「この案件、どうしましょうか?」
「すみません、少し考えさせてください...」
ビジネスパーソンの1日は、無数の判断の連続です。メールの返信、会議での即答、タスクの優先順位...。驚くべきことに、私たちは1日に35,000回もの決断を下しているといわれています。平均的な勤務時間で計算すると、1分間に73回。つまり、1秒もの間を置かずに判断を求められているのです。*1
それなのに、なぜ私たちは決断に迷ってしまうのでしょうか? 慎重に考えれば考えるほど、かえって判断が難しくなる...。そんな経験はありませんか?
今回は、決断力を科学的に解き明かし、誰でも実践できる2つの具体的な方法をご紹介します。正しい決断力の育て方を見ていきましょう。
なぜ私たちは決断できないのか
多くの人は「慎重に考えることで、より良い判断ができる」と信じています。判断を誤りたくない、失敗は避けたい...。そんな思いから、できるだけ多くの情報を集め、時間をかけて検討しようとします。
しかし、これは本当に正しいのでしょうか?
明治大学教授の堀田秀吾氏が紹介する興味深い実験があります。オランダのラドバウド大学で行われた中古車選びの実験です。4台の中古車から1台の「お買い得車」を選ぶという課題で、研究者たちは参加者を2つのグループに分けました。
片方のグループには、じっくりと情報を比較検討する時間が与えられました。彼らは、それぞれの車の性能、価格、状態など、様々なデータを慎重に分析しました。
一方、もう片方のグループには、パズルを解かせることで考える時間を意図的に奪いました。つまり、直感的な判断を強いられたのです。
結果は驚くべきものでした。
直感で選んだグループの約60%が「お買い得車」を選び出せたのに対し、じっくり考えたグループの正解率はわずか25%。これは、まったくの当てずっぽうと変わらない確率だったのです。*3
なぜこのような結果になったのでしょうか?
堀田氏は「じっくり考えたグループの人たちは、多くの情報を比較検討するうちに頭のなかが混乱してしまい、結果的に判断を誤ることになった」と分析しています。*3
つまり、私たちの決断力を低下させる3つの要因が見えてきます。
- 情報過多による混乱
- 考えすぎによる判断基準のブレ
- 慎重さがもたらす決断疲れ
では、これらの問題を克服するために、具体的にどんな方法があるのでしょうか。2つの実践的なアプローチを見ていきましょう。
決断力を高める2つの方法
① 10秒トレーニングで脳を鍛える
まず、最も手軽に始められるのが「10秒トレーニング」です。
脳内科医の加藤俊徳氏は、「決断を下すときに働くのは、前頭葉にある思考系の場所である」と述べています。この思考系は、「想像する、比較する、情報を選択する、決断を下す、挑戦する意欲を高める」ときに働く箇所です。*2
では、どうすれば思考系を鍛えられるのでしょうか?
加藤氏は、「日常のさまざまな場面で、比較や選択、決断をする機会を増やすこと」を提案します。具体的な練習方法として、以下のようなものを挙げています。*2
- 飲食店でメニューを決める際、30秒以内に決めるというルールをつくる
- 次の日に着る服をパッと決める
- ビジネス書の目次から10秒以内に読む箇所を選ぶ
特に最後の「10秒読書」は効果的なトレーニングです。ランダムにページを選ぶのではなく、「自分にとって興味のある項目はどこか、役に立ちそうな内容はどこに書かれているのか」を意識しながら選ぶことで、思考系を働かせ、決断力を鍛えることができます。*2
実際に、筆者もこの「10秒読書」に挑戦してみました。『人生の主導権を取り戻す「早起き」の技術』(古川武士著)を手に取り、タイマーをセット。目次をパッと見て「早起きはどれぐらいで習慣化するのか?」という章を選びました。
なぜその章を選んだのか?それは、手法を知る前に、まず習慣化にかかる期間を知りたいと考えたからです。普段なら「どの章から読もうかな」と悩んでしまうところですが、10秒という制限があることで、自分が最も知りたいことに自然と焦点が絞られました。
実践のコツ
- 必ずタイマーを使う(スマートフォンのタイマーが便利です)
- 決めたら迷わない、後悔しない(トレーニングだと割り切りましょう)
- 毎日少なくとも1回は実践する(習慣化が重要です)
Today's Practice
今日のランチタイム、メニューを30秒以内で決めることにチャレンジしてみましょう。意外と難しく感じるかもしれませんが、それこそが上達の証。まずは「決める」という行為自体を楽しんでみてください。
②判断軸を持つ
「瞬時の判断」の大切さは分かった。でも、すべてを直感だけに任せるのは心もとない...。そんな不安を感じている方も多いのではないでしょうか。
ここで重要になるのが「判断軸」という考え方です。堀田氏は、「判断したり決断したりするための『軸』をもつことが大切」と述べています。*3
判断軸とは、シンプルに言えば「決める時のモノサシ」です。例えば、新しい服を買うとき。デザイン、価格、素材、ブランドなど、あれこれ考えだすと迷いは深まるばかり。でも「かさばらず、旅行に適している服」という具体的な基準があれば、選択の幅は自然と絞られてきます。
では、より複雑な「仕事の場面」ではどのように判断軸を作ればいいのでしょうか。
人材育成コンサルタントの清水久三子氏は、「状況に合わせて即断即決するために、事前にリストを作成しておく」方法を提案しています。*4
リストとはいったいどういうものでしょうか?
