場所法とは、対象を「よく知っている場所」のイメージとリンクさせて覚える記憶術。「シモニデス法」「マインドパレス(記憶の宮殿)」「ジャーニー法」などの別名があります。
場所法の特長は、シンプルでやりやすく、記憶を長く定着させやすいこと。メジャーな記憶術として世界中で活用されています。
この方法をマスターすれば、順番に並んだ数字や名前が覚えられるので、勉強や仕事ではもちろん日常生活でも役立ちますよ。場所法について詳しく知りたい方や、記憶術に興味のある方、記憶力に自信のない方は、ぜひご一読ください。
記憶術「場所法」とは
場所法とは、情報と場所を結びつけ、すばやく確実に覚える記憶術。自宅や通勤・通学路、オフィスや学校などの見慣れた風景を「記憶の置き場所」にします。
たとえば、【卵】【ベーコン】【ケチャップ】の3つを覚えたい場合、それぞれを自宅の各部屋に配置し、
- 【卵】を【寝室】に置く
- 【ベーコン】を【トイレ】に置く
- 【ケチャップ】を【風呂場】に置く
……という状態をイメージします。すると、その場所の風景を手がかりに、各アイテムの情報を思い出せるのです。
◆情報と場所を組み合わせる例
- 【買い物メモ】×【自宅の間取り】
- 【自社商品のスペック】×【通勤路の風景】
- 【資格試験での頻出知識】×【オフィスの風景】
- 【プレゼンの流れ】×【身体の部位】
暗記能力を競う大会「ジャパンオープン記憶力選手権」で複数回優勝しているメモリーアスリート・平田直也氏によると、場所法は多くのメモリーアスリートに愛用されている記憶術だそうですよ。
記憶術「場所法」の起源
場所法という記憶術は、古代ギリシャの詩人・シモニデスの伝説で知られています。
あるとき、宴会中に地震が起き、出席者の多くが天井の下敷きになって亡くなりました。遺体は激しく損傷しており、判別できません。しかし、シモニデスは出席者が座っていた場所を正確に覚えていたため、遺体の位置から、どれが誰か見極められた、というものです。
これをきっかけに、シモニデスは「場所とリンクした情報は記憶に残りやすい」と発見し、場所法を生み出したのだとか。場所法は、何千年も前から受け継がれてきた、由緒のある記憶術なのです。
記憶術「場所法」のメリット
数ある記憶術のなかでも、特に場所法には以下のメリットがあります。
シンプルでやさしい
場所法はシンプルで、比較的簡単な記憶術です。「自分がよく知っている場所」の記憶さえあればOKで、特別な才能や道具は必要ありません。
「場所を用意する→ひもづける」という流れに慣れさえすれば、誰でも短時間で多くの情報をインプットできます。
効率的に記憶できる
先述したように、場所法は多くのメモリーアスリートが採用している王道の記憶術。効率のよさがうかがえますね。
場所法の優秀さは、認知神経科学を専門とするマルティン・ドレスラー准教授(オランダ・ラドバウド大学)らが2017年に発表した研究でも示されています。被験者は、場所法のトレーニングを1日30分・40日間行ない、その前後に単語暗記のテストを受けました。トレーニング前に暗記できた単語の平均は約27個だったものの、トレーニング後はなんと約63個にまで伸びたそうです。
たった6週間で、2~3倍も多く記憶できるようになったわけですね。単純な暗記であれば、場所法は非常に効率的だと言えるでしょう。
長く使える
上の研究では、トレーニングが終わってから4ヵ月後に再び暗記テストを行なったところ、場所法を練習した被験者は平均で約50個もの単語を覚えられました。一方、別の記憶テクニックでトレーニングしていた被験者は約30個という結果に。
いったん場所法を修得すれば、長く使えるわけです。場所法がいかに優れた記憶術であるか、よくわかる実験ですね。
記憶術「場所法」の例1:自宅×買い物メモ
メリットの多い記憶術「場所法」の詳しいやり方を説明していきましょう。まずは、スーパーマーケットで買う予定の品を、自宅の間取りにひもづけて覚えてみます。
◆覚えるもの:買い物リスト
- 卵
- ベーコン
- ケチャップ
- 牛乳
- コーヒー
◆場所:自宅
1.「場所」を設定する
まずは、思い出す手がかりとなる「場所」を設定します。今回は、どこに何があるか詳細にイメージしやすい「自宅」。自分にとってなじみ深い場所なら、友人や親戚の家でもOKです。
