人という生き物が抱く感情は、決してポジティブなものだけではありません。自己肯定感が強い人や成功者に対する、「妬み」「やっかみ」「羨み」「嫉妬」などは、そういったネガティブな感情の代表的なものでしょう。
しかしなぜ、人はそれらネガティブな感情を抱くのでしょうか。そして、その感情がもたらす自分自身への悪影響とはどんなものなのでしょうか。脳科学者の中野信子さんの解説です。
構成/岩川悟(slipstream) 写真/塚原孝顕
自分にも手に入れられる可能性があるとき、「ずるい」「うらやましい」という感情が強くなる
自己肯定感が高いように見える人に対する反応には、多かれ少なかれ「妬み」の感情も潜んでいるかもしれません。
自分に対して不満やネガティブな感情があるとき、人は他人のことを「ずるい」と思ったり、「うらやましい」と感じたりするものだからです。このとき脳では「前部帯状回」という、痛みや矛盾を処理する部位が反応しています。
では、いったいどんなときにもっとも強く「妬み」の感情が引き起こされるのでしょうか。それは、自分にも手に入れられる可能性があると感じるときです。
たとえば、一流のアスリートやスーパーモデルを見ても、嫉妬の感情は湧き上がりません。なぜなら、生まれ持った身体的な能力や才能がちがい過ぎて、「別の世界の人間」だとか、「追いつけるわけがない」などと思って即座に納得できるからです。
でも、頭の良さなどについてはそうはいきません。なぜなら、相手がどれだけ優れた思考力を持っていても、それは直接目にすることができないこともあって、「自分にもできるのではないか」と感じてしまうからです。そして、その思いがかなわないと知ると、「なぜあんな奴が」「あいつはおかしい」という感情に変わってしまうのです。
これを、専門的には「獲得可能性と親近性の差」といいます。要は、手に入りそうなのに獲得することができない。それなのに、身近な者がそれを獲得している。そんなところから、強い「妬み」の感情が生まれるわけです。
でも、他人に嫉妬していても、ほしいものを獲得できるわけではありません。だからこそ、嫉妬のメカニズムを理解し、その感情にとらわれないようにすることが大切なのです。
他人の不幸を願っていると、脳や心身に悪い影響をおよぼす
「ずるい」「うらやましい」という嫉妬の感情が増していくと、他人の不幸を強く願うようになっていきます。
このことが恐ろしいのは、自分では意識していないつもりでも、知らぬ間に他人の不幸を願うようになってしまうこと。他人に対して「負ければいいのに」「失敗すればいいのに」と思うことが思考のクセになり、またそのような人間になっていくということです。
脳の「内側前頭前野」という部分では、人の感情に対して「評価」を行っています。そして、脳が「これは悪い思いだ」と判断したとき、コルチゾールというストレスホルモンが分泌されます。
つまり、他人の不幸を願っていると、記憶力が衰えていき、脳や心身に悪い影響をおよぼすということ。どれだけ他人の不幸を願ったとしても、自分にだけ悪い結果がやってくるというわけです。
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いくら他者を羨んだところで、結局、その人の状況を手に入れることはできませんし、その人そのものになれるわけでもない……。人はその事実を理解していながらも、羨み、妬み、嫉妬します。
でも、そういった感情を抱くメカニズムを知っていれば、ネガティブな感情にとらわれることなく、穏やかな心で生きていくことができるはず。そして、自分を肯定することに重きを置き、前進していけるのです。
※今コラムは、中野信子著『脳科学で自分を変える! 自己肯定感を高める脳の使い方』(セブン&アイ出版)をアレンジしたものです。
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【プロフィール】
中野信子(なかの・のぶこ)
1975年、東京都出身。東京大学工学部卒業後、同大学院医学系研究科修了、脳神経医学博士号取得。脳科学者・医学博士・認知科学者として横浜市立大学、東日本国際大学などで教鞭を執る。脳科学や心理学の知見を生かし、マスメディアにおいても社会現象や事件に対する解説やコメント活動を行っている。レギュラー番組として、『大下容子 ワイド!スクランブル』(テレビ朝日系/毎週金曜コメンテーター)、『英雄たちの選択』(NHK BSプレミアム)、『ホンマでっか! ?TV 』(フジテレビ系)。著書には、『サイコパス』、『不倫』(ともに文藝春秋)、『ヒトは「いじめ」をやめられない』(小学館)、『シャーデンフロイデ他人を引きずり下ろす快感』(幻冬舎)、『メタル脳 天才は残酷な音楽を好む』(KADOKAWA)、『あの人の心を見抜く脳科学の言葉』(セブン&アイ出版)、『キレる! 脳科学から見た「メカニズム」「対処法」「活用術」』(小学館)などがある。