具体例として、クレーム対応の判断軸を見てみましょう。まず、過去に受けたクレームを整理します。クレーム対応で最も多いのは「製品の故障・不具合」です。次いで「スタッフの接客に関する不満」、そして「利用方法や機能に関する問い合わせ」など、パターンごとに分類できます。
そして、それぞれの状況に対する具体的な行動指針を決めていきます。例えば「製品の故障・不具合」の場合、次のような手順を明確にしておきます。
製品故障・不具合への対応手順
1. お客様への初期対応
- 謝罪と不具合内容の確認
- 現象の発生時期や状況の確認
2. 対応方針の判断
- 保証期間内かどうかの確認
- 過去の同様事例の確認
- 修理・交換の必要性判断
3. お客様への説明
- 対応方針の説明
- 修理・交換の場合の費用案内
- 今後のスケジュール説明
4. 社内対応
- 関係部署への報告
- 修理・交換手配の実施
- 対応記録の保管
このように判断軸を持っておくことで、クレーム発生時も慌てることなく、適切な対応を取ることができます。また、実際に使っていく中で「このケースはどうする?」という新しい発見があれば、リストを更新していけばいいのです。
使えば使うほど精度が上がり、チーム内で共有すれば会社全体の対応力も高まっていきます。判断の質を上げながら、スピードも確保できる。まさに一石二鳥の方法と言えるでしょう。
実践のコツ
- まずは頻繁に起こる判断場面を書き出す
- それぞれの場面で重視すべき基準を明確にする
- 具体的なアクションをステップ化する
- 実践しながら随時アップデートする
Today's Practice
今日一日で最も判断に迷った業務を1つ選んでください。その場面で、あなたは何を基準に判断すべきだったでしょうか? まずはその判断軸を書き出してみましょう。
おすすめ!決断力トレーニング方法まとめ
あなたはどっち?
タイプ1:「えーと、どうしよう...」
決断に時間がかかってしまう
▶️ 10秒トレーニング
- 飲食店で、30秒以内にメニューを決める
- 次の日の服をパッと決める
- 本の読みたい箇所を10秒以内に選ぶ
タイプ2:「これで良かったのかな...」
判断に自信が持てない
▶️ 判断軸の作成
- 最優先事項を決める
例:飲食店選びで価格・立地・ジャンルの優先順位
- よく起こるシーンの状況別リストを作成
***
決断力は生まれもったものではなく、あとから育てることができます。本記事を参考に、決断力を育てる習慣をつくってみてくださいね。
※引用の太字は編集部が施した
*1 the leading edge|35,000 Decisions: The Great Choices of Strategic Leaders
*2 東洋経済オンライン|「決断力が足りない人」は簡単なコツで変えられる
*3 STUDY HACKER|なぜかいつも「決められない」人がしている決定的過ち。デキる人ほど “これ” をやらない
*4 東洋経済オンライン|「決断疲れ」を起こす人は「判断軸」を知らない
柴田香織
大学では心理学を専攻。常に独学で新しいことの学習にチャレンジしており、現在はIllustratorや中国語を勉強中。効率的な勉強法やノート術を日々実践しており、実際に高校3年分の日本史・世界史・地理の学び直しを1年間で完了した。自分で試して検証する実践報告記事が得意。