覚えたいものは5つあるので、自宅内の5つの場所を選びました。玄関から見て目に入る順番に合わせ、以下のように番号を振ります。
- 寝室
- トイレ
- 風呂
- リビング
- キッチン
この5つの場所に、覚えたいものを対応させていきます。
2.「場所」と「覚えたいもの」を結びつける
次に、「場所」と「覚えたいもの」のイメージを結びつけます。「寝室のベッドの上で卵が割れている」「トイレの便器にベーコンが張りついている(ちょっと汚いですが……)」という具合に、その場所の様子を映像として思い描いてください。
- 【寝室】のベッドの上で【卵】が割れている
- 【トイレ】の便器に【ベーコン】が張りついている
- 【風呂】おけが【ケチャップ】で満ちている
- 【リビング】のソファに【牛】が座っている
- 【キッチン】のシンクに【コーヒー豆】が散らばっている
記憶術に関して多くの執筆や講演を行なっているエラン・カッツ氏によれば、イメージが「バカバカしいほどオーバー」であるほど印象が強烈になり、スムーズに覚えやすいそう。「風呂場にケチャップが落ちている」より、「風呂おけにケチャップが満ちている」のほうが、インパクトが強いですよね。
また、「寝室に卵がある」と言葉だけで考えるのではなく、質感や色を映像として詳しくイメージするのもポイント。「卵はどんなふうに割れているか」「卵の殻や黄身はどんな色か」「シーツはどんな色・材質か」など、なるべく鮮明に想像してください。
3.「場所」をたどりつつ思い出す
イメージの結びつけが完了したら、思い出す練習をするだけ。自宅内を想像しつつ、どの場所に何を配置したか、記憶を再現していきましょう。
- 【寝室】では?→【卵】が割れている
- 【トイレ】には?→【ベーコン】が張りついている
- 【風呂】には?→【ケチャップ】が満ちている
- 【リビング】には?→【牛】が座っている
- 【キッチン】には?→【コーヒー豆】が散らばっている
ステップ2でしっかりイメージをつくれていれば、それほど苦労せず思い出せるはず。うまくできない場合、思い出す練習を繰り返すか、イメージのつくり方を見直しましょう。
以上が、定番の記憶術「場所法」の流れです。
記憶術「場所法」の例2:通勤路×冷蔵庫のスペック
記憶術「場所法」を、仕事にも活用してみましょう。例として、自社製品である「冷蔵庫」のスペックを覚えます。商品やサービスの知識を覚えることが多い方は、ぜひやってみてください。
◆覚えるもの:冷蔵庫のスペック
- 瞬間冷凍機能
- 広い野菜室
- 省エネ機能
- AIによるサポート
- スマートフォンとの連携機能
◆場所:通勤路
1.「場所」を設定する
まずは「記憶の置き場所」を設定しましょう。今回は、自宅から駅までの「通勤路」。毎朝毎晩歩いている道ですから、どこに何があるか詳細に思い描けるはず。引っ越したばかりの方は、かつての通勤・通学路を使ってください。
覚えたい情報の数に合わせ、通勤路で目にする5つの施設をピックアップします。ここでは以下のようにしました。
- 中学校
- 公園
- 薬局
- 美容室
- 駅
2.「場所」と「覚えたいもの」を結びつける
「場所」と「覚えたいもの」を結合していきます。
「冷蔵庫の機能」という抽象的な情報は、そのままだとイメージしにくいので、具体的なモノに置き換えましょう。その情報を象徴するような物体・動物・人物などに変換(イメージ化)してください。
- 瞬間冷凍機能→【氷】
- 広い野菜室→【キャベツ】
- 省エネ機能→【地球儀】
- AIによるサポート→【ロボット】
- スマートフォンとの連携機能→【スマホ】
イメージ化が完了したら、それぞれの「場所」に配置していきましょう。
- 【中学校】の校舎が【氷】に覆われている(瞬間冷凍機能)
- 【公園】に【キャベツ】が生えている(広い野菜室)
- 【薬局】の店先に【地球儀】が置いてある(省エネ機能)
- 【美容室】のなかに【ロボット】の店員がいる(AIによるサポート)
- 【駅】の構内に【スマホ】が落ちている(スマートフォンとの連携機能)
3.「場所」をたどりつつ思い出す
