもしれない。「なぜ?」と繰り返し考えることで、問題の根本的な原因を解消しないことには、本当の意味で問題解決をすることができないのです。
これは、「2階級上の視点で考えろ」というトヨタの考え方にも通じるものです。平社員であっても、係長や課長の視点で常に物事を考える。そうすれば、目の前の問題を自分事としてとらえて、きちんと「なぜ?」と考えることができ、改善案を上役に提案できますし、それこそ実際に昇進したら即座に改善策を実行するということもできるようになる。
「たとえば」で、相手が思い至らない問題の芽を引き出す
また、問題の真因を見つけるためには、「たとえば」という言葉をうまく使うのも大切です。自社の工場を訪問して、現場の人間に何か問題がないかと問うとしましょう。「何か問題はないですか?」「大丈夫ですか?」というような質問をぶつけるだけなら、「問題ありません」「大丈夫です」といった答えが返ってくるだけかもしれない。
でも、大きな問題というのは、些細な問題が膨らんで起きたりもします。この質問では、大きな問題の真因となり得る些細な問題にたどり着けません。これは、現場の人間が問題の芽を隠そうとしているわけでもなんでもなく、ただ思い至っていないだけのこと。そこで、「たとえば」の出番です。
「たとえば、従業員が怪我をしたというようなことはなかったですか?」「たとえば、クレームはなかったですか?」と聞いてみる。現場の人間も、そうやって具体的に問われたなら、「そういえば……」と思い至ることが出てくるのです。
言ってみれば、医師の問診のようなものです。健康診断で医師から「体調はどうですか?」と曖昧に聞かれても、「問題ありません」と答えてしまいそうになりますよね? それが、「最近、目の調子はどうですか?」「食欲が落ちていないですか?」というふうに具体的に聞かれたら、「そういえば……」と思い出すこともあるでしょう。
「たとえば」を自分に使えば大きく成長できる
また、この「たとえば」という言葉は、自分自身に使った場合には違った効果を発揮します。これまで3日間かかっていた仕事があるとしましょう。そのとき、「たとえば、1日でできないか」と自分自身に問うてみる。5人でやっている仕事について、「たとえば、ふたりでできないか」と考える。
すると、これまでは考えることもなくただこなしていた仕事について、「よりよい進め方がないのか」と考えることになります。そうしてベターな方法が見つかれば、会社に対して大きな利益をもたらすことができるでしょう。
この手法は、自分自身に制約を課すという仕事術です。人間は、制約のなかでこそ創造力を発揮できるもの。逆に、何も制約がないなかでは大きな成長は期待できません。お金に人、時間などについてさまざまな制約があるからこそ、知恵を絞るしかない。それにより、大きく飛躍するための方法を見出していけるのです。
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【プロフィール】
桑原晃弥(くわばら・てるや)
1956年生まれ、広島県出身。経済・経営ジャーナリスト。慶應義塾大学卒業後、業界紙記者を経てフリージャーナリストとして独立。トヨタ式の普及で世界的に知られたカルマン株式会社の顧問となって、トヨタ式の実践現場や大野耐一直系のトヨタマンたちを幅広く取材。トヨタ式の書籍やテキスト等の制作を幅広く主導した。一方、業界を問わず幅広い取材経験もあり、企業風土や働き方、人材育成から投資まで、鋭い論旨を展開することに定評がある。『トヨタは、どう勝ち残るか』(大和書房)、『アドラーに学ぶ“人のためにがんばり過ぎない”という生き方』(WAVE出版)、『グーグルに学ぶ最強のチーム力 成果を上げ続ける5つの法則』(日本能率協会マネジメントセンター)、『amazonの哲学』(大和書房)、『スティーブ・ジョブズ 結果に革命を起こす神のスピード仕事術』(笠倉出版社)、『イーロン・マスクの言葉』(きずな出版)など著書多数。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。