過去にはなかったたくさんのツールの登場や労働力不足などもあり、ビジネスパーソンひとりあたりの仕事がどんどん増えていると言われています。一方で、「働き方改革」が浸透し始め、仕事にかける時間を増やすことはできません。そうなると、何より効率化を図ることが重要な課題となります。
トヨタ式仕事術に明るい、経済・経営ジャーナリストの桑原晃弥(くわばら・てるや)さんに、トヨタ式の「速い仕事術」を教えてもらいました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
【トヨタ式仕事術その1】仕事を始める前に「入念な準備」を怠ってはならない
仕事を速く進めたいとき、がむしゃらに仕事をこなすような、仕事を進めるスピードそのものを上げるという手法を取っている人もいます。でも、それではどう考えても効率が悪い。では、トヨタ式仕事術の場合はどうなのか。じつは、実際に仕事を始めるまでには長い時間をかけるという特徴があります。なぜなら、入念な準備をするからです。
というのもトヨタには、車ではなくまだ自動織機を作っていた時代に、「とにかく速く!」と考え、事前の準備を徹底しないまま製品を作った結果、多くの不良品を出してしまい、事前の準備に時間をかける以上に余計な時間や労力を要したという苦い経験があるからです。
一方で、「やる!」と決まったなら、一気呵成に仕事を進めるという特徴もトヨタにはある。ただ、それができるのも事前の準備ができているから。だからこそ、問題が起きないし、誰も迷わないし、反対意見も出ない。事前準備がしっかりできていれば、スタートを切ってから余計な業務が発生しないため、最終的には速く仕事を進められますし、仕事の質も上がるのです。
【トヨタ式仕事術その2】完璧な準備をしたうえで「あと5分、考え抜く」
このことは、「あと5分、考え抜く」という考え方にも表れています。何かのプロジェクトについて検討も準備もして、あとはやるだけという状態になっても、もう一度考えてみるのです。
やろうとしている進め方が本当にベストなのか? そもそも本当にやるべきことなのか? そう考えるなかで、重大な見落としに気づくこともあるでしょう。そうしてもっと効率のいい進め方を見つけられたなら、わずか5分の時間を割いたことで、その後の効率を飛躍的に上げることができます。
もしかしたら、5分の再考の結果、「このプロジェクトはやらないほうがいい」という結論に達することもあるかもしれません。そうなると、それまでにかけた時間も労力も無駄になる。でも、会社に利益をもたらすことができない「やるべきでないプロジェクト」をやることによる損失を思えば、それでいいと言えます。
そして、この5分の再考は、そういった大きな仕事だけではなく、日常の小さな仕事にも生かせられるものです。たとえば、上司に提出する書類を作成するといったときがそう。「よし、できた!」と思ったあと、きちんと推敲するのです。書類の作成中とは違う客観的な目で推敲すれば、入れ込むべき大事な要素が抜けていることや誤字脱字に気づくこともあるでしょう。
もしそのまま提出していたとしたら、上司から「やり直し!」と突っ返されるばかりか、「仕事ぶりが雑だ」という評価を下されることにもなる。一方、きちんと推敲をして修正できれば、上司から一発でOKをもらえて結果的に時間は短縮できますし、評価も上がることになるわけです。
【トヨタ式仕事術その3】経験値を高めるために「とにかくやる」
最後にお伝えするのは、「とにかくやる」ということ。心理学の見地からは、人間は「言い訳をする生き物」と言われています。とにかく人は、やらない言い訳、できない言い訳を考えるのが上手な生き物なのです。
子どもだってそうですよね? 学校に行きたくないとき、幼い子どもでもいくつも言い訳を考えられるじゃないですか(笑)。放っておいたら、やらない言い訳をする怠惰な生き物が人間なのです。だからこそ、「この仕事は自分にはちょっと荷が重いかな……」というときも、「私がやります!」と言ってしまうべきです。
トヨタには、「できない言い訳を考える頭でどうすればいいかを考えろ」という言葉があります。「やります!」と言って、やることになったからには、どうすればその仕事をうまくできるのかと考えることになる。もちろん、荷が重い仕事なのですから、失敗するかもしれない。でも、10回のチャレンジのうち数回でも成功したとしたら、それは何物にも代えがたい大きな経験となります。
すると、それまでは荷が重いと感じていた仕事に対しても、「このくらいの時間でできるんじゃないか」「あの人に協力してもらえればできるんじゃないか」「あのときのやり方がこの仕事にも使えるんじゃないか」と計算が立つようになる。こうなればしめたもの。それまでは荷が重く感じて時間がかかっていたような仕事も、スムーズに効率的に進められるようになるはずです。
ここでお伝えしたトヨタ式仕事術の3つの考え方には、「最初は時間がかかる」という共通点があります。入念な準備をするにも、最後に再考するにも、経験のない仕事に挑戦するにも時間がかかる。でも、最終的には追い上げるように効率的に仕事を進められるのです。目の前の仕事にかける時間を短縮することだけではなく、もっと長期的なスパンで効率化を図る視点を持つことが肝要です。
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【プロフィール】
桑原晃弥(くわばら・てるや)
1956年生まれ、広島県出身。経済・経営ジャーナリスト。慶應義塾大学卒業後、業界紙記者を経てフリージャーナリストとして独立。トヨタ式の普及で世界的に知られたカルマン株式会社の顧問となって、トヨタ式の実践現場や大野耐一直系のトヨタマンたちを幅広く取材。トヨタ式の書籍やテキスト等の制作を幅広く主導した。一方、業界を問わず幅広い取材経験もあり、企業風土や働き方、人材育成から投資まで、鋭い論旨を展開することに定評がある。『トヨタは、どう勝ち残るか』(大和書房)、『アドラーに学ぶ“人のためにがんばり過ぎない”という生き方』(WAVE出版)、『グーグルに学ぶ最強のチーム力 成果を上げ続ける5つの法則』(日本能率協会マネジメントセンター)、『amazonの哲学』(大和書房)、『スティーブ・ジョブズ 結果に革命を起こす神のスピード仕事術』(笠倉出版社)、『イーロン・マスクの言葉』(きずな出版)など著書多数。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。