頭に思い浮かべた通勤路の風景から、冷蔵庫のスペックを連想できるようになれば、一連のプロセスは完了です。
- 【中学校】は?→【氷】に覆われている→瞬間冷凍機能
- 【公園】には?→【キャベツ】が生えている→広い野菜室
- 【薬局】には?→【地球儀】がある→省エネ機能
- 【美容室】には?→【ロボット】がいる→AIによるサポート
- 【駅】には?→【スマホ】が落ちている→スマートフォンとの連携機能
抽象的な情報を覚えたいときは、具体的なモノに置き換えることで、記憶術「場所法」を有効活用できるのです。
記憶術「場所法」を使いこなすコツ
場所法はシンプルな記憶術ですが、使いこなすまでには時間がかかるかもしれません。精度を高めたい方は、以下のコツを実践してみてください。
写真を活用する
場所法に慣れないうちは、写真を活用するのも手。通勤・通学路や地元の街並み、いつも行くカフェなどの写真を見ながらだと、イメージが膨らみやすくなります。
自分で写真を撮らなくても、Googleの「ストリートビュー」や「画像検索」で探せます。自宅にいながらにして、地球上のあらゆる場所を「記憶の置き場」にできるのです。
場所を使い回さない
記憶術に関する執筆やセミナーを手がける宮口公寿氏によると、初心者はなるべく「記憶の置き場所」を使い回さないほうがいいそう。
たとえば、【寝室】に【卵】をリンクさせたら、【寝室】に別のモノを置いてはいけません。ひとつの場所に複数のモノがリンクされていると、記憶が混乱してしまうからです。
記憶するたびに新しい場所を探さなければならないのは、面倒なもの。しかし、学校の教室や廊下、部室、地元のショッピングモールや商店街など、記憶をさかのぼれば、使えそうな場所はいくらでも見つかるはずです。
「イメージ化」のトレーニングをする
抽象的な情報を覚えたいときは、具体的なモノに置き換える「イメージ化」の必要があります。最初のうちは、置き換えるモノがなかなか思いつかず、困ることもあるでしょう。
場所法を使いこなすには、トレーニングを重ねてイメージ化に慣れることが大切です。宮口氏は、「恋愛」「クラシック」「美」などの抽象的な言葉を適当に紙に書き出し、具体物に置き換えていく練習法をすすめています。1日5分、10~30個を目安に行なうといいそうです。
イメージ化の練習は、街を歩きながらでもできます。たとえば、看板に「修理」と書かれていたら「スパナ」を、マッサージ店があれば「手」を連想してみる、という具合です。
イメージ化は、場所法を含むあらゆる記憶術に共通するスキルなので、ぜひ上記のトレーニングを試してみてください。
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場所法は、情報をまとめて覚えるのに最適の記憶術です。場所法を究めれば、どんな情報もスイスイ頭に入り、暗記が苦痛でなくなるはず。仕事や勉強に必要な知識を覚えたいときは、ぜひ場所法を実践してみましょう。
平田直也(2019),『世界最強 記憶術 場所法』, ディスカヴァー・トゥエンティワン.
西川純(1991),「場所法による巨視的時間概念の指導法の開発」, 上越教育大学研究紀要, 10巻, 2号, pp.335-341.
Dresler, Martin, William R. Shirer, Boris N. Konrad, et al. (2017), "Mnemonic Training Reshapes Brain Networks to Support Superior Memory," Neuron, Vol. 93, No. 5, pp.1227-1235.
宮口公寿(2011),『東大に合格する記憶術』, PHP研究所.
宮口公寿(2011),『読んだら、きちんと自分の知識にする方法』, 明日香出版社.
プレジデントオンライン|ギネス認定! 「世界一の暗記王」記憶の引き出し整理術【1】
佐藤舜
大学で哲学を専攻し、人文科学系の読書経験が豊富。特に心理学や脳科学分野での執筆を得意としており、200本以上の執筆実績をもつ。幅広いリサーチ経験から記憶術・文章術のノウハウを獲得。「読者の知的好奇心を刺激できるライター」をモットーに、教養を広げるよう努めている。